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俺のスキルは<剣技:->(いち)!  作者: 日之浦 拓


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予想を超えた提案

「お祖父様、お茶が入りましたわ」


「ああ、すまないな聖」


「お客様も、宜しければどうぞ」


「ええ、ありがとう」


 交渉に先立ち、いつの間にか姿を消していた聖が家から出てくると、清秋の前に緑茶の入った湯飲みを置く。次いでキャサリンの前にも同じ湯飲みを置くと、聖は一礼してその場を後にした。


 ちなみに、湯飲みそのものは剣一の家にあった安物だが、使用された茶葉は白鷺家から持ってきた最高級の玉露である。


「可愛らしいお嬢さんですね」


「ああ、私の自慢の孫娘だ。キャサリン殿も冷めないうちに飲むといい」


「いただきます」


 清秋の進めに、キャサリンは特に警戒することもなく緑茶を飲む。それは「貴方を信用しています」というポーズでもあるが、何より転移魔法で拉致された時点で、警戒に大した意味がないとわかっていたからだ。


「ふぅ……いいお茶ですね。渋みの奥にほのかな甘みがあって、爽やかな香りが抜けていくようです」


「気に入っていただけたなら何よりだ。では交渉だが……」


「転移魔法などというとんでもない力を手に入れた日本が、我々に何を望まれるのですか?」


 静かだが、トゲのある声。キャサリンの鋭い視線が清秋に突き刺さる。


「あの鱗のようなものは、おそらく目印なのでしょう? 開封する必要がなく、ただあれが在れば(・・・)いいだけなら大抵の場所に送りつけられるし、帰りに鱗を持って転移すれば証拠も残らない。


 日本は世界中の機密にアクセスし放題となり、要人の誘拐や暗殺、主要な軍事施設も都市機能を担うインフラ設備の破壊も容易に可能になった。


 友好国であるアメリカとしては、是非ともその技術を供与して欲しいところですが……」


 現代文明は、ある意味とても脆弱だ。何せ発電所を壊されて電気が止まれば、それだけで都市機能のほとんどが停止してしまう。そうなれば当然流通も滞り、大都市ではあっという間に水や食料の奪い合いが発生するようになるだろう。


 そしてそれほど致命であるというのに、各国は「転移魔法」に対する防御策など持ち合わせていない。唯一アトランディアならそういう魔法的なものに対する防衛手段があるかも知れないが、アトランディアの一番の友好国は日本であるのだから期待はできない。


 故に、これは文字通り祖国の安全と未来を勝ち取るための戦い。意気込むキャサリンに、しかし清秋は苦笑する。


「どうやら誤解があるようですな。先ほどもお伝えしたが、転移魔法は少なくとも現段階において、人の扱えるような力ではない。全てはそちらの御仁……ドラゴンであるディア殿のお力を借りたに過ぎぬ」


「ドラゴン……ですか?」


 その言葉に、キャサリンは改めてディアの方を見た。なるほど確かに、その姿は少々だらしないとはいえ、絵本などに描かれるドラゴンの姿に見える。


「時にキャサリン殿。失礼だが、貴殿はドラゴンという存在に対し、どの程度の知識を有しておられるだろうか?」


「それは……空を飛ぶとか火を吐くとか、そのくらいでしょうか?」


「何言ってるんですか長官! ドラゴンって言えば幼女になったりメイドになったりするに決まってるじゃないですか! あと――グハッ!?」


「黙れ馬鹿! 申し訳ありません、長官殿」


「すみません! すみません! 本当にすみません!」


 拳を握って会話に割り込んできたジミーをロイが殴って黙らせ、アリシアが猛烈な勢いで頭を下げる。それを何とも言えない目でチラ見してから、キャサリンが話を続ける。


「……失礼しました。他には様々な神話のなかで名や姿を変えて描写されていたり、日本にも『リュウ』として表現されていると記憶しておりますが」


「ふむ、そうか。つまり創作上……あるいはかつて実在したのかも知れぬが……とにかくそういう知識だけで、今ここにいるドラゴンの知識はないと?」


「ええ、ありません」


 清秋の確認に、キャサリンは断言する。少なくとも自分の知る限り、アメリカにドラゴンを自称する超常の生物が接触してきてはいないはずだ。


「では基本的なことから説明しましょう。彼らドラゴンは、どうやら『世界の外』からやってきて、世界を食い尽くして去っていく破壊者だとのことです」


「世界の外に、破壊者ですか……なかなか荒唐無稽な話ですね」


「そうですな。だがその程度のこと、この五〇年で散々思い知らされてきたのでは?」


「……確かに」


 この五〇年は、人類史でも稀な激動の時代だった。新たな概念の追加は、それこそ産業革命ですら霞んで見えるほどの変化である。しかし……


「む? 何じゃ? ワシはそもそもこの世界を壊そうとなどしておらぬぞ? たまたま封印されていた場所がここと繋がっておっただけなのじゃ」


 チラリと視線を向けた先、バームクーヘンで喜ぶドラゴンが「破壊者」と言われても、今ひとつピンとこない。そんなアリシアの疑問が、他ならぬディアの言葉に答えを得る。


「ああ、そういう……では日本は、彼……彼女? とにかくこちらのドラゴンの封印を解いたことで、協力関係を得たと?」


「違うのじゃ。ワシを解き放ったのは、そこにいるケンイチなのじゃ」


 続いたキャサリンの問いに、清秋ではなくディアが答える。キャサリンがその視線を追うと、そこに立っていたのは良くも悪くも子供っぽい印象のある、ティーンエイジャーになるかならないかくらいの男の子。


「あ、はい。どうも。俺です……へへへ」


「…………では、その少年がドラゴンを解放し、従えた。そういう特別なスキルの持ち主だということですか?」


「いやいや、俺なんて全然! 俺のスキルは<剣技:一>なんで」


「……………………私は何かを試されているのですか? 話の繋がりが理解できないのですが」


「そんなつもりはない。そして全て本当のことなのだ。この世界を容易く破壊できるほどの、外からの侵略者。それをあの一見凡庸なスキルしか持たぬ少年が制し、友誼を結んだ。そしてその少年と我が孫が縁を結び……私はただ、それを利用しているだけの小狡い年寄りに過ぎんのだよ」


 ほんのわずかな自嘲を込めて、清秋が笑う。自分のなかで次代が……世代が移り変わっていくという実感を覚えながら、それでも過ぎゆく者からの最後の手向けとして、更に言葉を続けていく。


「そちらが動いたのは、先日のアトランディアの騒動が一番のきっかけでしょう? 実はあれも彼が関与したものでしてな。そのせいで周囲が一気に喧しくなってきたのですが、我々はそれに困っておるのですよ。


 何せ手を出してくる客は、そちらのように紳士的(・・・)な者ばかりではない。だが彼はご覧の通り一般人だ。その周囲を含めて、そういう者達に対応できるようにはなっていない」


「……つまり、彼とその周辺の防衛を手伝って欲しいと? いえ、それとも他国との緩衝材になれということでしょうか?」


 確かにアメリカならば、大抵の国には強く出られる。転移魔法の技術が得られるのならば、それこそ第三次世界大戦を選択にいれてもいいくらいだ。人と資源を湯水の如く投入したとて、世界の裏側に瞬きの時間で移動できるならおつりが来る。


 しかしそんなキャサリンの言葉に、清秋は静かに首を横に振る。


「近いが違いますな。私が思うに、人は未知であればこそ、そこに手を出し秘密を探ろうとするのです。ならば彼の少年とドラゴンが、手を出してはならぬと誰もが理解できる形で力を証明すればいい。


 故に私が願いたいのは、彼らの模擬戦の相手になって欲しいというものだ」


「…………ああ、そういう話だったのですか」


 ここにきてようやく、キャサリンの中で全ての話が繋がった。転移魔法が存在する以上、誰かに命令するのに極めて有効である「人質」が使えない。そうなると本人を捕らえるしかないが、それが強者であれば確かに手を出しづらくはなるだろう。


 それに大統領ではなく、国防長官の自分に交渉を求めてきた理由も納得だ。軍に対して命令を出すなら結局自分を通すことになるのだから、それなら最初から交渉相手に自分を指名した方が早いのは当然である。


(要は箔付けね。我が国の精鋭と戦って勝ったという事実があれば、他国が関与しづらくなるでしょうし。ならばわざと負ける(・・・・・・)不名誉くらいは我慢してもらいましょう)


「わかりました。そういうことなら特殊部隊から精鋭を見繕いましょう」


「ふむ、それも悪くないが……なあ蔓木君、どうせならもっと強い相手と戦ってみたいと思わないかね? それにその方が、ディア殿も活躍できると思うのだが」


「え!?」


「おお、活躍! ワシは活躍したいのじゃ! のうケンイチ、強いやつと戦うのじゃ! ニオブにばかりいい格好はさせぬのじゃあ!」


 急に話を振られて驚く剣一の体を、ディアがゆさゆさと激しく揺する。アトランディアでの一件で「自分だけのけ者にされた」と拗ねていた事実があるだけに、剣一としてはそれを断りづらい。


「わかった、わかったって! 確かに俺とディアなら大抵の相手には勝てると思いますけど、どうするんですか?」


「なに、簡単だ。こういうのはインパクトが重要だからね。ということでキャサリン殿。こちらは模擬戦の相手として、アメリカ軍(・・・・・)を指定したい」


「……? ですから軍の――」


「いや、そうではない」


 キャサリンの言葉を遮り、清秋がいたずらっ子のようにニヤリと笑う。


「戦車、戦艦、戦闘機。ミサイルも機銃も全て実弾を用いた本気のアメリカ軍とドラゴンを駆る少年の勝負だ。実に派手な催しになると思わないかね?」


「……………………は?」


 予想を遙かに超えた提案に、キャサリンは数十年ぶりに、少女のような間の抜けた声をあげてしまった。

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