模擬戦その二 神の如き戦士
「続きが来なくなったな……てことは、戦闘機はもう終わりか?」
「そのようじゃな。それにほれ、あっちにでかい船が見えてきたのじゃ」
アメリカ空軍的には激闘、だが自分達からすれば遊園地のアトラクションくらいだった戦闘を終えた剣一とディア。静かになった空をのんびりと進んでいると、遠くの海上に浮かんでいる戦艦の姿が目に入った。
「お、本当だ。なら次はあいつらだ! 行くぞディア!」
「任せるのじゃ!」
剣一の指示に従い、ディアが一気に加速して近づいてく。すると当然相手側も、剣一達の存在を確認したことで艦内に喧騒が広がっていく。
『ターゲット、急速接近!』
『CIWS起動! 対空砲火を張って近づかせるな!』
『了解! CIWS起動!』
「うおっ!? 何かスゲー撃ってきたぞ!?」
「カッカッカ、こうでなければ面白くないのじゃ!」
戦闘機隊を全滅させた時点で、模擬戦に参加している全部隊に全ての武装の使用許可と対象の撃墜許可が下りている。つまり「本当に殺すつもりで戦って構わない」ということだ。
勿論その許可を出す前には司令部にて再度話し合いが行われたわけだが、清秋は「自分は最初からそう要求している」と言うだけだったし、キャサリンにしてもそこまでやらねば相手が転移魔法を使わないかも知れないと判断。結果として許可が下りたことにより、剣一とディアは濃密な死の雨に晒される羽目になった。
普通なら恨まれて然るべき判断。普通なら死んで当然の状況。しかしその真っ只中にある一人と一体は、実に楽しそうに空を飛び回っていた。
「カッカッカ! そんなもの当たらないのじゃ!」
「あの日の修行に比べたら、こんなの楽勝だぜ!」
クルクルと踊るように砲火をかいくぐるディアに合わせて、剣一が前方の弾を斬り跳ばしていく。かつて「振ってくる雨を全部斬ったら濡れないんじゃね?」というアホなことを思いつき、台風の日に実際にやってみた経験のある剣一からすれば、結構な隙間のある対空機銃の攻撃などどうということもない。
「まずは……一隻!」
ディアが甲板すれすれを飛ぶと、その軌道に沿って船体が斬られていく。人を巻き込まないように、また斬ると爆発したりする可能性のある場所を避けるために丁寧に三枚おろしにされた戦艦からは、すぐに浮き輪やゴムボートに乗った船員達が海に溢れだしてきた。
『ジーザス! 軍艦を斬り裂くなんて!?』
『おかしいな。海はこんなに冷たいのに、俺の目が覚めないぞ?』
『ドラゴンはともかく、上に乗ってる少年は何故無事なんだ?』
「さあ、テンポ良くいくぜ!」
「ハッハー! 一気にぶっちぎりなのじゃー!」
障害全てを斬り跳ばし、剣一とディアが空を駈ける。二隻、三隻、四隻と踊るように飛び回れば、アメリカが誇る海の力が高価な鉄くずへと変貌していく。
『艦長、このままでは……』
『せめて一矢報いねば! 主砲、発射準備!』
「さて、最後はあれだな」
「ケンイチよ、何かでかいのがこちらに狙いをつけておるが?」
「関係ねーよ!」
「カッカッカ、そういうと思ったのじゃ!」
『撃てー!』
ガキィィィィィィン!
機銃の弾とは一線を画す、一八インチ四〇口径砲。柔らかい人の肉などかするどころか近くを通り過ぎるだけでミンチになる威力の砲弾を、しかし剣一の剣が火花を散らして真っ二つにした。その中央にできた隙間を抜け、竜を駆る少年が戦艦に肉薄する。
「これで……最後!」
シャォォォォォォォン!
金属の擦れ合うような高い音が鳴り響き、アメリカの誇る戦艦が輪切りになる。そうして船が沈み、船員達が脱出していく様をその場で見守ると、改めて一区切りとばかりに剣一が拳を握って声をあげた。
「おっしゃ、目標達成! ……だよな?」
「とりあえずこの辺には、もう他の船はないようなのじゃ。少し離れたところにはいくつか浮かんでいると思うのじゃが……」
「見える範囲にいないなら、多分無関係だろ。全然関係ない船を斬ったりしたら、それこそ大問題だろうし……うん、そっちはほっとこう」
「お主がそれでいいなら、わかったのじゃ」
「んじゃ、最後に……おーい、皆さーん! えっと……風邪引かないように……風邪って英語で何て言うんだ?」
海上に浮かぶ軍人達に声をかけようとして言葉を詰まらせた剣一がディアに問う。するとディアは少しだけ考えてからその口を開いた。
「風? 風はウィンドじゃったかな?」
「そうだそうだ……ってちげーよ! それは流石に俺でもわかるよ! そっちじゃなくて……あーくそ、こんな時に祐二と話ができれば……」
「ケンイチよ、何でもかんでもユージに頼ってはいかんぞ? 脳みそがツルツルになってしまうのじゃ」
「ぐっ……うっ、あっ……………………ぐ、グッドラック! 行くぞディア!」
「はぁ、仕方のないやつなのじゃ」
剣一に尻を叩かれ、苦笑しながらディアがその場を飛び去っていく。その胸には「負かした相手にそれは、割と酷い煽りではないのじゃ?」という思いがよぎったが、ドラゴンの情けで口には出さなかった。
そしてそんな煽りを受けた軍人達はと言うと……
『おい、今あいつ、何か言ってなかったか?』
『言ってたような気はするけど、波の音とかあったからなぁ』
『俺は聞こえたぜ。あいつ「俺は神だ!」って言ってやがった』
『神か……確かに戦艦を真っ二つにするような奴は、神だよなぁ』
『竜を駆る神の戦士……一体何者なんだ……?』
『配備していた艦隊は、全滅したそうです……』
『…………そ、そう、ですか。船員達には、ね、労いの言葉を送っておいてください』
『了解です』
ピクピクとこめかみが引きつりのを辛うじて押さえ込み、キャサリンがオペレーターにそう告げる。戦闘機の損失も痛かったが、駆逐艦や巡洋艦など五隻は、それに輪をかけて痛い。
というか、紛うことなき激痛である。金額的にも製造期間的にも、向こう数年の防衛予算の使い道が大きく固定されてしまった状態だ。
「いや、いや、いや……ミスター・シラサギ。これは……何と言うか、ドラゴンというのは本当に強いのだな」
それには流石のマイケルも、若干言葉を詰まらせる。ただしその頭にあるのは予算の問題よりも、剣一やディアの強さの方だ。瞳の奥に胡乱な光を宿し始めた大統領に、しかし清秋は穏やかに言葉を続ける。
「当然でしょう。私はちゃんと、キャサリン殿にお伝えしたはず。ドラゴンとは世界の外からやってきて、世界を食い尽くして去っていく破壊者である、と。
世界を丸ごと食らえる存在が、たかだか一国の軍隊など相手になるはずもない」
「…………だがその上に跨がっているのは、日本人の少年なのでしょう?」
「そうですな。それこそこの世界における何よりの僥倖。だからこそ蔓木君に余計な事をされるのは、とても困るのですよ。そろそろ私のこの考えを、大統領にも共有いただけると思うのですがな?」
「む…………」
マイケルの脳内で、今まで描いていた絵図や優先順位が静かに切り替わっていく。「転移魔法を使いこなすドラゴン」は極めて魅力的であり、可能であれば非合法な手段に訴えてでもアメリカ側に取り込みたい。
だが本当にそこまで危険となるとやや話が違ってくる。制御法がわからず、扱いを間違えれば甚大な被害をもたらす爆弾となると、むしろ他国に管理してもらい、自分達は技術だけを吸い上げるのが理想ではないだろうか?
「さて、残る軍勢はあと二つですか。その間に大統領が賢明な判断を下していただけるのを期待しております」
目に見えて表情の硬くなったマイケルに、清秋は柔らかくも冷たい笑みを浮かべてそう告げた。





