本質を見抜く目
「ハーイ、ケンイチ君。呼び戻しちゃってごめんね」
「いや、それはいいんですけど……」
デパートで買い物をしていた剣一達は、アリシアからの電話で呼び出され、ダンジョン前広場まで戻ってきた。するとそこではアリシアと共に、見慣れない二人の少女が待っていた。
「アリシアさん、その二人は?」
「今紹介するわ。えーっと、まずこっちはケンイチ君を中国に掠おうとしていた工作員だから、無視していいわ」
「ちょっ!? 何でそんな雑な紹介するネ!? ワタシの名前は、ミンミンネ! そこのオマエ、ワタシと一緒にくれば贅沢三昧の生活送れるヨ? 今ならちょっとくらいエッチなオマケだってつけちゃうネ! ホラホラ!」
「……そ、そんな事言われてもなぁ」
チャイナドレスをヒラヒラさせてフトモモを見せてくるミンミンに、剣一は顔をしかめてそう告げる。視線が引きつけられた瞬間、背後に控えるエルから強烈なプレッシャーが感じられて咄嗟に目を反らしたのはここだけの秘密だ。
「で、こっちが……ほら、自己紹介くらいしたら?」
フルフルフル……
そんなミンミンへの態度とは違い、アリシアは優しげな声でクサナに促す。しかしクサナはアリシアの体にギュッと抱きついたまま、泣きそうな顔で激しく首を横に振る。
「あー、困ったわねぇ……じゃあ私が手紙を渡しちゃってもいい?」
コクン
「そう? じゃあケンイチ君、これ。事情があって私が開けちゃったけど、貴方宛の手紙よ。悪いけど今ここで読んでくれる?」
「俺にですか? わかりました」
苦笑するアリシアに差し出された手紙を受け取り、剣一は開封済みの手紙を読んでいく。片方はアルファベットに似ているようで違う文字で書かれていたためこれっぽっちも読めなかったが、もう片方にはちゃんと日本語で書かれていたので問題ない。
「うーん…………?」
ただその内容は妙に堅苦しく遠大な言い回しが多くて、剣一にはちょっと難しい。一瞬スマホに手が伸びかけたが、「日本語の言い回しが難しくてわかんないんだけど、教えてくれ」と祐二に頼むのは流石にどうかと思い直し、必死に頭を捻りながら読んでいく。
「どう?」
「えーっと……話したいことがあるからロシアに来てくれ、的な感じ……ですかね?」
「フフッ、それで合ってるわよ。この子……クサナって言うんだけど、この子がその手紙をケンイチ君に渡すはずだったの。でもどうしても渡せなかったんだって」
「へー。何かごめんな」
クサナと呼ばれた少女は、剣一の目には一〇歳くらいに見えた。つまりダンジョンに入れる年齢ではないので、そのせいでこのところ毎日潜っていた自分と会えなかったのだろう。
そう考えた剣一が、アリシアの足下にいるクサナに声をかけたのだが……
「ヒッ!?」
「……えぇ?」
何故か猛烈に怯えられ、剣一が困惑の表情を浮かべる。そのままアリシアの顔を見ると、アリシアもまた困った顔で剣一に声をかけた。
「あのね、この子、ケンイチ君の事が怖いんだって」
「へ? 怖いって……何で?」
意味がわからず問いかけてみるも、クサナはアリシアの背後に隠れるように抱きついたまま何も答えない。どうしていいかわからず剣一が振り返ると、事の成り行きを見守っていたエルが前に出てきた。
「もー、仕方ないわね。ねえ貴方、何でケンイチの事が怖いの? 顔はアホっぽいし背もちっちゃいし、怖そうな要素はないと思うんだけど?」
「ぐっ……」
剣一の心に的確にダメージを与えていくエルの猫なで声に、そっとアリシアの背後から顔を出したクサナが、剣一を視界に入れないようにしながらもごもごと口を動かす。
「ちょっと前、クサナはправда глаз……<真眼>のスキルに目覚めた……です。だから使者に選ばれた……です。
このスキルは、その人の本質が見える……です。本質は、色のついたタマネギみたいな感じ……です」
「タマネギ? よくわかんないけど、要は普通の人とは違う見え方がするってこと?」
微妙に眉根を寄せつつも問うエルに、クサナがこくんと頷いて言葉を続ける。
「たとえば、お姉ちゃんの本質は暖かいオレンジ色のタマネギの先から、にゅいって芽が出るみたいに青い茎が伸びてる感じ……です。そっちの男の人は、金色のタマネギから炎みたいな茎が伸びてる……です」
「あ、僕ってそうなんだ」
「ならワタシは? ワタシはどうなってるネ?」
「……ミンミンは、ちょっと乾いたパリパリの皮に包まれたタマネギに、二股に分かれた芽がくにゃっと伸びてる感じ」
「何かワタシだけショボくないカ!? あとどうしてワタシだけ喋り方が雑ネ!?」
「それは……ミンミンだから?」
「ウガー! 割と頑張って面倒見たのに、この仕打ちはあんまりネ!」
大口を開けて威嚇するミンミンに、しかしクサナが小さく笑みをこぼす。
「でも、皮を剥いた下には、綺麗なタマネギがあるのがわかる。だからクサナはミンミンと一緒にいた」
「お、おぅ? それは……喜ぶところなのカ?」
「じゃあ、俺は?」
「ヒッ!」
「……………………」
満を持して問いかけたところやっぱり酷く怯えられ、剣一が猛烈にしょっぱい表情になる。そんな剣一をエルが端に押しのけると、クサナがおずおずとその口を開く。
「ソレは……黒い、です」
「黒?」
「そう、です。黒い……黒くて黒くて底が見えないくらい真っ黒で…………そこからあり得ないくらい太い、大木みたいな芽が伸びて…………空全部を覆い隠すくらい大きくて…………
そんなのおかしい。他の人と違いすぎる! 絶対人間じゃない! だから怖くて、見るだけでも怖いから、手紙、渡せなくて…………ぐずっ」
「おおっふぅ…………」
「「「あー」」」
グズグズと泣き出したクサナを見て剣一の心のダメージが更に加速し、エルや英雄、アリシアは納得したように頷きながらその口を開く。
「確かにケンイチ君は、そういう感じになってもおかしくないわね」
「そうですね。剣一さんですし……いや、決して悪い意味じゃないですけど」
「諦めなさい……いえ、受け入れなさい、ケンイチ」
「ええっ!? 何でだよ!? てか人間じゃないって、流石の俺でも傷つくぜ!?」
思い切り抗議の声をあげた剣一に、しかしエルが軽く呆れたような声で答える。
「仕方ないでしょ。アタシは勿論ケンイチのこと怖いなんて思ってないし、むしろちょっと格好いいかなって…………ごにょごにょ」
「え、何?」
「何でもないわよ! とにかくアタシやヒデオみたいにケンイチのことをよく知ってる人間ならともかく、その力とか才能とか、そういうのだけを知ってる人からしたら、怖がられても仕方ないって言ってるのよ。
てか、アンタだってわかってるんじゃない? 普通の人は飛んでくるミサイルを斬り落としたり、戦車や戦艦を斬ったりはできないのよ?」
「…………戦艦はまああれだけど、戦車くらいなら頑張ればいけないか?」
「いけないわよ! ……いけないわよね?」
「え!? えーっと…………どうかしら? 戦車をどうこうしようなんて考えたことなかったから、ちょっとわからないわね」
念のためにと問うエルに、アリシアが困り顔で答える。少なくともアリシアの意識では、自分が戦車に勝てるとは思えなかった。
もっとも、実際にはどちらかと言うと技量よりのアリシアには無理でも、戦車の装甲を斬り裂くだけなら、英雄のプロミネンスブレードならいけたりする。聖の魔法なら短時間の機銃掃射を防ぐこともできるし、エルの水魔法で上手く勢いを殺せれば主砲すらギリギリ防げるので、問うた本人であるエル達三人が協力すれば戦車の一両くらいなら何とかなる可能性は十分にある。
が、だからといって剣一のようにホイホイ斬り裂けるわけではないし、ましてや機銃掃射やミサイルをかいくぐって戦艦を両断するなどどうやっても無理なので、剣一がとんでもないという事実が覆ることはない。
「まあいいわ。ねえ、貴方……クサナちゃん?」
フンスと鼻を鳴らしたエルが、少しだけ腰を曲げてクサナに話しかける。
「……何?」
「私には貴方の目にケンイチがどう映ってるかわからないから、あんまり強いことは言えないわ。でもね、ケンイチは悪いことをしてない人を、絶対に傷つけたりしない。
だからあんまり怖がらないであげて。ケンイチは確かに強いけど……でもその中身は、アタシ達と同じ普通の男の子なんだから」
「……………………」
何処までも優しく、少しだけ悲しそうなエルの声に、クサナがそっとアリシアから離れる。そうしてたどたどしい足取りで少しずつ剣一の方に移動すると、震える手を伸ばし……ちょんと触れる。
「ピャッ!」
「クサナ!? 結局隠れちゃうの?」
「クサナ、頑張った……です。でも、今はこれが精一杯……です」
「よく頑張ったねクサナちゃん。偉い偉い」
「け、剣一さんは凄くいい人ですから! きっとクサナちゃんともすぐ仲良くなれますよ!」
「そういうのどうでもいいから、とりあえずワタシと一緒に来て欲しいネ。さっきから不入流な空気が半端ないネ」
「むぅ…………」
クサナを可愛がるアリシアとエルや、励ましてくれる英雄と不貞腐れるミンミンをそのままに、剣一は持って行き場のない気持ちを押さえ込むため、キュッと顔を梅干しのようにすぼめることしかできなかった。





