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俺のスキルは<剣技:->(いち)!  作者: 日之浦 拓


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結果の決まっている交渉

「アリシア様? 電話、鳴っておられますよ?」


「え、ええ」


(なんでこの電話が鳴るの……!?)


 予想外の事態に、アリシアは激しく戸惑う。何故ならこのスマホは日本に来てから用意したものであり、この番号を知る人間は二人しかいないからだ。


 そしてその二人は、余程の事がない限り電話をかけてきたりしない。慌ててズボンのポケットからスマホを取り出すと、画面には「Roy」と表示されていた。


「ご、ごめんね! ちょっと向こうに行ってくるわ!」


「わかりました。じゃあ俺達はそこの広場の辺りで待ってますね」


「わかったわ。じゃ、また後でね」


 アリシアはそう断りを入れると、慌てて人気の無い場所に移動していく。そうして以前剣一がディアやニオブを運び込んだ場所に辿り着くと、真剣な表情でそっと「Call」のボタンを押した。


「Hello……?」


「すまないが日本語で頼むよ、アリシア・ミラー軍曹」


「っ…………ええ、オーケーよ。それで貴方は誰?」


 電話口から聞こえてきたのは、聞き覚えのない男性の声。即座に脳内で該当しそうな人物をリストアップしていくが、その答えが出るより前に、電話の向こうの男性は自ら名を名乗った。


「私は白鷺 清秋という者だ。知っているかね?」


「シラサギ……?」


「あー、わからんか。ならばこう言い換えよう。私は黒巣 弦斎の盟友にして、彼の意思を継ぐ者だ」


「クロスゲンサイ……っ!?」


 白鷺の名はわからなかったが、黒巣の名は知っている。それはアリシアがこの任務に着く際に教えられた、日本のフィクサーの名だ。


 逆に言えば、それまでアリシアはその名を知らなかった。つまり一般人が騙るような名ではないわけで……アリシアの脳内で、現状の危機レベルが二段階引き上げられる。


「それで、ミスター・シラサギが私に何の用? 貴方が使っているそのスマートフォンは、私の友人のものだったはずなのだけれど?」


「ははは、心配しなくてもいい。君のお仲間は二人共無事だ。だが不法侵入という罪を犯している以上、そのまま解放するわけにもいかなくてね」


「…………要求は?」


 内心で歯噛みをしながら、アリシアは努めて冷静に問う。 ロイとジミーが無事なのは朗報だが、それは生かしておく意味がある、これから利用するという宣言だ。要求の内容によっては、アリシアは自分の意思で助かる可能性のある二人を見捨てなければならない。


 その悪辣さに、反吐が出る。まだまだ若く未熟なアリシアはその思いを隠しきることができず……ならばこそ清秋は、少しだけ嬉しそうに言葉を続ける。


「なに、簡単だ。君がこちらに来て、二人を連れ帰ればいい。特に引き留める気はない」


「……? どういうこと?」


「言葉のままだ。私の目的は、君達が一時ここに集まってくれれば事足りる。いや、正確には最低限誰か一人がいればいいから、別に君がここに来なくてもいいんだが……君だけ仲間はずれは可哀想だと思ってね」


「……………………」


「移動手段に関しても問題ない。今君と一緒に、聖が……光岡 聖と名乗る少女がいるはずだ。その子は私の孫でね。聖に言えば、この場所に案内する手筈になっている」


「孫!? ヒジリが?」


「そうだ。あれは実によくできた子でね。私に似て……と言うのは少々思い上がりが過ぎるか。年寄りの戯言だ、聞き流してくれ」


「……どうしてそれを言ったの? それを言ったら、私がヒジリを人質にするとは考えなかったのかしら?」


 案内役として聖を名指しするのに、孫であることを伝える意味はない。ならば馬鹿にされたのかと声を低くするアリシアに、しかし電話の向こうで清秋は笑い声をあげる。


「ハハハ、まさか! 軍人としての君は、聖に手を出さない。我々が何らかの目的のためにそちらの政府要人を拉致したというならともかく、『特務を受けた軍人』が、『日本国内で違法な活動をして捕縛された』のに、それを奪還するために『民間人に手を出す』など、絶対に許可が下りない。違うかね?」


「それは……」


 清秋の指摘に、アリシアが言葉を詰まらせる。実際ロイ達を助けるためにそんなことをしたら、上層部は一瞬でアリシア達全員を見限り、「軍人を騙るならず者」という扱いにするだろう。


「それに個人としての君もまた、聖には手を出さない。君は善良な人間だ。今君が怒りを感じているのは、決して軍人として冷たい判断を下せないと見られたからだけではなく、必要ないのに子供を危険に巻き込もうとしたと判断したからだ」


「むっ……」


「そして最後に、たとえ君達の上司が愚かな判断を下し、君がそういう手段に出たとしても……今の聖を捕らえることは絶対にできない。何せ孫の側には、実に優秀なボディガードがいるからね」


「それってヒデオ君のこと? それとも……ああ、そういうことね」


 英雄、エル、聖の三人組が変身した後は、アリシアの目から見ても脅威になり得る強さだった。あの三人と正面から戦って勝つのは、確かに難しいだろう。だが軍人として戦うなら、アリシアには彼らを出し抜く手段が幾つも思い浮かぶ。


 だがそれより何より、エルの存在は巨大だ。他国の王族を害したとなれば、日本国内で暴れるのとは比較にならない大問題になる。なるほどエルが聖と一緒にいるならば、自分が手を出すことなどできないとアリシアは納得した。


 だがそんなアリシアの態度に、清秋はわずかに意外そうな声をあげる。


「おや、気づいていないのか? それとも気づかないふりをしているのか……まあいい。では君がこちらに来てくれるということでいいのかな?」


「……いいわ。その招待、受けてあげる」


 清秋の確認に、アリシアはわずかに考えて頷く。普通に考えれば、一〇〇パーセント罠。行けば自分も捕らえられ、人質が三人に増えるだけだろう。


 だが罠であっても、自分が動くということは事態が動くということでもある。覚悟したうえで連れて行かれるなら自分の力で状況を変えられるかも知れないし、何ならロイ達を助けて脱出することだってできる可能性はある。


 それに、特に偉いわけでもない、単なる新人であるアリシアの軍人としての価値は低い。実際にどう評価されているかはともかく、アリシア自身はそう考えていた。故にわずかな損失を覚悟することで大きく勝てる見込みがあるなら挑むべきだとアリシアは判断する。


 選ぶなら常に前のめり。アリシア・ミラー軍曹……彼女は聖とは反対に、マイナスを減らすよりもプラスを得ることを重視するタイプの人間であった。


「では、お待ちしているよ」


 清秋のその言葉で通話が終了すると、アリシアは即座にメールアプリを起動し、事と次第を簡潔に纏めたメールを符丁を用いて作成すると、緊急連絡用のアドレスに送信した。


 勿論秘匿も何もない一般回線からの送信なので、ここから本部に情報が届くには多少の時間が必要になるだろうが、それでもこれまでの情報と、これからの行動を伝えることはできる。これで自分に何かがあっても、あとは別の誰かが捜査を引き継いでくれることだろう。


 それから一度大きく深呼吸をすると、アリシアは思考を切り替え、何事も無かったかのようにダンジョン前広場の方に戻った。するとそこでは剣一達が、何も知らずに笑いながら昼食を取っている姿がある。


「ふーっ……お待たせ、みんな」


「お帰りなさい、アリシアさん。結構時間かかってたみたいですけど、何かあったんですか?」


「いえ、大したことじゃないわ。ただ……」


 剣一の言葉に笑顔でそう返すと、アリシアが視線を聖の方に向ける。笑顔はそのままだったが、瞳の奥に宿る光は変わっている。


「ねえ、ヒジリさん? 貴方のお祖父さんから招待を受けたんだけど、どうしたらいいかしら?」


「あら、そうですか。でしたらアリシアさんのお望みの時に車を手配致しますけれど……どうされますか?」


「ならすぐお願い。ごめんね皆、私は――」


「あれ? アリシアさんも呼ばれたんですか?」


「え?」


 今日はここでお別れ。そう伝えようとしたアリシアだったが、剣一の言葉に虚を突かれる。


「いや、俺達も清秋さんに呼ばれたんですよ。何か用があるから、みんなで俺の家に来てくれって」


「……ケンイチ君の家?」


「はい。アリシアさんもそうなんですよね?」


「えっと……?」


「ええ、そうですわ。既にアリシアさんのご友人の方もいらしていて、先に準備を手伝ってくださっているようです」


「そうなのか!? てか、アリシアさんも清秋さんと知り合いだったのか……世間って広いようで狭いんだなぁ」


「……そう、ね。本当に意外だわ」


 感慨深げに言う剣一に、アリシアは何とも微妙な表情でそう答えた。

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