模擬戦その四 挑戦者と闖入者
「ここにいるってことは、最後の相手はアリシアさんなんですか?」
「そうよ! 先輩として、私達しっかりたっぷり相手してあげる、って言いたいところだったんだけど…………」
剣一の問いに、ムンッと胸を張ったアリシアが一転、苦笑して視線を横に向ける。そこには剣一にも見覚えのある相手……椅子やテーブルを運んでいた人ことロイとジミーの姿があったのだが……
「無理無理無理無理! 無線で散々聞かされたけど、彼戦車や戦闘機どころか戦艦まで斬ったんでしょ!? そんなの僕にどうにかできるわけないじゃないか!」
「そう、だな。俺もそれなりに戦えるつもりではいたんだが……」
飛ぶんじゃないかという勢いでジミーが激しく首を横に振り、ロイは何とも渋い表情で歯噛みする。
本来彼らに与えられた任務は、最後の調整役だった。いくら近代兵器が相手だったとはいえ、転移魔法で逃げるだけではその強さは伝わらない。なので外部勢力にわかりやすい形で剣一達の強さをアピールすることこそが彼らの目的だったのだ。
「正直、もう俺達が君達と戦う意味はない。何故なら君達はもう十分に……十分以上にその実力を見せつけてくれたからだ。今時B級映画でもあんなあからさまな声が通信で届くことはないだろうってくらいにな」
「フンッ! ワシ等を試すというのなら、もっと歯ごたえのある相手を用意するべきだったのじゃ!」
「あはははは……えっと、じゃあこれで終了ですかね?」
「違うわよ!」
ちょっとだけ不完全燃焼な気持ちを抱えた剣一に、アリシアが声をあげてスラリと剣を抜く。その切っ先が向かうのは剣一だ。
「確かにアメリカ地軍としての作戦行動は、これで終わり。でもここからは私が……アリシア・ミラーが、個人としてケンイチ君に挑むわ!」
「俺とアリシアさん、ですか? え、でも、今までも結構模擬戦やりましたよね?」
「そりゃやったけど……でもあの時と今じゃ状況が違うわ」
ダンジョンのなかで幾度も剣を交えたからこそ首を傾げる剣一に、アリシアが静かな表情でその言葉を否定する。
「確かにケンイチ君とも何回か模擬戦をやったけど、でもあの時、私はケンイチ君の強さを全然知らなかったし……それにケンイチ君だって、全力で相手をしてくれたわけじゃないでしょ?」
「そりゃあ、まあ……」
「だからよ。年下の男の子じゃなく、戦艦だって斬っちゃうような凄い剣士に、私が挑戦するの。どう? 受けてくれる?」
「……わかりました。受けて立ちます」
まっすぐ真剣な目を向けてくるアリシアに、剣一は頷く。すると話を聞いていたディアが、何とも退屈そうに声をあげた。
「ということは、最後はワシは見ているだけなのじゃ? むぅ、それはつまらぬのじゃ!」
「ああ、それに関してなんだが――」
「ドラゴン殿の相手は、この私が承ろう!」
近くの建物から姿を現し、突如として大声をあげた四人目の男。その存在を確認すると、ロイが思わず頭を抱える。
「む? 何じゃお主は?」
「私の名はアーサー! 人類最強の剣士にして騎士王、アーサー・ペンドラゴンだ!」
ディアの問いに名乗りをあげたのは、二〇代後半くらいと思われる、左右が短く刈り上げられ、頭の上にだけフワッとした茶髪を靡かせる青い目の男。一八〇センチほどの身長とスラリとした体を実用性よりもデザインを重視した金属鎧で包み、映画俳優のように整った顔立ちでキラリと歯を輝かせるイケメンだ。
「あー……彼はオリヴァー・スミス。イギリスの冒険者で、現在確認されているなかではもっとも高レベルのスキルを有する男だ」
「オリヴァー? 本人はアーサーとか名乗っておるが?」
「それは違うぞドラゴン殿! 確かにオリヴァーは我が両親が一生懸命考えてつけてくれた最高の名前だが、それはそれとしてイギリス出身の最強剣士であれば、アーサーの名を受け継ぐのは当然なのだっ!」
「落ち着けオリヴァー! とにかく、まずは事情を説明させてくれ」
場が混乱してきたところで、ロイが全員を手で制して会話を打ち切らせる。そうして静かになったのを確認すると、改めて説明を始めた。
「オリヴァーは元々、我が軍とは一切関係の無い人物だ。だが『ドラゴンが実在するというのなら、是非この目で見てみたい』という要望を出してきてな。こんなのでも最高記録保持者だけに、影響力が強いんだ。
で、イギリスの……あー、日本語だと迷宮探査員か? そこの本部からイギリス政府に連絡がいき、その後色々あってこの演習にねじ込まれたというわけだ。
だがオリヴァー、あんたは見ているだけで戦闘には参加しないって約束だったんじゃないのか?」
顔をしかめて問うロイに、オリヴァーは涼しげな笑みを浮かべて答える。
「うむ。確かに見ているだけで参加してはいけないと言われていたし、実際ただ空間を跳んで逃げ回るだけのドラゴンであれば、我が剣の錆にするのは些か可哀想という気持ちもあった。
だがどうだ! 雄々しく空を駈け、人類の英知の結晶たる兵器群を蹂躙するその様は、まさにドラゴン! であればこの私が真に竜殺しとなるのに相応しいではないか!
さあドラゴン殿! このアーサーが見事聖剣の錆にしてくれよう!」
「いや、模擬戦だから殺したら駄目に決まってるだろ! まったく……」
「あの、いいですか? 現在確認されてる最高レベルのスキル持ちって……」
呆れるロイをそのままに、剣一がそっと手を上げて問う。するとジミーがニヤリと笑って教えてくれる。
「ああ、そうだよ。非公開情報だから一般人は知らないだろうけど、オリヴァーのスキルレベルは六……しかもそのスキルはアリシアと同じ<Sword Mastery>なんだ」
「ソードマスタリー……<剣技:六>!?」
その情報に、剣一は大きく目を見開く。何処かニオブに似た匂いを感じさせる相手が、まさかの「最強の剣士」であったからだ。
「スゲー! スキルレベル六って、どのくらい強いんだろ?」
「ほぅ、ケンイチは興味があるのじゃ?」
「そりゃあるだろ! だって六だぜ!? 俺の六倍なんだぞ!?」
「カッカッカ。確かに本当にお主の六倍強いならとんでもないじゃろうなぁ」
「ちょっとケンイチ君! 貴方は私の勝負を受けてくれたんでしょ! 今更浮気なんて許さないわよ!」
「あっ!? いや、違うんですよ。勿論アリシアさんとは真剣に戦いますけど、それとこれとは別っていうか……」
「ということでドラゴン殿! いざ尋常に勝負!」
「だから待てと言っているだろうオリヴァー! せめて上に確認を……あ、はい。えっ!? いやでも…………いえ、違います。ですがその、本当に……?」
と、そこで不意にロイが耳を押さえて独り言を言い始めた。実際にはインカムから通信が入っているのだろうが、流石にそれは周囲には聞こえない。
「はい、はい。了解しました…………上からの許可が出た。オリヴァー、君が交戦してもいいそうだ」
「おお! さすがは自由の国だね。であれば早速始めようか!」
「なら、私達はこっちね。ほらケンイチ君、来て」
「わかりました……ディア、ほどほどにな?」
「何だかよくわからぬが、まあいいじゃろ。軽く遊んでくれようぞ」
ディアとオリヴァー、剣一とアリシアが演習場の左右に分かれていく。最終戦にして番外戦、多くの人々の様々な想いを載せた最後の戦いが、今幕を開けようとしていた。





