仲間だから
「相変わらず凄い腕ねぇ……殺したの?」
「まさか! 気絶させただけですよ」
「そう。ケンイチ君らしいわね」
目の前で倒れ伏すフォーフェンを前に、アリシアは呆れと賞賛の入り交じった言葉を返す。戦う前に終わってしまったが、アリシアの目にはフォーフェンはかなりの強者に見えた。わずかに垣間見えた実力だけでも、万全の状態で立ち会ってなお勝てるかどうかわからない相手……それを一瞬で気絶させられては苦笑しかでないのも当然だ。
「ちょ、これどういうことネ!? まさか少年がフォーフェンを倒したのカ!?」
「そんなことどうでもいいでしょ? それよりケンイチ君、お姫様は一緒じゃないの?」
「どうでもいいことないヨ!? ワタシの人生設計に影響ありまくりネ!」
「あ、はい。エルはまだ迎えに言ってないです」
「うわー、また誰もワタシの話を聞かないヨ!? もうそろそろワタシ泣くヨ!?」
愕然とした表情をするミンミンをそのままに、剣一はアリシアの問いに答える。
「何か、エルは最後まで迎えに行かない方がいいらしいんですよね。いい感じの囮というか、目印になるって話なんで」
主目標である剣一を除けば、エルの価値は彼らの中でもっとも高い。アトランディアに対する交渉材料としては勿論、剣一に対する人質としても使えるし、エルを守る魔法を研究することで、強力な防御能力を持つ魔法や魔導具の発見に繋がるかも知れない。
つまり、もし敵が撤退を選んだ場合、エルはかなりの高確率で一緒に連れて行かれるということだ。そしてそれは、敵の新たな隠れ場所を発見する目印となる。エルを諦められない限り、敵の場所は剣一達に筒抜けとなるのだ。
勿論、もしわずかでもエルに危険があったならば、剣一もこんな提案を受け入れることはなかっただろう。だが自分を差し置けば、レヴィに守られているエルを傷つけられる存在がいるとは思えない。それにもし何かあれば、ディアの魔法で即座にエルを連れ戻すこともできる。
そう説明されれば、剣一としても強く反対することはできなかった。
「ふーん? まあ私はいいけど……お姫様はどうなの? 何で助けにこないのーって怒ったりしない?」
「うぐっ!? それはまあ、あるかもですけど……」
悪戯っぽく言うアリシアに、剣一が言葉を詰まらせる。一応レヴィ経由でエルとの話もついているようなのだが、それでもエル本人と直接相談してこうなったわけではない。
なのでアリシアの言う通りに怒られる可能性はあるが……それでも剣一は、壁の向こうにいるであろう見えないエルの方に視線を向けて言う。
「でも、あいつは仲間ですから。きっとわかってくれると思いますよ」
「そう……そうだといいわね」
一方的に助ける相手ではなく、互いに助け合う仲間。そんな気持ちのこもった言葉にアリシアは眩しそうな目を向けるが、それはそれとして「好きな人に助けに来て欲しい」という乙女心がどんな反応を示すかを考えると、完全に同意はできない。
ただまあ、どう転んでもきっとまた賑やかなことになるんだろう。そんな日々を取り戻すためにもと、アリシアは改めて気合いを入れた。
「それじゃ、次は装備の奪還に動くってことでいいのね?」
「はい。おそらく俺のイクラが置いてある場所に、他の装備も一緒にあると思うんですよ。まあ絶対ってわけじゃないんで、なかったら近くを探すか諦めるかになりますけど」
「了解。他に当てもないんだし、まずは行くだけ行ってみましょ。ほら、クサナも」
コクン
アリシアが声をかけると、クサナが小さく頷く。なのでそちらは大丈夫だろうと判断し、剣一がミンミンの方を見る。
「ミンミンはどうすんだ? 残るのか?」
「いや、ワタシも着いていくヨ! ここに置き去りにされたら、ろくでもない未来しか見えないヨ!」
「んじゃ全員行くってことでいいんだな。よーし、それじゃレッツゴー!」
意見がまとまり、剣一達は基地内部を今度は西の方へと移動していく。その間にも勿論敵が幾度となく襲ってくるわけだが……
『まさか火蜂が負けるとはな。だがこの俺、鉄犀の突進の前には……ぐはっ!?』
「銃より遅い速度でまっすぐ突っ込んで来られてもなぁ」
灰色の鎧を纏い、頭に一本角の生えた兜で突進してきた巨漢の男が、突進の最中にそのままそのまま床に倒れ伏す。
『我が守りは完全無欠! この鑽石が、ここから先には決して通さぬ……ふひゃあ!?』
「その格好は流石にふざけすぎじゃねーか? 絶対動きづらいだろ!」
肩、胴体、足に頭と、全身にそれぞれダイヤモンドみたいな形をした鎧を身に纏った男が、偽りの宝石をバラバラに砕かれて尻餅をつく。
『我こそが五龍、三番隊のナンバー二……ぶべらっ!?』
「五なんだか三なんだか二なんだか、はっきりしろよ!」
精緻な虎の顔の刺繍が入った赤い前掛けを身につけ、顔にも虎のように白と黒の模様を入れた男が、数字くらいしか言ってることのわからない剣一の苛立ちをぶつけられて壁に吹き飛ぶ。
「まったく、向かってくる人数が減ったと思ったら、今度はコスプレ野郎ばっかりとか……この基地どうなってんだよ?」
「あはははは……本当に、どうなってるのかしらね」
不満に口を尖らせる剣一に、アリシアが何とも言えない笑みを浮かべる。アリシアの見立てでは全員がかなりの強者……それこそ最初に出会ったフォーフェンと同じかそれ以上に強い者達だったが、その全てが剣一によって一瞬で気絶させられている。
その非現実的な行為を目の当たりにし、クサナが不安げな目でアリシアの服の裾を引っ張る。
「…………アリシア」
「だ、大丈夫よ! ほら、誰も死んでないでしょ?」
「……逆に怖い。やっぱりあれ、人間じゃない」
「ぐはっ!?」
アリシアの陰からぼそっと呟くクサナの言葉に、無敵の剣一が大きなダメージを負う。そしてそんなやりとりとは別に、ミンミンが真剣な表情で考え込む。
(この子、本当にこんなに強かったのか……あれ? てことは私、このままだと立場的に色々マズくない?)
言われたことをやっただけとはいえ、自分が連れてきた人間が自分の所属する組織……厳密にはちょっと違うが……を壊滅させたりしたら、自分の立場はどうなるのか? 万が一このまま組織がなくなってしまったら、誰が自分に給料を払ってくれるのか?
そして何より、このまま自分がそっち側に立っていたら、この凶悪無比な訳のわからない力が自分にも向けられるのではないか? そう思い至った瞬間、ミンミンの背筋にブルッと震えが走る。
「しょ、しょうねーん! ワタシはお前のこと、初めて見た時からやる奴だってわかってたヨ! だからもっともーっと仲良くなりたいネー!」
「うおっ、何だよ急に!?」
突然猫なで声でしなだれかかってきたミンミンに、剣一が思い切り戸惑いの声をあげる。だがミンミンは諦めないし離れない。
「ほらほら、今なら色々見放題だし触り放題ヨー? 少年はワタシを助けに来てくれたから、王子様枠を解放しちゃうヨー!」
「やめっ、やめろって!」
「ミンミン貴方、それは流石に露骨すぎない? 変わり身が早いなんてものじゃないでしょ……」
「フンッ! そんなの当然ネ! 勝利の女神がずっと勝ち続けてるのは、その時勝ってる方に尻尾を振るのが上手いからヨ! だからワタシも、いつだって勝者に媚びて尻尾を振る気満々ネ!」
「お前スゲーなぁ……」
良くも悪くも正直極まるミンミンの態度に、剣一はある意味の尊敬を込めて声をかける。そうしてコスプレ兵士の他、ミンミンからの露骨過ぎて逆に惑わされない色仕掛けに困らされたりしつつ一行が進んでいくと、やがて辿り着いたのは厳重な電子ロックがかかった部屋。
勿論そんな扉を開ける手段はないので剣一が扉をぶった斬ってなかに入ると……
「やぁ、客人」
「えっ、あんたは!?」
そこでは屈強な兵士達を従えたウー・シェイヘイが、剣一達を待ち構えていた。





