我が儘の理由
「え、マジか? これホテルの部屋なの?」
豪華なロビーでやたらと謙った対応され、豪華な通路を練り歩き、やってきたのはひときわ豪華な部屋。その内部を一通り見て回った剣一は、思わずそんな呟きを漏らす。
「これもう家じゃん。何部屋あるんだよ」
「それに装飾も、何かこう……金ぴかね? この国のお金持ちの人って、こういうのが好きなの?」
驚きを通り越して呆れたような声を出す剣一に、同じく室内を見回したエルがそう口にする。室内の装飾はなかなかに派手目で、龍や亀を象った金色の像や、金縁に彩られた巨大な肖像画……描かれているのは現皇帝であるエイ・リーロンらしい……など、とにかく金色が推されている。
そんな配色なので、剣一やエルの感性では全く落ち着けない。だからこそのエルの疑問に、アリシアが苦笑しながら答える。
「多分ここは本物のお金持ち向けじゃなく、成金向けのホテルなんじゃないかしら? こっちを見下してる感じがひしひし伝わってくるわ」
「へー、そういうものなんですか?」
「予想だけどね。少なくともアメリカが本当に大事な要人を招くなら、こんな下品な場所になんて絶対に泊まらせないわよ」
新興の成り上がり者には、アピールする部分が金しかない。だからこそ無駄に金を使いたがり、金を消費することで自分もまた上流階級の一員になったのだと殊更に示そうとする。
そんな者達の歪んだ自己顕示欲を満たす場所に招待するなど、相手を成り上がり者だと馬鹿にする意図があるとしか思えない。言葉にされずとも自分達を見下しているという意図がありありと感じ取れ、アリシアは不快そうに顔を歪めた。
「そんなことどうでもいいネ! それよりアメリカ、オマエ本当にお金出してくれるネ? ここ滅茶苦茶高そうだヨ!?」
「誰がアメリカよ! いや、間違ってはいないけど……うーん、そうねぇ。私の予想より大分高そうだけど……」
「頼むヨ! こんなところ一泊しただけで、冗談じゃなくワタシの年収が飛んでいくネ!」
そんななか、泣きそうな顔をしたミンミンが必死にアリシアに縋り付く。フロントで聞けば具体的な宿泊料金もわかるのだが、怖すぎて確認する勇気がない。
だがそれでも、この広さと装飾で安いはずがない。むしろこれで一泊五〇〇元|(およそ一万円)とかだったら、寝て起きた時に内臓が残っているかを確認しなければならないだろう。
「経費で落ちるかしら? まあ駄目だったとしても、困るのはミンミンだけだからいいけど」
「何一つよくないネ!? クサナオマエ、本当に何でワタシを一緒に連れてきたカ!? オマエのせいでワタシは破産寸前ヨ!?」
「それはそうね。まさか本当に寂しかったわけじゃないでしょうし、何でミンミンを連れてきたの?」
食ってかかるミンミンをそのままに、アリシアがクサナに問う。だがクサナはジッと俯いたままで、フルフルと首を振っているのみ。するとそんなクサナに、エルがそっと近づいて声をかける。
「そんなに怖がらなくても大丈夫よ、クサナ。あいつらが何をしてきたって、アタシと剣一がいれば余裕でやっつけちゃうんだから! ねえケンイチ?」
「ん? そうだな。普通に戦うんだったら、さっきの兵士の人達くらいならどんだけいても余裕で倒せると思うぞ」
「五龍を余裕って……少年、オマエどれだけ自意識過剰ネ? そこまで調子に乗ってると、流石に笑えないヨ?」
「あれ? ミンミンはケンイチ君の強さを知ってて来たんじゃないの?」
「一応聞いたけど、スライム虐めてるだけのやつが本当に強いとは思えないネ。あれヨ、日本語だと……虎の威を借る狐? ドラゴンと知り合いだから強いって言われてるだけじゃないのカ?」
「「あー」」
ミンミンの言葉に、アリシアとエルが何とも言えない表情になる。かといってここで「戦艦を斬った」とか「最強のドラゴンを倒した」などと説明しても絶対納得しないだろうし、そこまでする必要性も感じなかった。
「まあミンミンの言うことは置いておくとして、ケンイチは本当に強いの。クサナだってそれがわかってるから、ケンイチのことあんなに怖がってたんでしょ? だから……」
フルフルフル……
「困ったわねぇ。どうすれば…………ん?」
と、そこでアリシアは、クサナが特定のタイミングで自分の服を掴む手に力を込めていることに気づいた。軽く室内に視線を巡らせ、その反応を窺い……
「……はぁ、これは仕方ないわね」
やがて小さくため息を吐くと、持ってきた鞄から握りこぶしほどの丸い球を取りだした。それをポンと叩くと球が上下に割れ、謎の小動物が腰をクイクイ振って踊るモーションと共に見えない何かが広がっていく。
「アリシアさん、それは?」
「ジミーが作ってくれた、防諜用の魔導具よ。隠しカメラとかマイクに加えて魔法的なものにも対応してるらしいけど、欠点が二つ。
一つはこの大きさを保つために、使い捨てになってること。そしてもう一つは、こっちが相手を疑っていることやその対策を持ち込んでることがばれるってことね。本当ならもっと重要な局面で使うつもりだったんだけど……」
そこで一旦言葉を切ると、アリシアは小さく微笑んでクサナに声をかける。
「さ、これで平気よ。あいつらに聞かれると困るから何も話さなかったんでしょ?」
「……うん」
「おお、そうだったのか! てかやっぱり俺達って監視されてるのか?」
「そりゃされてるでしょ。少なくともこのホテル内なら、何処で何をしてるのか全部筒抜けだと思うわ」
「えっ、それって……ううん、何でもない」
お風呂やトイレまで覗かれるの!? と言おうとしたエルが、途中でやめる。実際にそうであったとしても、風呂はまだしもトイレとなると、我慢できるようなものでもないからだ。
そしてそれを察したアリシアも、何ともいえない苦笑を浮かべるだけですます。国家レベルの諜報で個人のプライバシーに配慮などするはずがないが、同時にそんなことにいちいち興味を示したりもしないはず……という指摘は、何の慰めにもならないと判断したからである。
「それじゃクサナ。改めて聞くけど、何にそんなに怯えてるの?」
「……さっきの、でっかい人」
魔導具の有効時間も限られているので、気を取り直したアリシアが手早く問う。するとそっと顔をあげたクサナが、ポツポツと語り始める。
「でっかい人って、ウー将軍のこと?」
「そう。あの人の本質に、黒い何かが巻き付いてた……です」
「巻き付く? それってどういうこと?」
「わからない。でもあれはよくない。凄く不安な感じ。あと……」
クサナの視線が、エルの方に向く。
「握手した時、その黒いのがウニョッと動いて、お姫様にも巻き付こうとしてた……です」
「えっ、アタシ!? 嘘、それ大丈夫なの!?」
「平気。巻き付いたところでお姫様の本質が水に覆われて、そのまま滑って落ちていった……です」
「水で……レヴィが守ってくれた?」
その指摘に、エルは胸に下げた小瓶をキュッと握る。ひんやり冷たい小瓶の感触は、あの時の嫌な感触を洗い流してくれるかのようだ。
「ありがとうレヴィ。そっか、何かぬるっとした感じだったのは、それが原因だったのね」
「え、じゃあ俺は? 俺は平気なのか?」
「ヒッ!? …………お、オマエは平気…………です。このホテルよりでっかい木に、小指みたいな毛虫がくっついたからって、どうにかなったりしない……です」
「流石はケンイチね!」
「あはははは……そうね、ケンイチ君ならそうよね」
「むぅ、なんか今ひとつ釈然としない……」
「ん? じゃあワタシをここに連れてきたのは……?」
しょっぱい顔つきをする剣一をそのままに、ミンミンが問う。するとクサナがミンミンの方を見て言葉を続ける。
「並んでる兵士の人達も、将軍ほどじゃないけど黒いのが巻き付いてた。だからミンミンが連れて行かれたら、きっと同じにされると思った」
「つまり、ワタシを助けてくれたってことカ!? うぉぉー! クサナー! オマエはやっぱりいい子だったネ! ワタシは最初からわかってたヨ!」
「ミンミン、苦しい。あと暑い」
抱きついてお礼を言うミンミンに、クサナが迷惑そうに言う。だがその言葉とは裏腹に、あまり動かない表情が少しだけ嬉しそうに見える。
「本当に調子のいい子ねぇ……まあその辺も貴方らしいけど」
「まあ、いいんじゃない? 何だかんだで関わってるから、実際ミンミンが犠牲になったりしたら気分悪いし」
「だよな。にしても、黒い何か、か…………」
ミンミンとクサナの二人を呆れながらも温かく見守りつつ、剣一が呟く。どうやら今回の旅先も、一波乱あるのは間違いないようだった。





