アリシアの剣技
「遅いわよケンイチ! アタシのことを待たせるなんて、いい度胸じゃない!」
「お、おぅ? 悪いなエル……え、そんなに待ったのか?」
「大丈夫ですよ剣一さん。エルちゃんは剣一さんに早く会いたくて、ずっとソワソワしてただけですから」
「ちょっ、ヒデオ!? アンタいきなり何言うのよ!? 違うからね! そんなんじゃ全然ないんだから! もーっ!」
「うぉ、痛い!? 痛いって!」
「「あはははは」」
顔を赤くしたエルにポコポコと叩かれる剣一に、一同がいつもの光景だと笑う。だがそんな中アリシアだけは、内心で冷や汗をかいていた。
(あの子、エルピーゾ王女よね? 何でこんなところに……!?)
上から提示された「重要人物リスト」には、当然エルの顔と名前もあった。可能であれば接触し、情報を得よという指示も出ていたが、まさかこんな形で出会うのは想定外にも程がある。
「っと、待て待て。先に紹介しとくから。アリシアさん、こいつらが……って、あれ? そう言えば聖さんは?」
「ああ、ヒジリなら用事があるから、ちょっと遅れてくるって言ってたわよ」
「そうなんだ。じゃあ改めて、この二人も俺の友達で……」
「初めまして。僕は久世 英雄です」
「アタシはエルよ! へー、アンタが最近ずーっとケンイチと一緒にいるっていう人なのね? ふーん、へー、そうなんだ。ふーん……?」
「え、えっと、私はアリシア・ミラーよ。宜しくねヒデオ君に、エル……ちゃん?」
何故かエルに獲物を見るような目を向けられ、アリシアが微妙にたじろぎながら名乗る。だがその間にも思考が回転し、アリシアは状況を読み解いていく。
(エル……ただのニックネームとも、正体を隠してる偽名とも取れる名前ね。これだとこっちから追求するのは悪手かしら? ケンイチ君が友達だって言うならこれからも接触の機会があるだろうし、それなら無理せず、まずは交流を深めるところからね)
「んじゃ、この場にいない聖さんを除けば、これで一通り自己紹介も終わりか。ならこれからどうするかだけど……」
「ねえケンイチ君。私達って、ここに強い魔物と戦いに来たのよね?」
「ええ、そうですけど……?」
「だったら私に最初にやらせてくれない? ほら、年上として、皆にいいところを見せておきたいし」
場を仕切る剣一に、アリシアがそう自己アピールをする。年下の子供達を相手にマウントを取る……などと言えば感じが悪いが、頼りになる先輩という立ち位置は是非とも抑えたい。そしてそれを自然な形で見せつけるのに、これは絶好の機会だと思えたからだ。
「俺はいいですけど……皆はどうだ?」
「僕は別に構わないですよ。そもそも僕達が戦うなら、聖さんが来てからの方がいいでしょうし」
「そうね。その方がしっかり見せつけられるだろうし……うん、アタシもいいわよ」
「僕も構わないよ。メグは?」
「私もいいよー」
「そっか。じゃあ最初はアリシアさんにお手本を見せてもらうってことで。いいですか?」
「任せて! 私の華麗な剣裁きを披露してあげるわ」
「ははは、お願いします。それじゃ魔物は俺が引っ張ってきますね」
「ええ、お願いね」
特に気負っている様子もなかったので、アリシアは一人でダンジョンの奥に消えていく剣一を見送る。その後は互いの年齢などを念のために確認したりしていると、すぐに剣一が明らかに凶悪な魔物を引き連れて走ってきた。
「おーい、連れてきたぞー!」
「っ!? ケンイチ君、こっちに走って!」
「? はい、行きます」
焦った声をあげるアリシアに、剣一がそのまま向かう。そうして横をすれ違うと、アリシアは剣を構えて真剣な表情でミノタウロスに対峙した。
(まさかこんな強そうな魔物が出るなんて……私が皆を守らなきゃ!)
「いくわよ! ソニックスラッシュ!」
まずは小手調べとばかりに、牽制の横薙ぎ。それはミノタウロスの胸に薄い切り傷を作ったが、その程度ではこの怪物は止まらない。
「ブモォォォ!」
丸太のように太い腕を振り上げ、巨大な斧を振り下ろす。だがそこに自分の剣を合わせると、アリシアは巧みに腕を動かして豪撃の力を反らしてしまう。
「フフン、わかりやすいくらい力押しね! でもそんなの、アメリカで散々見慣れてるのよ! トリックスラッシュ!」
「ブモォォォ!?」
自分の横、何もない地面をドゴンと斧が打ち据えた隙を見て、アリシアが巻き込むように手首を捻りながらミノタウロスの顔に向かって突きを放つ。当然ミノタウロスはそれをかわそうと首を動かしたが、空を斬るはずだったアリシアの剣先が幻のように消え、代わりによけたはずの眼前にそれが出現する。
「ブモォォォォォォォ!?!?!?」
片目を失い、ミノタウロスが狂乱する。そのままブンブン斧を振り回し始めるが、アリシアはその全てをかわし、いなし、無力化していく。
「ほらほら、どうしたの? そんな見かけ倒しの筋肉じゃ、引退したパパにだって勝てないわよ?」
「ブモォォォォォォォ!!!」
自分より圧倒的に小さく弱い相手に、しかし自分の攻撃が全く当たらない。疲れこそしないものの、アリシアの挑発するような言動にミノタウロスの攻撃が徐々に大振りになっていき……
「ブモォ!?」
「Open the weak spot(急所ががら空きよ)! Mirror's Blade! Critical Slash!」
自分の体重より重そうな斧をバチンと外側に弾くと、すっかり気分の高まっていたアリシアが無意識に英語を口走りながら、とどめとばかりにミノタウロスの首に斬撃を放った。刃が食い込み血が流れるが、アリシアの膂力ではその太い首を飛ばせない。
「Cut……End!」
「ブモ――ォォォ」
しかし、それはあくまで剣が一本ならの話。鏡写しのように左右反転した剣が突如として空中に出現すると、まるでハサミのようにバチンと閉じ、直後ミノタウロスの首が無残に宙空を舞った。
「You've become so stylish(貴方、とってもお洒落になったわよ)……フフ」
決め台詞と共に、アリシアがパチンと腰の剣を鞘に収める。するとそれを見ていた剣一達から、一斉に歓声があがった。
「うぉぉぉぉ! カッケー!」
「凄いです! あのミノタウロスをこんなに簡単に倒しちゃうなんて!」
「ふ、フン! ちょっとはやるじゃない! アタシだって……レヴィに相談したら、必殺技とか使えるようになるかしら?」
「スキルレベルが一つ違うだけで、こんなに違うんだ……僕も頑張らないと」
「一緒に頑張ろうね、祐くん」
「Well, yeah……じゃない、まあこのくらいはね! ……って、違う! ちょっとケンイチ君、貴方大丈夫なの!?」
「へ? 俺ですか?」
「そうよ! あんな強い魔物に追いかけられていたなんて……怪我とかしてない?」
「いや、全然……というか、そもそもこの階層にはあいつしかいないですし」
「ええっ!? じゃ、じゃあ最初からあの魔物を連れてくるつもりだったの!?」
アリシアは危なげなく倒したが、それはアリシアがダンジョンでの実戦以外に、軍人としても戦闘訓練を積んでいることや、一七歳になってすぐの頃にスキルレベル四に至り、そこから二年近くかけて更なる鍛錬をしてきたからという理由がある。
つまり、ミノタウロスが弱かったわけではなく、アリシア自身が強かった。そしてそんな魔物を……ロイならともかく、ジミーだったら普通に負けそうな魔物を、目の前の子供達が倒せるとは思えない。
だからこそイレギュラーを心配したというのに、まさか「最初からそのつもりだった」と言われてしまうと、アリシアの中に浮かぶのは呆れとも戸惑いともつかぬ感情だ。
「さて、それじゃ次にいくか! 次は誰にする?」
「聖さんがまだ来ないんで、祐二さん、どうですか?」
「そうだね。正直僕達が一番弱いだろうし、先に頑張ってみようかな。メグもいい?」
「ちょ、ちょっと! 貴方達、本当に!?」
だというのに、まるでカラオケで次に歌う人を決めるくらいの気軽さに話し合う剣一達に、アリシアは慌てて止めに入る。冒険者は常に死が隣にある仕事だとわかってはいても、流石に明らかに無茶をしそうな子供を見捨てるのは論外だ。
「大丈夫ですよアリシアさん。英雄達はもう何度もあいつを倒してますし、祐二達は……まあちょっと危ないかもですけど、いざって時は俺が助けに入りますから」
「そうだね。今見た感じだと僕とメグじゃ勝てないだろうから、その時は頼むよ」
「剣ちゃんに守ってもらうなんて、久しぶりだねー」
「おう、任せとけ!」
「ユージ達が終わったら、次はアタシ達よ! アタシだって格好いいところ見せるんだから!」
「うん! 二人がいない間に僕がどれだけ強くなったか、剣一さんに見てもらわないと」
「えぇ……?」
やる気を見せる子供達に、アリシアはどうしたものかと悩む。だが実際に戦いが始まる前に、それを止める最後の来訪者が出現する。
「お待たせ致しましたわ、皆様」
転移罠をくぐってやってきた聖が、そう言いながらその場に集まる全員に向かって優雅に一礼をしてみせた。





