誕生日パーティ
さて、三度海を渡ることを決めた剣一であったが、実際にそうする前に、剣一にはやるべき事が残っていた。そしてそれを片付けるのに、丁度いいイベントもある。
ということで、海外へ旅立つ準備を全て終えた八月八日。その日剣一宅には、珍しいお客が訪ねてきていた。
「ここが剣一の借りている家か……話には聞いていたけど、随分大きいんだな?」
「そうね。あの子本当にお金大丈夫なのかしら?」
タクシーから降りた男女が、立派な門を前にそんなことを口走る。ややモサッとした七三分けの髪型に、一七〇センチほどの細身の体をピシッとしたスーツで包む四〇歳の男性と、短めのポニーテールを背中に靡かせ、一五〇センチという低めの身長ながらもメリハリのある体を高級感のある赤いスーツに包んだ、一見するとギリギリ二〇代後半くらいに見えなくもない……だが実際には三八歳の女性の二人組だ。
「にしても母さん、本当にこんな格好する必要あったのかい? 子供が集まる誕生日パーティなら、親がこんな固い格好をするのは……」
「何言ってるのよお父さん! 剣一は『紹介したい人がいる』って言ってたのよ!? 息子の可愛い恋人との初対面に、だらしない格好なんて駄目に決まってるでしょ!」
「いやでも、剣一はまだ一四……いや、今日で一五歳だよ? そんな改まった感じじゃないと思うんだけど」
「今の子は色々早いのよ! ほら、それより早く行きましょう」
微妙に腑に落ちない顔をする男性に、女性の方がそう言って門を開く。するとそこにはよく見知った子供達が、庭に置かれたテーブルに料理を運んでいる姿があった。
「こんにちはー! 剣一、いるー?」
「あ、おじさん、おばさん! お久しぶりです!」
「忠蔵おじさんに、鞘香おばさん! 久しぶりー!」
「あら、祐二くんに愛ちゃん! 久しぶりね」
「二人共大きくなったなぁ」
料理の乗った皿をテーブルに置くと、祐二と愛が二人に近づいていく。そんな息子の幼なじみに、剣一の父である忠蔵は驚きで目を細め、母である鞘香は笑顔で挨拶をする。
「二人共お手伝いしてくれてるの? なら私も手伝おうかしら? 剣一は奥?」
「はい。あ、でも、お二人はここで休んでてください」
「そうだよー。おじさんもおばさんも今日はゲストなんだから、お手伝いなんかしたら駄目だよー」
「あらそう? ならお言葉に甘えようかしら。ねえお父さん?」
「そうだね。ここで大人が出しゃばるのは野暮ってものだろう」
妻に微笑みかけられ、忠蔵が笑顔で頷く。冒険者になって一人暮らしを初めて以降、電話で話すことはあってもなかなか会うことのなかった息子が自分達を招待してくれたというのに、余計な手出しをしては却って気を遣わせてしまうと思ったからだ。
「二人は相変わらず剣一と仲良くしてくれてるんだな。ありがとうね」
「いえいえ、僕達だって剣ちゃんにはよくしてもらってますから」
「だよねー。法律のせいで一緒に冒険はできなくなっちゃったけど、こうして毎日楽しくしてるもんねー」
「その話を聞いた時はどうしようかと思ってたけど……皆の仲がこじれなくて、本当によかったわ。これからも剣一のこと、宜しくね」
「勿論! ねえメグ?」
「うん! 剣ちゃんと私達は、ずーっとお友達だよねー」
屈託なく頷いてくれる二人に、忠蔵と鞘香は心底ホッとしたような顔をする。仕方のないことだったとはいえ、幼なじみでずっと一緒だった二人と別れなければならなかった息子の辛さは察するに余りあり、忠蔵は静かに拳を握っていたし、鞘香に至っては総理官邸に殴り込みに行きたいくらいの気持ちだった。
だがこうして息子の誕生日パーティを手伝ってくれている二人に、剣一に対する確執のようなものは一切感じられない。子供の頃のままずっと続いている友情を目の当たりにし、二人は今日一番の懸念がスッと消えていくのを感じていた。
「はぁ、これであの子にも、愛ちゃんくらいしっかりした子がついていてくれればねぇ」
「あー、それは……」
「こんにちはー!」
と、そこで門の方から元気な声が聞こえてくる。皆がそっちを振り向くと、そこには半袖シャツにズボン、あるいは涼しげな白いワンピースという普段着に身を包んだ英雄と聖の姿があった。
「あ、英雄君に聖さん! いらっしゃい」
「聖ちゃーん! こっちこっち!」
祐二達が手招きすると、二人が庭にやってくる。そこで忠蔵達に向き合うと、真面目な顔でぺこりと一礼した。
「えっと、剣一さんのお父さんとお母さんですよね? 初めまして、僕は久世 英雄といいます。剣一さんの後輩で、指導員として面倒を見てもらいました」
「初めまして。私は光岡 聖と申します。私も英雄様も、剣一様には大変お世話になっておりますわ」
「これはこれは、ご丁寧に。私は剣一の父で、蔓木 忠蔵といいます」
「私は剣一の母で、鞘香です。こんな利発そうで礼儀正しいお子さんが後輩なんて……うちの馬鹿息子がご迷惑をおかけしたんじゃ?」
「いえ、そんな! むしろ僕達の方こそ迷惑かけっぱなしなくらいで……」
「そうですわ。剣一様がいなければ、私達は今頃誰一人として生きておりませんでしたもの」
「ははは、そうなのかい? ま、剣一が君達の助けになったのなら何よりだよ」
聖の言葉を、忠蔵は笑って流す。過去の事件のこともあって、二人は息子が強いということを知らない。剣一もまた余計な事を言って心配をかけないために強く主張したりはしていないため、忠蔵は英雄と聖の言葉を「ちょっと危ないところを助けた」くらいに考えていた。
「家を飛び出して冒険者なんてやって、好き勝手やってるかと思ってたけど……あの子、ちゃんと後輩の面倒を見たりしてたのねぇ」
「照れくさいのか、剣一のやつはあんまり自分のことを話さなくてね。もしよかったら、もっと話を聞かせてもらえるかい?」
「ええ、いいですよ。でも……」
「それならきっと、私達より適任がおりますわ」
忠蔵の申し出に、英雄と聖が門の方へと視線を向ける。するとすぐに追加で車が止まる音がし、門を開いて入ってきたのは、国王との謁見の時にも身につけていた輝く薄布を巻き付ける正装をしたエルであった。
皆がその美しさに見取れていると、エルは静かな足取りで忠蔵達の前にやってきて、洗練された動作で美しく一礼する。
「失礼します。お二人がケンイチ……ゴホン、ツルギ様のご両親で間違いありませんか?」
「え、ええ、そうですが……あの、貴方は?」
「申し遅れました。アタ……私はアトランディア王国王女の、エルピーゾ・プロタ・プリンギピッサ・アトランディアと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
「え? え!? 王女様!? 何でそんな偉い人がここに!?」
「それは勿論、ケ……ツルギ様に多大な恩があるからです。国としても、そして何より私個人としても、ツルギ様には本当に、返しきれない程の恩が――」
「おーい、追加の料理できたぞー! って、皆もう来てるのかよ! それに父ちゃんと母ちゃんも!」
「あ、おい剣一……」
「ケンイチ!」
忠蔵が声を出すより早く、エルが弾むような声をあげて振り返る。その後すぐに顔を赤くしながら忠蔵達にぺこりと一礼すると、小走りに剣一の方へと近づいていった。
「よう、エル! 何だよ、スゲー格好してるな?」
「何よ! アンタがパーティだって言うからちゃんとした服着てきたのに! っていうか、むしろ何で他の皆は普段着なの!?」
「いや、それを俺に聞かれても……」
「僕とメグは、毎年のことだからかな?」
「そうだねー。いつも普通の格好だよね? 食べた後遊んだりするから、動きづらい服だと逆に大変だし」
「僕はその、聖さんに言われて……」
「ふふふ、その方がエル様が目立つと思いまして」
「何よそれー! もーっ!」
「ははは、いいじゃねーか。それお城で着てたやつだろ? 綺麗だよな」
「ひゃっ!? そ、そう!? ま、まあ、ケンイチがそう言うならいいけど……あぅ」
「剣一がアトランディアに行ったのは聞いていたけど、まさか王女様と知り合いになっているとは……母さん?」
「紹介したい人……なるほど、そういうことだったのね」
純粋に驚いている忠蔵をそのままに、顔を赤くしてモジモジするエルの姿を見て、鞘香がキュピーンと目を光らせた。





