魅惑のボディーガード
「……ミンミン?」
「ハッ!? そうネ、さっさと追いかけるネ!」
にわかに過去の……と言ってもたかだか数日だが……思い出に浸っていたミンミンが、クサナにチャイナドレスの裾を引っ張られて我に返る。望み薄ではあるだろうが、それでもダンジョンから外に出た剣一が単独行動をする可能性はゼロではない。
ということで、ミンミンはクサナを引き連れ慌てて駆け出す。たまに寄ってくるスライムを華麗にスルーしながら進めば、ダンジョン前の改札に辿り着いたところで、その向こう側にターゲットの姿を見つけることができた。
「あら、ケンイチ君。今日は早かったわね?」
「どうもアリシアさん。いやー、何かちょっと調子が悪かったっていうか……」
「そうなの? ま、人間だしそういうこともあるわよね」
「ですねー。っていうか、今更ですけどアリシアさんってずっとここで待っててくれてるんですか?」
「そうよ? まあ本当にずっとってわけじゃなくて、ジミーやロイとも交代してるけど……でもケンイチ君を見かけたら連絡してって伝えてあるから、基本的には貴方のお迎えは私ね。
どう? 美女が出待ちしてくれてて、嬉しい?」
「アハハハハ……」
ニヤリと笑うアリシアに、剣一が困った感じで笑い声をあげる。するとそんな剣一に、近くから声がかかる。
「あーっ、ケンイチ!」
「エル? それに英雄に聖さんもか」
やってきたのは英雄達。三人が剣一の側までくると、礼儀正しく挨拶をしてくる。
「お久しぶりです、剣一さん!」
「お久しぶりですわ、剣一様」
「うん、久しぶり……ってほどでもないけど。こんな時間に珍しいな?」
「はい。本日は私が家の方の用事がありまして、であれば早上がりしてもいいかなということになったんです」
「そんな事よりケンイチ! アンタまたこの女と一緒にいるのね!」
丁寧に事情を説明する聖を横に、エルが剣一に食いついてくる。その目は剣一の隣に立つアリシアに向けられており、まるで獰猛な肉食獣のようだ。
「この女って……アリシアさんは一応、俺のボディーガード? 的なものらしいし」
「何がボディーガードよ! 馬鹿みたいに強いケンイチにそんなのいらないでしょ!」
「あらエル様、そんなことはありませんよ? 確かに剣一様はお強いですけど、それでも普通の殿方ですもの。色仕掛けとかをされたら、割とあっさり籠絡されてしまうかも……」
「色……っ!? 何なのよもーっ! ケンイチの馬鹿! 変態! すけべ!」
「何でだよ!? てかやめろよ! そういうの叫ぶなって!」
興奮するエルを前に、剣一が慌てて周囲を見回す。多少時間が外れているとはいえ、ダンジョンの出入り口付近には当然人が沢山おり、微笑ましそうに見ている者からうざったそうな視線を向ける者まで様々だ。
「大丈夫よお姫様。そのために私がこうしてガードしてるんだから」
「アンタが一番信用できないのよ! だってあんな……あんな……っ!」
笑って声をかけるアリシアに、エルが言葉を詰まらせる。その脳内では剣一にキスをしたアリシアの姿がありありと蘇り、エルの顔がどんどんくしゃくしゃになっていく。
そしてそんなエルの気持ちを、アリシアはちゃんと理解している。なので軽く膝を曲げて目線の高さを合わせると、アリシアがニッコリ笑ってエルに言葉を続ける。
「あれは勝者へのご褒美なんだから別よ。ふふふ、心配しなくても貴方のボーイフレンドをとったりしないわ」
「ボッ!? ちが、アタシはそんな!? う、う、うぅぅぅぅぅぅぅぅ! ヒデオー、ヒジリとアリシアがアタシのこと虐めるー!」
「え、僕!?」
「うふふふふ、エル様がとっても可愛らしいですわ」
「若いっていいわねぇ」
「とにかく落ち着いてエルちゃん! 剣一さん、これどうすれば……!?」
「俺に聞くな。俺には何もわからん……」
「そんなー!」
乙女心を理解するのは、戦艦をぶった切るのの一億倍難しい……そっと顔を逸らす剣一に、英雄が雨に濡れた子犬のような顔をする。そんな彼らのやりとりを、ミンミンは身を隠しながらしっかりと聞いていた。
(フム? なんネ、アイツいっつも一人でスライム虐めてるから性格悪いボッチだと思ってたのに、割と友達がいるネ?
それに色仕掛けが有効? ならダンジョンのなかでさりげなくすれ違うフリをしながらフトモモをチラ見せ……いっそわざと転んでパンツでも丸出しにしたらいけるカ?
うーん、こんなことならハニートラップの訓練をもっとしっかり受けるべきだったヨ)
ミンミンは今年一五歳になったところなので、その手の訓練は軽くしか受けていない。というのも彼女のように若すぎる女性が好きな変態は、その若さ故の初心さをこそ尊ぶ者が多いからだ。
なので色仕掛けと言われても、さりげなく視線誘導したりわずかな所作で劣情を煽るような高度なテクニックは身につけていない。思いつくのは色気よりもアホっぽさが目立つような作戦ばかりだった。
「うーん、これなら平気かしら? ねえケンイチ君。私ちょっと用事を思い出したから、今日はこのままお姫様達と帰ってもらってもいい?」
と、そこで剣一達のやりとりを見たアリシアが、そんな提案を口にする。すると剣一は若干戸惑いながら英雄達の方に顔を向けた。
「え? 俺はいいですけど、でも英雄達に迷惑なんじゃ……」
「先ほど申し上げました通り、私は用事がありまして……英雄様とエル様はどうですか?」
「あ、僕は全然大丈夫ですよ。今日は特に予定もないですし」
「アタシもよ! ていうか、アンタこれから家に帰るだけなら、その前にデパートに寄っていかない? レヴィがこの前、美味しそうなスイーツを見つけたから買ってきてって言ってたのよ」
防水スマホを使いこなす鮭は、最近ではSNSでの情報収集もお手の物らしい。小さな前ひれで器用にタッチ操作する姿は見る人が見ればギャグかホラーか意見が分かれそうだが、少なくとも剣一達にとっては既に日常であった。
「うん、大丈夫そうね。それじゃケンイチ君、また明日ね」
「あ、はい。いつもありがとうございます、アリシアさん」
礼を言う剣一に小さく手を振って別れると、アリシアはその場を後にし……ダンジョンの中へと戻っていく。そして入り口から少し入ったところで足を止めると、何もない壁に向かって鋭い声を出した。
「そこにいるんでしょう? わかってるから隠れても無駄よ?」
「……………………」
「五秒待つわ。あくまでも姿を見せないなら、そういう輩ってことで処分させてもらうわね」
アリシアがわずかに腰を落とし、剣の柄に手をかける。そうして三秒立つと、目の前の壁からじわりと二人の人間が姿を現した。
「……どうしてワタシ達のことがわかったネ?」
「そりゃわかるわよ。だって貴方の使ってるそれ、アメリカ軍にもあるもの」
「えっ!? でもこれ、最新技術だって聞いてるヨ!?」
「最新と独占は違うでしょ? それにその魔導具、欠点も多いしね」
驚くミンミンに、アリシアが含みのある言葉を返す。実際ミンミンの使っている魔導具は見る者の魔力波長に影響して視認できなくするというもので、生き物の肉眼からは見えなくなるものの、それ以外のセンサーやカメラには普通に引っかかる。
何ならスマホのカメラを通すだけでもその姿が見えてしまうため、現状では有用ではあるものの、使い処の限られる魔導具であった。
「さて、それじゃもうちょっと奥までご同行願えるかしら? 貴方達だって、こんな場所で暴れるのは困るでしょ?」
「うぅ、仕方ないネ……」
「わかった」
アリシアの言葉にミンミンは渋い顔で頷き、クサナは表情を変えることなくそう返す。それに満足げに頷くと、アリシアは二人を引き連れ、多寡埼ダンジョンの奥へと歩を進めていった。





