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「見慣れない顔だね。冒険者かい?」
村の中を調べて歩き回っていた僕たちは、恰幅の良いおばちゃんにそう声をかけられた。
「はい。ちょっとこの村で起きていることが知りたくて……」
「ふうむ。こんな場所まで冒険者とは珍しい――ちょっと待っていておくれ。今、村長を呼んで来るからね」
人懐っこい顔でおばちゃんは、どたばたと村の端にある茅葺き屋根の家に入っていった。それが村長の家なのだろう。
***
「こんな辺境の地まで、ようこそいらっしゃいました、旅の人。こんな状況でもなければ、盛大にもてなしたいところではあるのですが……」
僕たちを迎えたのは、白いひげを生やしたおじいさんだった。
「この村で何が起きているのですか?」
「繰り返しモンスターの襲撃を受けているのです。これまでもギリギリ持ちこたえていましたが、もう限界なのです」
おじいさんは、すっかり疲れきった表情でそう言った。
「そんな……! 近くの冒険者ギルドにモンスターの駆逐を頼めばどうですか?」
「そのような金は、この村にはありゃせんよ」
村町は苦々しい口調で呟くと、諦めきった口調でこう続けた。
「それに天使を崇める我々を助けようとする物好きなど、居るわけもないじゃろうからな」
「そんなことあるわけが……!」
「事実じゃよ。教会の連中は、ゴミでも見るような目で、我々の助けを求める声を無視することに決めたんじゃ。奴らにとって我々の命なぞ、その程度なんじゃよ」
村長は、すっかり心を閉ざしていた。
入り口の天使像だけでなく、村の中には小型の天使像が至る場所に飾られていた。さらにその像の前には「どうか村を、お助けください」と跪く村人たちも居る。
異様な光景だと思う人も居るだろう。それでもこの村の住人にとって、天使はたしかに心の拠り所となっているのだ。
「モンスターの襲撃についてですが……、僕たちもお手伝いしましょうか?」
「願っていない提案じゃが、我々では何も報酬は用意できませんよ?」
「報酬なんて別にいりませんよ。調べたいことがあるんです。そのついでですよ」
村を襲っているモンスターと、シャルロッテの予言は関係あるのだろうか?
シャルロッテの予言では、村が滅ぶ原因は”堕天使の復活”だと言っていた。それならモンスターは、特に関係ないのだろうか?
なんにせよ放っておくことなど出来ない。
「村長、さっそくですがここを襲うモンスターについて詳しい情報を――」
僕が村長から、さらに詳しい情報を聞こうとした瞬間だった。
「敵襲~‼」
突如として、村の中にそんな声が響き渡った。
モンスターの襲撃を知らせる声が、魔法陣により拡散されて村中に響き渡る。知らせを受けて、武装した村人たちが慌ただしく動き出した。
「緊急事態ですね、僕たちも迎撃隊に加わります!」
「早速、出番って訳ね」
「怪我人の治療は、私に任せて下さい!」
ティアが好戦的な笑みを浮かべ、シャルロッテも気合十分といった表情でそう言った。
「ま、まさか――聖女様でいらっしゃいますか⁉」
その時、そんな声が響き渡った。声の主は、村長だ。
なんでバレたの⁉
リナリーの頑張りもあって、変装は完璧なはずだったのに!
「せ、聖女とは何のことでしょう?」
そっと目を逸らしたシャルロッテだったが、
「お許し下さい! どうか御慈悲を!」
村長は真っ青になり、なんとシャルロッテに土下座したのだ。その顔に浮かぶのは紛れもない恐怖の色。シャルロッテは、ただただ困惑していた。
「お、落ち着いて下さい! シャルはこの村を守ろうと――」
「そうです。私は、あなたたちに危害を加えるつもりなんて……!」
「ひいぃ!」
落ち着かせようと口を開いても、村長は怯えるばかり。
まるで聞く耳を持とうとしない。
「聖女⁉ なら……、予言にあった終わりは今日なのか?」
「天使様……、我々をお救いください」
ひそひそ、と声が響く。
「ッ⁉」
気がつけば僕たちは、遠巻きに見られていた。
何でここまで恐れられているのかは分からない。だけどもシャルロッテに敵意がないということを説明するのも難しそうだった。何より村に横たわる異様な空気――村人たちの間に広がる興奮状態は、このまま持続すれば更に厄介な事態を引き起こす気がした。
「行こう、シャル。この村の様子、ちょっと普通じゃない」
「はい! こういうことは、行動で示すしかありませんからね」
心配する僕を余所に、なに食わぬ顔でシャルロッテはそう答えた。
モンスターの迎撃に加わる者は、村の天使像の辺りに集合しているようだ。引っかかるものを感じながらも、僕たちは集合場所に向かうのだった。
『Event Village of sinners(聖女を恐れる罪人の村――)』
『Progress, 30%(──イベントは──順調に───進行中──)』
考え込みながら歩く僕の耳に、また声が聞こえてきた。
村の入り口で聞こえてきた例の声だ。この声は、いったい何なのか?
「また、あの声っ!」
「順調に進行中って。お兄ちゃん?」
「分からない。分からないけど――僕たちはやれることをやるしかない」
今、この村は、モンスターの集団に襲われようとしているのだ。
シャルロッテが予言した村の破滅。村を襲うモンスター。謎の声と、おかしな村人の様子――問題は山積みだったが、とにかく一つずつ片付けて行くしか無いのだ。






