エージェント達の戦い
「……よし、この辺ならいいわね」
第一階層、入り口からほど近い行き止まり。流石に階層を跨ぐほど不審者を連れ回す気にはなれなかったので、アリシアは周囲に人気がないことを確認すると、そこで足を止めて振り返る。すると背後にはきっちりミンミンとクサナの二人が着いてきていた。
「意外ね? 正直逃げちゃうかもって思ってたんだけど」
「馬鹿言うネ。この状況で入り口が固められてないと思うほど、ワタシは間抜けじゃないヨ」
「まあ、そうよね」
ダンジョンの出入り口は一つしかないのだから、内部から追いかけてきたならともかく、入ってきて自分達に声をかけたアリシアが入り口に手を回していないはずがない。
実際入り口付近にはロイとジミーがおり、出入りする他の人達からは「今日の改札の人、何か滅茶苦茶ゴツくね?」などと思われていたりしたのだが……まあそれはそれとして。
「それによく考えたら、ワタシ達は別に悪いこと何もしてないネ。普通にダンジョンに入って活動してただけなのに、そっちこそ何のつもりネ?」
「ああ、そういうのはいいのよ。こっちはちゃんと話を通してあるから。それとも一緒に警察に行く? 私はいいわよ?」
「うぐっ!? それは…………」
軽く眉を吊り上げて言うアリシアに、ミンミンが口籠もる。確かに違法なことは何もしていないので、その辺の警官に軽く職務質問されるくらいなら何の問題もない。正規のルートで渡航してるし、当たり障りのない身元もしっかり用意されている。
が、「話が通っている」というのなら、その先にあるのは普通の取り調べではないだろうことは容易に想像がつく。ならば問答は無意味と判断し、ミンミンは覚悟を決めると、深く腰を落として左半身の構えをとった。
「戦うつもり? それならこっちも容赦しないわよ?」
「別に殺したりはしないネ。でもこの場を突破して……後は何か、いい感じにするネ!」
「……それ、絶対失敗するやつよ? 大人しく捕まった方がよくない?」
「そうはいかないネ! こっちだって遊びでやってるわけじゃないネ!」
まずはアリシアを気絶させ、その後は魔導具を使って身を隠し、ダンジョンの入り口から一気に駆け抜ける。その後どうするかは本部が決めることだし、おそらくもの凄く怒られる……場合によっては減給されることもあるだろうが、そんな心配も全てはここを脱出することが前提だ。
「……オマエ、戦えるカ?」
フルフル……
二対一なら勝率があがる。故にミンミンは一応近くにいるクサナに問うてみたが、クサナは無言で首を横に振る。
その反応に、怒りや失望はない。「まあそうだよな」という納得と共にクサナの存在を意識から外すと、ミンミンは強く足を踏みしめ、一気にアリシアの懐に入り込んだ。
「そんなもの――っ!?」
その動きは、アリシアからするとやや遅かった。ならばと余裕を以て剣で払おうとしたのだが、ある程度まで近づいたところで突然ミンミンの動きがニュルリと滑るように速くなり、気づけば掌底が自分の体に触れそうになっていた。
「チッ、外したネ」
慌てて後ろに飛び退いて攻撃をかわしたアリシアに、ミンミンが小さく舌打ちをする。
「……貴方、思ったより強いわね? でも今の動きは……?」
「ハッ! 自分の力のネタバラシするのなんて、馬鹿と漫画の中だけネ! さあ、どんどん行くヨ!」
緩急自在に責め立てるミンミンの動きに、アリシアはやむなく防御に回る。
(どういうこと? 武器を使わない近接戦闘スタイルなら相手のスキルは十中八九<格闘技>で、動きの速さからスキルレベルはおそらく二くらいのはずなのに、どうしてこんなに多彩な技が使えるの?)
「ホラホラホラ! 威勢が良かったのは口だけカ!?」
「くっ!」
よくわからない強さを前に、アリシアが戸惑い苦戦する。そしてそれこそがミンミンの真骨頂であり、この任務に選ばれた理由の一つ。
国によって呼び名は多少違うものの、ダンジョン発の技術によって作られたライセンスは偽造どころか偽装もできない。なので「魔物に追われたところを助けてもらう」というシチュエーションが不自然にならないよう、ミンミンはあえてダンジョンでの戦闘を必要最低限に抑え、スキルレベルがこれ以上あがらないようにしている。
そしてその上で、ミンミンは対人特化の拳法を五年間修行している。それは魔物と戦うには向かないし、そもそもそれだけの時間を費やすなら普通にダンジョンに潜って魔物と戦い、スキルレベルを上げた方が余程強くなる。
つまり、通常の冒険者なら誰もやらない、思いつきさえしない非効率的で非実用的な訓練……それがミンミンの異常な強さの正体であった。
「くぅぅ、こうなったら…………腕の一本くらいは覚悟してもらうわよ?」
追い詰められ、アリシアは本気になる。最低限殺さないという部分はまだ有効だが、それでも不可逆な損害を与えることを許容したことで、アリシアの剣の鋭さが一段上がる。
「ソニックスラッシュ!」
「当たらないネ!」
その音速の一撃を、ミンミンは華麗に拳で弾く。深く肩を斬りつけるはずだった一撃を防がれ、後ろに飛んで間合いを取ったアリシアの目に剣呑な光が宿るなか、余裕の笑みを浮かべたミンミンは内心で冷や汗をかく。
(あ、これヤバいネ。このままだと普通に負けるネ)
今の一撃を防げたのは、実は偶然であった。それを悟られないように強い言葉を口にしたが、もう一回同じような攻撃をされた場合、次もかわせる自信はあまりない。
(いやでも、今のがコイツの必殺の一撃だったなら、警戒して慎重に――)
「へぇ、今のを防ぐのね? なら次はもっと速くいくわよ?」
(全然違うネ!? あれで小手調べとか、勝てる未来がこれっぽっちも見えないネ!)
如何に鍛えた体術で補っているとはいえ、レベル二はレベル二。初手の不意打ちで仕留められたならともかく、正面から戦っては<剣術:四>を持つアリシアに勝てるはずもない。
「あー……あれネ。オマエもなかなか強かったし、今回はこのくらいで引き分けにしてやってもいいネ」
「あら、心配してくれるの? 大丈夫よ、私の方はまだ六割ってところだから、もっとたっぷり楽しませてあげるわ」
「あ、あはは…………それはそれは、サービス精神旺盛ネ」
(冗談じゃないネ! これ以上やったら本当に死んでしまうネ! どうにか、どうにか活路を……ん?)
と、その時。ジッと事の成り行きを見守っていたクサナが、無防備にアリシアの方に歩み寄っていく。当然アリシアはそれを警戒したが、流石に明らかに幼い少女であるクサナを問答無用で斬り捨てたりはしない。
「…………ん」
「何、それ? 手紙?」
そんなクサナがローブの懐から取り出したのは、真っ白な高級紙に金の飾りが踊り、赤い蝋で口を閉じられた明らかに特別そうな封書。アリシアが慎重にそれを受け取ると、クサナがアリシアを見て言う。
「読んで」
「いいの? これ、開けたら閉じられないわよ?」
「……本当はよくない」
「えぇ?」
「でも、このままだと渡せる気がしない……だから、読んでもいい」
「そう、なの? じゃあ、まあ…………」
今ひとつ要領を得なかったが、そういうことならとアリシアは手紙の封を切る。ふわりと漂う花の香りに一瞬毒を警戒したが、すぐにそれが嗅いだことのあるブランド物の香水の匂いだと思い出し、中の手紙……片方は日本語で、もう片方はロシア語で書かれていた……を読んでいくと…………
「……え? どういうこと? 何で私にこの手紙を見せたの?」
「だって……」
モジモジしながらクサナの語った理由に、アリシアは思わず頭を抱えることとなった。





