模擬戦その三 甘い男
『……これは悪夢か?』
『まあ、こうなりますよね』
剣一達が降り立った先に待ち構えていたアメリカ陸軍戦車隊。戦場から少しだけ離れた指揮車にのる部隊長の言葉に、副官の男がどこか諦めたような声で言う。確かに極めて信じがたい、受け入れがたい光景ではあるが、同時に彼らがここまでやってきたことを考えれば、むしろこれが当然であるとも思えてしまったからだ。
「カッカッカ、そんなもの通じぬと言っておるのじゃ!」
『履帯を引きちぎられた!? 行動不能! 救援を!』
『嘘だろ、砲身がねじ曲がるなんて、コミックのなかだけの話じゃないのか!?』
『当たってるのに! ゼロ距離で砲弾をぶち込んで、何であのたるんだ腹にかすり傷一つつけられないんだ!?』
地上に降り立ったことで元の大きさ、姿に戻ったディアは、せっかくだからと剣一と別れ、戦車の半分を自力で倒すことを提案した。剣一がそれを受け入れたため、今のディアは小さな大怪獣の如く戦車隊を蹂躙している。
「確か昔の映画に、こういう感じのシーンがあったのじゃ。ほーれ!」
『車体が浮いてる!? まさか……総員、衝撃に備えろ!』
『うわぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?』
ドカーン!
五〇トンの鉄の塊が、ディアによって軽々と放り投げられる。それは別の戦車に見事に命中すると、両方の車体が煙を噴いて動かなくなった。その光景を目の当たりにし、副官の男がまるで他人事のように声をあげた。
『あー、こりゃ酷い』
『酷いで済むか!? こんな、こんな理不尽な力が存在していいのか!?』
『そう言っても隊長、相手はファンタジーの王、ドラゴンですから』
『ぐぅぅ……だ、だがあっちは! あっちは何なのだ!? あれはただの日本人の子供だったはずだろう!?』
副官の言葉に思い切り顔をしかめつつ、部隊長の男が反対側に視線を動かす。するとそちらはそちらで、彼の理解を遙かに超える光景が広がっていた。
「うーん、何か思ったより大したことないな?」
『駄目です、対象の動きが止まりません!』
戦車砲と機銃による飽和攻撃を斬り跳ばしながら、剣一は戦車に歩み寄っていく。そうしてすぐ側までくると、砲身や履帯をスパスパと斬ってあっという間に無力化してしまった。最初こそ戦車のフォルムに目をキラキラさせていた剣一だったが、今はそれも冷めてしまっている。
だがそれは、ある意味無理からぬことだった。何せ戦車の主砲というのは、単純なサイズの問題で戦艦の主砲より小さく弱い。搭載されている機銃も、当然戦艦の対空機銃に比べれば貧弱だ。
唯一勝っている点があるとすれば戦車の方が機敏に動けるというところだが、それだって戦闘機とドッグファイトを繰り広げた剣一からすれば亀のような歩みだ。
つまり、全てが劣化品。まあまあの速度で動き、あまり強くない砲撃を薄くしか展開してこない戦車隊は、空と海を制した剣一からすると今ひとつテンションの上がらない相手であった。
『何なんだコイツは!? 機銃と戦車砲を完全無効化できるなら防御系のスキル持ちのはずなのに、なんでこんな簡単に複合合金が切れるんだよ!?』
『は、ははは……そろそろゴーグルの電源を切ってくれよ。きっとこれは、新手のVRゲームの体験版とかなんだろ? もう十分だから、現実に戻してくれ。おーい、聞いてるかー?』
『こうなれば……全速前進! 対象を履帯でひき殺す!』
『えっ、模擬戦でそれは流石にマズいんじゃ……?』
『上からは全力でやっていいって言われてるんだ! 問題ない! 行けぇ!』
「ん? うわっ!?」
と、そんな風に戦闘に若干の作業感を感じてきていた剣一に対し、突如一両の戦車が高速で突っ込んできた。それに驚きつつも剣一は即座に履帯を斬り跳ばしたが……
「あれ、止まらない!? ヤバっ!?」
車は急に止まらない。大地を擦り濛々と煙をあげながらも突っ込んでくる戦車に、剣一が驚きで目を見開く。何故なら戦車のなかには、人が乗っているからだ。
(真っ二つにして中央の隙間に……いや、戦車って真ん中にも人が乗ってるのか? なら下を……これ以上斬っても特に変わらないか、むしろ軽くなる分速くなる? 上、右、左……え、どこを斬ればこいつは止まるんだ!?)
戦闘機はコックピットにしか人が乗っていないので、問題なかった。戦艦はディアが誘導してくれたため、大丈夫だった。
だが今、剣一には乗員を傷つけずに戦車を止める方法が思いつかなかった。あるいはもっと冷静になれれば斬る応用で戦車の車体を斜めにずらしたり、足下を斬って地面の下に隠れたりととれる手段は幾つもあったが、焦る頭では何も思い浮かばず、あわや衝突しようとした、まさにその瞬間。
フォン!
「うおっ!? えっ!? 何!?」
「まったく、世話の焼けるやつなのじゃ」
不意に足下に開いた黒い渦が剣一の体を飲み込み、次の瞬間剣一はディアのすぐ隣に立っていた。キョロキョロと周囲を見回し、すぐにディアが自分を助けてくれたのだと理解すると、剣一はディアに顔を向けて言う。
「悪いディア、助かったぜ」
「まったく、世話の焼ける奴なのじゃ。いくら張り合いのない相手とはいえ、あまり気を抜きすぎてはいかんぞ? こんなところでつまらぬ怪我などしたら、せっかくの催しが台無しなのじゃ!」
「わかってるって。もう大丈夫だ」
「ならばいいがの。ではほれ、さっさと残りの戦車を片付けてくるのじゃ。ワシの方はもう終わるぞ?」
「おっと、負けてられねーな。んじゃ、後でな!」
そう言うと、剣一が手を振って立ち去っていく。その後ろ姿を見ながら、ディアはそっと胸の内で言葉を紡いだ。
(敵を気遣うあまり、自分が死にかけるとは。やはりケンイチは甘いのじゃ。まあその甘さがあればこそ、ケンイチはケンイチでいられるのじゃろうがな)
剣一の甘さは尊ぶべき美点だ。あれほどの力を持ちながら友に囲まれ普通に暮らせるのは、正しく剣一に甘さ……あるいは優しさがあるからだ。もしそれがなければ、今頃剣一は孤独にて孤高の存在として、この世界の片隅に取り残されるような存在だったかも知れない。
だが同時に、その甘さは重大な欠点でもある。ディアの協力により転移魔法で何処に監禁しようと一瞬で救出できるという前提がなければ、剣一は家族や友人を人質に取られるだけでほとんど何もできなくなっていた。
他にも被害を拡大しないために多少の犠牲を覚悟して大技を使うとか、死ぬような威力の技で敵を一掃したりもできない。幸いにして多少怪我をさせるくらいなら許容範囲なので戦えないというわけではないが、それでも自分だけが戦闘に無駄な縛りを入れているという事実は揺るがない。
(本当に手のかかる……強いのか弱いのかわからぬ奴なのじゃ。まあそういう者じゃからこそ、ワシも守り甲斐があるというものじゃがな)
完全など存在しない。完璧などくだらない。足りないところがあるからこそ、あらゆるモノは奪い合い補い合い、時に争い、時に手を取り……そうしてぶつかり合うところにこそ、命の輝きが生まれる。
鋭く繊細なガラスの剣のような相棒のことを想いディアがほくそ笑んでいると、遂にというかようやくというか、全ての戦車を片付け終えた剣一に対し、奥の指揮車からその宣言が伝わってきた。
『まいった、降伏する! 全軍、戦闘停止!』
「っと、終わったようじゃな」
剣一に英語はわからないが、それでも車体上部の蓋をパカッと開け、両手をあげて上半身を晒す人間の意図が伝わらないはずもない。
故に剣一はそれを受け入れると、ディアと連れ立ち次の……最後の戦場へと向かう。そこで剣一達を待ち受けていたのは……
「待ってたわ、ケンイチ君」
「アリシアさん!」
ほんのわずかな期間とはいえ、一緒に行動した友人。アメリカ軍の最後の切り札は、堂々たる態度で剣一達の前に立ち塞がった。





