必殺の一刺し
(――という感じなのじゃ)
(わかったわ。ありがとう、ドラゴンさん)
人里離れた場所にある、中国陸軍基地内部。武装を解除され懲罰房に閉じ込められたアリシアが、誰にともなく小声でそう呟く。するとその様子に気づいたクサナが、クイクイとアリシアの服の裾を引っ張った。
「……アリシア、誰と話してるの?」
「しーっ……ないしょ。あとで教えてあげるわね」
そのまっすぐな瞳に、アリシアは唇にそっと人差し指を当てて微笑む。そしてそんな二人とは別に、部屋の隅で足を広げて座り込んでいたミンミンが天井を仰いで愚痴をこぼす。
「あーもー! 何でワタシがこんな目に遭うカ!? 話が違い過ぎるヨ!」
「それはこっちだって予想外だったんだから、仕方ないじゃない。まさかミンミンがここまで軽んじられてるなんて……ねぇ?」
「うがー! 滅茶苦茶気に入らないのに、ここにいる時点で何も言い返せないのが更に気に入らないネ! てか、いつまでここでこうしてたらいいネ!? ワタシを助けてくれる王子様はまだ来ないネ!? 今なら大サービスでチューがつくヨ!」
「貴方の王子様は知らないけど、今――」
『おい、今すぐここから出ろ!』
と、その時。突如として乱暴に扉が開かれると、完全武装した男達がズカズカと部屋に踏み込んでくる。
『貴様等の使い道ができた! さあ、来い!』
「ちょっと、痛いわよ!? あと私、中国語はわからないわ。英語か……じゃなかったらせめて日本語で話して!」
『ほら、立てガキ! 殴られたいのか!』
「оставлять! うーっ!」
『ちょ、乱暴はやめて! っていうか、なんで私まで連れて行こうとするの!?』
『いいから外に出ろ! 無駄な抵抗はするなよ!』
ミンミン以外言葉がわからないなか……言葉のわかるミンミンも、会話は通じなかったが……三人が両腕をガッシリと掴まれて懲罰房の外に連れ出される。するとそこには他の者達とは違う、黄色と黒の縞模様の入った派手なスーツを身につけた気の強そうな顔の女性が立っていた。
『連行してきました!』
『ご苦労。さて、貴方達には……』
「だから何言ってるかわからないって言ってるでしょ! 日本語! 日本語なら全員喋れるから、日本語使って!」
『……こいつは何を必死に言ってるの?』
『日本語! 彼女はこの場の全員がわかる日本語での対話を要求しています! あと中国の諜報員である私が、どうして彼女たちと同じ扱いなんですか!?』
眉をひそめる女性に、ミンミンが必死にそう訴える。だがその女性は小さくため息を吐くと、ミンミンを無視してその口を開いた。
『はぁ、何で私がこいつらに合わせないといけないのよ……まあいいわ』「なら、これでわかるかしら?」
「何よ、喋れるんじゃない! なら最初からそうしなさいよ!」
「貴方は祖国の言葉に対する敬意ってものがないの? これだから野蛮な大陸猿は……これ以上無駄口に付き合うつもりはないわ。貴方達には人質になってもらうわよ」
「人質?」
「ちょっ!? なんでワタシが人質になるネ!? ワタシ完全にそっち側の人間ヨ!?」
「そう。貴方達のお仲間が逃げ出しちゃってね。貴方達に危害を加えられたくなければ大人しく投降しろって呼びかけたんだけど、一切反応しないで基地内で暴れ回っているのよ」
「あー、それは…………」
「多分、言葉が通じてないヨ。少年は普通に日本語しかわからないネ」
女の言葉に、アリシアとミンミンが微妙な表情を浮かべる。まだ付き合いが浅いとはいえ、剣一の人柄を考えれば自分達を見捨てたのではなく、何を言っているかわからないので気にしていないという方が納得できるからだ。
「ああ、やっぱりそうなの? だからまあ、日本語で通告しなおしてもいいんだけど……これだけ被害を出してくれたら、もう素直に投降する程度じゃ収まりがつかないのよ。
だから逆らったらどうなるかをちゃんと見せつけるために、あいつの前で貴方達を甚振ってやろうと思ったわけ。さーて、誰がいいか……」
「ひっ……!?」
「大丈夫よクサナ……そんなことさせると思う?」
「だからなんでその候補にワタシが入るネ!? 指示通り少年を連れてきたのに馬鹿高い宿泊費払わされただけじゃなく、拷問対象になるとか意味不明過ぎるネ! 待遇の改善を要求するヨ!」
「あらあら、怖い顔! でも剣なしじゃ、貴方のご自慢のスキルも使えないんじゃない? それでこの私、火蜂を倒せるかしら?」
「ぬあーっ! 誰か一人くらい話の通じる相手が……って、火蜂!? まさか、裂龍の火蜂ネ!?」
「ミンミン、知ってるの?」
「裂龍は五龍の二番隊で、いわゆる襲撃部隊ネ! で、火蜂って言ったらそこのナンバー四ネ!」
「ふーん、トップじゃないのね。ならどうにでもなるわよ」
鬼気迫るミンミンの言葉に、しかしアリシアは余裕の笑みを浮かべてみせる。もっともその態度は、フォーフェンからすれば無理して強がっているだけにしか見えない。
「ふふふ、強気なのね? 普段なら解放して遊んであげるところだけど……残念、今は将軍閣下から直々に命令が出てるから、そんな暇はないの。だからこれで可愛がってあげるわ」
そう言うと、フォーフェンが己の指を伸ばす。すると鋭く尖った爪の先から、ポタポタと水滴がこぼれ落ちた。
「これは私特製の毒よ。一刺しすると意識はあるし感度も抜群になる代わりに、体が動かなくなるの。そんな相手にもう一刺しすると……ふふっ、全身の皮膚が溶けて爛れて崩れ落ちて、真っ赤な肉の華が咲き誇るの。どう? 素敵だと思わない?」
「なるほど……わかったわ」
「あら、わかるの? 貴方みたいな小娘が私の高尚な趣味を理解するなんて、ちょっと意外ね?」
「そうじゃないわよ! 貴方がどうしようもない悪趣味な女だってことがわかったって言ったの。まあいい年してそんな格好してる時点で、趣味が悪いのはわかってたけど」
「…………何ですって?」
フォーフェンの声が低くなり、目つきが鋭くなる。だがそれを一切意に介さず、アリシアはニヤリと笑う。
「だって貴方、結構な歳なんでしょう? 体型も微妙に崩れてるし、顔も濃い化粧で誤魔化してるっぽいけど……えーっと、何て言ったかしら? ファーリングウェン? が凄いわよ」
「貴様……っ!」
法令紋……日本語でなら「ほうれい線」。アリシアの挑発の言葉に、フォーフェンが怒りと共に手を振り上げる。世間的にも部隊的にも特別高齢というわけではないのだが、それでも今年三二歳になったフォーフェンにとって、年齢の話は絶対に禁句であった。
「もういい! 醜く溶けて死ね!」
叫ぶフォーフェンが、拘束されたままのアリシアに向かって貫手を放つ。その脳裏には自分より若く美しい肌がグズグズに溶けて死んでいく様がありありと浮かんだが……現実はそこに届かない。
『グハッ!?』
『ぐえっ!?』
「なっ!? くっ!」
突如として、アリシア達を拘束していた男達が吹き飛ぶ。その瞬間低く腰を落としたアリシアが足払いを仕掛けたが、フォーフェンはそれを辛うじてかわして横に飛んだ。その状況を作ったのは、通路の奥から姿を現した少年。
「ふーっ、あっぶねー! でも何とか間に合ったみたいだな」
「ケンイチ君!」
現れた剣一の姿に、アリシアは嬉しそうな笑顔を見せる。その反応にフォーフェンが剣一の方を向き、剣一もまたフォーフェンの方に視線を向ける。
『お前が逃亡したという捕虜か!? 何故こんなに速く辿り着いた!?』
「うわ、またコスプレ野郎かよ……いや、女の人だからコスプレおばさんか? この基地、変なやつ多くないか?」
『コスプレ……おばさんだと!? 貴様、許さんぞ!』
「まあいいや、やっつけちゃえば同じだし」
自分の半分の年齢の子供だろうと、おばさん呼びは許さない。フォーフェンが必殺の貫手を剣一に突き刺そうと、残像が残るほどの速度で地を蹴る。しかし……
「よっと」
「ガッ……………………」
何気なく手を振るった剣一の前で、フォーフェンが突如床に倒れた。白目を剥いたその顔は、明らかに気絶している。
「よっしゃ! 遂に一発で成功したぜ!」
大量の兵士に襲いかかられ、対人戦闘の経験が一気に増した剣一は、その集大成として相手を一撃で気絶させられたことに、喜んでガッツポーズを決めるのだった。





