剣一の告白
「剣一! ほらアンタ、ちょっとこっち来なさい!」
「うぉっ!? 何だよ母ちゃん急に!?」
「いいから早く! それでちゃんと私達のことを、エルピーゾさんに紹介しなさい!」
「えぇ? 別にいいけど……えっと、エル。こっちがうちの母ちゃんで、そっちが父ちゃん……イテッ!?」
「そんな雑な紹介の仕方ないでしょ! この子はまったく!」
強引に腕を引っ張られたかと思えば今度は頭を引っ叩かれ、剣一が何とも不満げな顔をする。だがそんな不甲斐ない息子に大層しょっぱい顔を向けると、鞘香はすぐによそ行きの笑顔に切り替え、エルに向かって挨拶を口にした。
「ほほほほ、ごめんなさいねエルピーゾさん。私がこの馬鹿息子の母親で、鞘香といいます。宜しくね」
「私は忠蔵だ。宜しくね、エルピーゾさん」
「あ、はい! こちらこそよろしくお願いします、おじさま、おばさま。あと私のことは、エルって呼んでいただければ……」
「あらそう? ならエルちゃんも、私のことを『お義母さん』って呼んでいいのよ?」
「うえっ!? いや、それは流石に早すぎるっていうか……」
ニンマリしながら言う鞘香に、エルが戸惑いつつも照れた表情を見せる。するとそこに今度は忠蔵が声をかけた。
「おい母さん、それは流石に先走りすぎじゃないか? 失礼だけど、エルさんは今お幾つなのかな?」
「アタシですか? 一二歳です。あ、今年十三歳になるんで、ケンイチの二つ下になります」
「あらあら、なら私とお父さんと同じ、二歳差なのね。うんうん、そのくらいがいいわよね」
「いやいや、二歳差なのはともかく、一二歳はまだ子供だろう? そもそも剣一だってまだ一五歳なんだし……」
「別に私だって、今すぐどうこうなんて考えてないわよ。でもせっかくこんな可愛い子が剣一の側にいてくれるなら、少しくらいはしゃいだっていいじゃない!
あー、私娘も欲しかったのよ! でも愛ちゃんは祐二君の事が好きだったし、そうなると……」
「あの、母ちゃん? そろそろいい?」
やたら盛り上がる母親に、剣一は何とも言えない表情で声をかける。何となく終わった空気を出されているが、剣一的にはまだ今日の目的が始まってすらいないのだ。
「ああ、ごめんね剣一。何?」
「いや、何じゃなくて……父ちゃんと母ちゃんに紹介したい奴がいるって話しただろ?」
「え、それはエルちゃんのことじゃないの?」
「違うよ。エルとは一緒に住んでるわけじゃねーし……うわっ!?」
何気ない剣一の言葉に、鞘香がガッと剣一の頭を脇に抱え、捻るようにしてエルに背を向けさせる。
「ちょっとアンタ、何考えてるの!? エルちゃんの前でそんな……あ、それともそれって、男の人なの?」
「えぇ? いや、どっちかって言うなら女……なのかな? 痛い痛い痛い痛い!?」
剣一のなかニオブは男、レヴィは女という意識がなんとなくあったが、パッと浮かんだディアに関してはほとんど性別を意識したことがなかった。ただそれでも以前にディア自身が「今はどちらかと言えば雌」と言っていたのを思い出してそう告げたのだが、それを聞いた瞬間鞘香の腕の締まりが強くなり、緊箍児の如く剣一の頭が締め上げられる。
「どうやら私の教育が悪かったみたいね。まさかアンタが、あんな可愛い恋人がいるのに、他の女の子を家に連れ込むような男になっていたなんて……」
「違う違う! 違うから! そういうんじゃねーから!」
「黙りなさい、この馬鹿息子が! あーもう、一体誰に似たんだか……」
「それで、その人はどんな人なんだい? やっぱり年下かい? それとも年上? まさかとは思うけど、同居してるならお腹が大きくなっていたりとかは……」
「歳は、多分スゲー上? 腹はまあ、大分丸いけど……ぐぁぁぁぁ!? 割れる!? 頭が割れる!?」
「アンタって子は! 今すぐエルちゃんに土下座しなさい! あとアンタを誑かした馬鹿女を今すぐ呼んでくる! ほら、早く!」
「呼ぶ! 呼ぶから! おーいディア! あとニオブとレヴィも、もういいから出てこい!」
「三人!? しかも外人!?」
剣一が三つの名前を呼んだことで、鞘香の怒りと混乱が頂点に達する。そのまま息子の頭がへこむんじゃないかという勢いで腕を絞めたが……
「おお、ようやく呼ばれたのじゃ! まったく、回りくどいのぅ」
「ウェーイ! 満を持して俺ちゃん参上だぜ!」
「ウオーッホッホッホッホ! ワタクシはさっきからずっとここにおりますわ!」
「……え? な、何? 着ぐるみ、に、亀?」
「池から魚!? しかも、喋った……のか?」
「改めて紹介するよ。こいつらがずっと同居してるドラゴン達だ」
「「……ドラゴン???」」
ようやく母の腕から抜け出した剣一は、キョトンとする両親にこれまで隠していたことを、ゆっくりと語っていった。
「そう、か。そんなことになっていたのか……」
「もう一回だけ確認するけど、冗談とかじゃない……のよね?」
「まあ、うん。全部本当のことだよ」
粗方の話を聞き終え、何処か呆然としたような態度を取る両親に、剣一はばつが悪そうにしつつも頷く。色々事情があったとはいえ、一言の相談もしなかったことは、剣一としても引け目を感じるところだったからだ。
もっとも、親達にしてもそれを怒ることはできない。実際こうして目の前に動かぬ証拠……喋る亀や鮭、巨大化したり浮かんだりするぽっちゃりドラゴンの存在がなければ、とても信じることなどできない荒唐無稽な内容だったからだ。
「俺があんまり家に帰れなかったのも、こいつらがいたからなんだ。ほら、こいつらだけ家に残すのは不安だし、かといって母ちゃん達に紹介するのも……」
「確かに、この人達……いや、人じゃないのか? ドラゴンの人達を紹介されても困っただろうなぁ」
「ご近所の話題は総なめね。吉永さん家の奥さんに質問攻めにされるのが目に見えるようだわ」
「あー、あの人こういう話好きそうだもんなぁ。近所で見かけるといっつも誰かと話してたし」
剣一の脳裏に、近所に住んでいたおばさんの姿が浮かんでくる。剣一が直接話したことはほとんどないが、ご近所では噂好きのご婦人として有名だった。
「ふーっ……いいわ、大体わかった。わかったけど……ふんっ!」
ゴチン!
大きく息を吐いた鞘香が、気合いと共に剣一の頭にゲンコツを落とす。
「いってぇ!? 何だよ! 何で殴るんだよ!?」
「何で!? 心配かけたからに決まってるでしょ! どんな事情があったからって、親に一言の相談もしないで好き勝手やって! まったくこの子は……っ!」
「うひっ!?」
再び振り上げられた手に、剣一が思わず目を閉じて身構える。だがその腕は剣一の背中に回ると、そのままギュッと抱きしめられた。
「ちょっ、母ちゃん!? やめろよ、恥ずかしい――」
「怪我してないかい? 何処か痛かったりしない? ご飯はしっかり食べてるの? 部屋の掃除は? 洗濯は?」
「だ、大丈夫だよ。そのくらい電話で話してるだろ?」
「話で聞くのと実際は違うだろう?」
「それは……」
今まさに、剣一は「話していないことがあった」と告白したばかりだ。故に言葉を詰まらせると、背中に回った腕に力が籠もる。
「まったく……本当にまったく、こんなに親に心配かけて…………っ! 剣一が無事で、元気で……本当によかった…………っ」
「母ちゃん…………」
記憶にあったものより、ずっと細くて弱い手。だがそこから感じられる世界で一番強い想いに、剣一は周囲の視線も忘れ、そっと母親を抱きしめ返すのだった。





