模擬戦その六 最強vs最強
そうして剣一達が戦っていた同時刻。ほんの一〇〇メートルほど離れた場所では、人類最強を自称する男と腹のたるんだドラゴンとの一騎打ちが行われていた。
いや、世間の注目度で言うなら、むしろこちらの方がメインだ。何しろ最強であるかはともかく、人類最高のスキルレベルを持っている人間と、世界を食い尽くすと称する喋る魔物の戦いなのだ。これに注目しない者などいない。
だが、そんな外部の思惑など当人達には関係ない。一人と一体が緩く向き合うと、オリヴァーが剣の切っ先を向けてディアに語りかけた。
「さあ、このくらい離れればいいだろう! 覚悟せよドラゴン殿! このアーサーがお前を倒し、見事世界最強の力を見せつけてくれよう!」
「アーサーなのかオリヴァーなのか、どっちなのじゃ!? まあ軽く小突けば終わりなのじゃし、好きにすればいいのじゃ」
「なんたる傲岸! だがそれでこそドラゴンだ! しかし……ふむ。ドラゴン殿はその姿のまま戦うのか?」
「うむ? どういう意味じゃ?」
若干不満そうなオリヴァーの言葉に、ディアが首を傾げる。
「いやだって、少し前まではもっと大きかっただろう? そっちが真の姿なのではないか?」
「別にそんなことはないのじゃ。あれはケンイチを載せるのに都合がよかったから大きくなっただけじゃしな」
「そうなのか? なら見た目や大きさは強さに関係ないと?」
「そうじゃな。よほど極端に巨大化したり小型化したりすれば別じゃが、さっきと今では見た目以外の違いなどないのじゃ。
まあそれでも、ワシなりに慣れていて戦いやすい姿というのはなくはないが、正直お主程度ならどんな姿でも同じなのじゃ」
「……ならば是非本気を出してくれないか? その状態のドラゴン殿を倒さねば、私は真に最強とは言えなくなってしまう」
適当な感じで言うディアに、しかしオリヴァーが真剣な表情で告げる。だがその目を見たことで、ディアがオリヴァーに問いかける。
「最強なぁ……何故そんなものにこだわる? 怖がりのお主には、そんな称号は似合わぬと思うが?」
「怖がり? 何故そう思う?」
「今までワシの前に現れた真に強き者達は、お主のような怯えた目をしていなかったのじゃ。とはいえお主も技神の加護をそれなりに育てておるようじゃし、決して弱いわけではないんじゃろうが……本当に何に怯えておるのじゃ?」
それは決して嘲りではなく、純粋な疑問。だからこそ毒気を抜かれ、オリヴァーは小さく苦笑してからその口を開く。
「はぁ……参ったな。確かに私は怯えている。その理由は……私に先がないからだ」
「先がない? 何じゃ、お主見た目と違ってジジイなのじゃ?」
「私はまだ二八歳だ! ……いや、でも、そうだね。この世界においては、私はそろそろ老人と変わらなくなるんだろう」
スキルは若いほど成長率が高い。一〇代の頃なら笑ってしまうほど簡単に成長するスキルも、二〇代に入れば徐々にその成長率は落ちていき、三〇代に入る頃には元の一割ほどにまで落ち込むと言われている。
加えて、スキルレベルが上がれば上がるほど、次のレベルに上がるのが難しくなる。成長率の低下に加えて必要な経験の爆発的な増加が重なる以上、オリヴァーはこれ以上自分が成長できるとは思っていなかった。
「私は必死に努力して、おかげでスキルレベルが六まで伸びた。だがそれは私の持つスキルが<剣技>という凡庸なものであったからだ。レベルが下の相手に負けるつもりはないが、同じレベルになられたら、<聖剣技>や<魔剣技>のようなレアスキル持ちには勝てない。
加えて私は、もうすぐ三〇歳だ。これ以上はどれだけ頑張っても、スキルが伸びない時期が近づいている。若い世代がどんどん伸びていくのに、私だけがここから前に進めないのだ。
わかるかい? 私の最強は期間限定……一〇年後の私は、きっとありふれた少し強い剣士の一人になってしまうんだろう。
嫌だ、怖い。埋もれたくない! だから私は名を残すのだ。今ここでドラゴン殿を倒し、最初に竜を下した時代最強の剣士として!」
「……? 言いたいことはわかったのじゃが、名を残したいなら本名の方がいいのではないか?」
理解と共に困惑を深めたディアの問いに、オリヴァーがチッチッと舌を鳴らして指を振る。
「わかってないな、ドラゴン殿。こういうのは『二代目アーサー・ペンドラゴン』とかの方がわかりやすいんだよ。それにそれなら、私の次に現れた最強の剣士が『三代目』を名乗りやすいだろう? そうすると必然的に二代目である私の名前も残るじゃないか!
本当に図抜けた力を持っているならともかく、私くらいだとこっちの方が都合がいいんだよ」
「ほぅ、色々考えておるのじゃな。ふーむ……ならば試してみるのじゃ」
「試す? 何を……っ!?」
「ふわっ!? え、マジで!?」
「これは…………っ」
瞬間、ディアの体が急速に巨大化していく。オリヴァーのみならずロイやジミーも呆気にとられてその光景を見つめていると、現れたのはかつて剣一がダンジョンで出会った時の姿。
「我が名は悪心竜デアボリック・アリタリカ・ローズフェラート・アイゼン・イルム・ストラダ・イニシエート! お前が真に最強を欲するならば、その渾身の一撃を我が身に打ち込んでみせよ!」
剣一達の方に影響がでないよう狭い範囲で結界を張った結果、ディアの声がより低く重くオリヴァーに降り注ぐ。その身から漏れ出すわずかな魔力の残滓ですら、オリヴァーは自分の遙か格上……手を伸ばすことすら烏滸がましい存在であると本能的に悟った。
「…………面白い!」
だがそれでもなお、オリヴァーは自身を奮い立たせて剣を握った。大層な理由や大義など何もない。ただ「最強でありたい」という個人的な欲だけで、しかしオリヴァーは剣を握ることができた。
その事実を、ディアはニヤリと笑って受け入れる。そういう人間くさい強さを持つ相手を、ディアは嫌いではなかった。
「ではドラゴン殿! 我が最強の一撃、受けてみよ!」
大上段に剣を構え、オリヴァーが裂帛の気合いを込めて叫ぶ。するとその剣に白い光が集まっていき、それが頂点に達した時、オリヴァーが剣を振り下ろす。
「エクス……カリバー!」
それはオリヴァーがレベル六になって初めて使えるようになった、最強にして最高の技。正式名称「シャインスラッシュ」が発動し、光の刃が巨大化したディアの臑辺りに命中すると……
「あいたっ」
黒光りする鱗に、わずかな傷がつく。それは間違いなくディアにオリヴァーの攻撃が届いた証。その事実に呆けたような顔をしていたオリヴァーが、恐る恐る声を出す。
「…………届いた? 私の攻撃が、ドラゴン殿を傷つけたのか?」
「そうじゃな。この程度の攻撃など幾億と繰り出さねばワシの命を奪うには至らぬが……それでもお主は、ワシの体に傷を刻むことに成功した。それを存分に誇るがよいぞ、オリヴァーよ」
「お……お……おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
彼我の強さの差がわかるからこそ、オリヴァーは絶叫する! ゼロを一に変えた最初の一人として……実際には違うのだが……世界に牙を立てられたことに、ただただ歓喜の雄叫びをあげる。
「あーそれと、お主達は勘違いしておるようじゃから、一応指摘しておくのじゃ。確かに技神の加護……スキルは器が柔らかい間ほど力が馴染みやすくはあるが、歳を取ったからといってそこまで成長率が悪くなるものではないのじゃ」
「何ですと!? でも、検証結果が……」
「そんなものは知らぬが、この世界にスキルができて、まだたったの五〇年じゃろ? 今の段階でわかっておるのは、既に器が固まった者がスキルを得た後の成長率なのではないのじゃ? それなら伸びが悪くて当然なのじゃ。
じゃが三〇年前なら既に世界にスキルが満ちていたわけじゃから、器の方もスキルを得る前提に作り変わっているはずなのじゃ。であれば一〇代ほどの成長速度はないにしても、全く成長しないなどということはないはずなのじゃ」
「なら……なら私は、まだ強くなれるってことかい?」
ディアの言葉に、オリヴァーが震える声で問いかける。するとピカッと体を光らせてデブゴンに戻ったディアが、オリヴァーの肩を叩いて言う。
「まあ、そういうことじゃ。次はせめて鱗の一枚でも剥がせるようになることを期待しておくのじゃ」
「は、は……ははははは…………ああ、いいとも! この私が、最強の剣士アーサー……いや、オリヴァーが、次こそ歴史に名を刻んでみせる!」
「うむうむ、その意気じゃ。人間元気が一番じゃからな。あー、じゃが、次からの挑戦には貢ぎ物を要求するのじゃ! 具体的には美味いものなのじゃ!」
「ならフィッシュアンドチップスを山ほど持っていこう! シェパーズパイもおまけだ!」
「ほほぅ? それは楽しみなのじゃ」
気炎を上げるオリヴァーに、ディアが子の成長を見守る親のような顔でそう告げる。こうして最強対最強の戦いもまた、順当な結果を得て幕を閉じるのだった。





