招かれた客
「アリシアさん、どうかしたんですか?」
七月七日。町が七夕で軽く彩られるなか、いつも通りにダンジョンの中にいた剣一が、隣で剣を振るアリシアに声をかける。
「え? 何が?」
「いやだって、アリシアさん、今日は何だか顔色悪いですよ?」
「そう? うーん、特にどうってわけじゃないんだけど、強いて言うなら少し寝不足なのかな?」
その理由は半分本当だが、半分は違う。今アリシアが気にしているのは、昨夜決まった今日の作戦行動が原因であった。
「諜報部から追加の情報がきた。おそらく次元震の発生元であった部屋から引っ越していた人物、その行方が判明した」
最近になって、ロイ達はようやく件のアパート内部を調査することに成功した。というか、普通に入居者募集の公告が出たので、即座に借りたのだ。
そうして思う存分調査をした結果、何と自分達が借りた部屋こそが『次元震』の発生箇所である可能性が極めて高いと判明。徹底的に調査を行ったが、残念ながら次元震の発生原因や、それを起こすために使われた魔導具等の痕跡は一切見つからず、一旦そこで調査が行き詰まってしまった。
しかし今日、諜報部はその部屋の「以前の住人」が引っ越した先を特定することに成功したという。それが一体如何なる存在なのか注目する二人に、ロイが静かに言葉を続けていく。
「借主の名はヤマダ イチロウ……だがこれは間違いなく偽名だろうから、どうでもいい。引っ越し先はこの町のやや外れにある、周辺に空き家の多い一軒家だそうだ」
「ワーオ、そりゃ随分と都合がいいね。でもそれなら、最初からそこに住めば……いや、それとも『次元震』を起こすのには、アパートのあの部屋じゃないと駄目な理由でもあったのかな?」
「それはわからん。だが場所がわかったというのなら突入あるのみだ。明日の昼間に潜入を敢行する」
「昼間? 夜じゃないの?」
疑問を口にするアリシアに、ロイがゆっくり首を横に振る。
「ああ、昼だ。夜は確実に家の住人がいるだろうからな。周囲に人気がないなら、むしろ仕事で家を空けている時間帯の方が潜入には向いている」
「だねー。実際強盗なら夜だけど、空き巣は昼の方が多いんだよ。僕達が欲しいのはあくまでも情報だし……それに騒ぎにしたくないのは、おそらく相手の方だろうからね。そういう意味でも昼間の方が都合がいいんだ」
「そう、わかったわ。なら私も今回はそっちに――」
「いや、アリシアは今の任務を継続だ」
ロイの説明に、ジミーがニヤリと笑って補足した。なのでアリシアもそこに加わろうとしたが、その言葉を最後まで待たず、ロイがバッサリと斬り捨てる。
「なんで? 潜入ならスリーマンセルが基本でしょ?」
「いや、今回は戦闘を想定していないから、人数を増やすのはリスクが増えるだけだ。それにアリシアに任せた任務の重要度も高い。無理に今の編成を崩す必要はないと判断した」
「でも……」
「変に誤魔化さないではっきり言えばいいじゃない。アリシア、ロイは君を非合法の活動に巻き込みたくないのさ」
食い下がるアリシアに、ジミーがそう言って笑う。それを受けてアリシアがキッとロイを睨んだが、ロイが表情を変えることはない。
「私が任務のために手を汚せない程度の覚悟で軍人をやってると思ってるの?」
「必要もないのに綺麗な手を泥まみれにする趣味はない。あと一般的には、違法行為に類する命令は普通に拒否できる。アメリカ地軍はならず者の集団じゃないんだからな」
「それはそうだけど……」
「わかってくれアリス。お前を犯罪者になんてしたら、教官にゲンコツを落とされてしまう」
「兄弟……」
アリシアの父、ハーマン・ミラーもまた軍人であり、彼はロイを指導した上官であった。スキル黎明期の時代の人間だったため現代の若者には能力で大きく劣り、現在は予備役として普通に別の仕事をしているが、その関係もあって、アリシアとロイは子供の頃から知り合いでもあった。
「…………はぁ、わかったわよ。でも身内びいきで判断を曇らせるような真似はナシよ?」
「当然だ。俺だって妻と娘のために無事に帰りたいからな」
「ねぇねぇ、そこに僕も入ってる? 僕も部隊員なんだけど? ねぇ?」
「お前は別にいいだろ、ジミー」
「そうね。ジミーは放っておいても勝手に生きてるわよね」
「二人共酷い!?」
「「アッハッハッハッハ」」
(……今頃二人は、もう目的地に辿り着いたのかしら? 何事もなければいいけど)
雑念を振り払うべく、アリシアは準備運動代わりの素振りに打ち込む。だがどうしてもその想いが消えず……と、そこで誰かがこちらに近づいてくる気配を感じた。
「おーい、剣ちゃーん!」
「剣ちゃーん!」
「お、来たか祐二、メグ!」
やってきたのは、祐二と愛。二人を笑顔で迎える剣一に、アリシアが徐に声をかける。
「ケンイチ君、その子達が?」
「ええ。紹介します、俺の友達の祐二とメグです」
「は、初めまして。僕は皆友 祐二です」
「天満 愛です。うわー、剣ちゃん、また随分と美人さんのお友達ができたんだねー」
「ふふ、ありがとうメグミちゃん。私はアリシア・ミラーよ。この通り日本語はペラペラだから、普通に話してくれていいわ」
「よかった……僕英文は読めるけど、英会話は全然なんだよね」
「私は少しだけ話せるけど、でもネイティブの人と会話できるほどじゃないなー」
「あら、そうなの? 言葉なんて意思が通じればいいんだから、細かいことは気にしないでガンガン話しちゃえばいいのよ。そうすれば相手だって合わせてくれるわ」
「そんなものですかね?」
「そうよ。だって貴方達、もし私が『コニチハ! アリシアデス!』みたいな感じだったとしても、ちゃんと話してくれたでしょ?」
「確かにそうかも!」
わざと怪しげな日本語を口にしたアリシアに、愛が笑いながら胸の前でポンと手を合わせる。そうしてすぐに全員が打ち解けると、剣一が改めて本日の予定を切り出した。
「よし、それじゃ自己紹介もすんだし、早速行くか!」
「例の隠し部屋の先だよね? 僕初めてだから、結構緊張するんだけど」
「大丈夫だよ、祐くんのことは私がちゃーんと守ってあげるから」
「それ普通逆じゃない? そりゃ僕だってメグを守れるように頑張るけど……剣ちゃん、そこって僕が頑張ったらどうにかなるレベルなの?」
「うーん、祐二だと厳しいかなぁ。まあでも、俺とアリシアさんがいるから余裕だよ」
不安を口にする祐二に、剣一が気楽に告げる。実際祐二が一人で例の場所……ディアのいた地下層に転移したらほぼ間違いなく死ぬが、剣一がいれば散歩と変わらない。
だがそんなことは知らないアリシアは、剣一に問いかける。
「ねえケンイチ君、これからいくところって、強い魔物が出るの?」
「ええ、まあ。いっつもスライムだけが相手じゃ飽きちゃいますからね」
「それはそうだけど……強い魔物が出るって事は、深い階層ってことでしょ? ケンイチ君は第三階層以降には降りられないんじゃなかったっけ?」
「うぐっ!? そこはまあ、ちょっとした裏技というか、抜け道というか……あはははは」
「ふーん? ま、男の子はちょっとくらい悪いことしちゃうものよね」
余裕の笑みを浮かべて、アリシアがケンイチの鼻をちょんと指でつつく。頭では剣一がもうすぐ一五歳になる立派な男子だとわかっているのだが、背の低さに加え、どこか抜けているような……大人になることで失われていく純粋さを残している剣一の雰囲気に、どうしても年下の可愛い男の子、という感覚が抜けないのだ。
「いいわ、今回は見逃してあげる。男の子の秘密基地に招待されて警察を呼ぶなんて無粋だもの。
どんなところに連れていってくれるのか、楽しみにしておくわ」
「ど、どうも…………へへへ」
「いいなぁ…………」
「祐くん?」
「ふぁっ!? ち、ちが!? 何でも! 何でもないよ!」
年上のお姉さんに可愛がられる剣一を一瞬羨ましく思ってしまった祐二だが、隣に並ぶ愛に名を呼ばれ、背筋をピンと伸ばして柴犬よりも激しく首をプルプル震う。
そうして雑談を交わしつつも、その後は特に何もなく一行は隠された転移罠に乗り、全員揃って地下階層へと辿り着いた。
「着いた? まさかあんなところに転送罠があるなんて…………っ!?」
「おっそーい!」
到着と同時に自分達に声をかけてくる人物。その姿にアリシアは思わず息を飲んだ。





