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86.

「いったい、どんな手品を使ったというんだ⁉」


 バースは戦慄したように、こんなことを呟いた。


「自分に支援魔法をかけて、普通に距離を詰めただけですよ」

「そんな筈があるか! 一瞬、姿がぶれたぞ⁉ そう、あれは例えるなら瞬間移動!」


 そ、そんなことを言われても……。


「またアレスが息をするみたいに、変な新技を披露してる……」

「お兄ちゃん、やり過ぎだよ」


 一方、ティアたちは、もう慣れたとばかりに呆れたような視線を向けてきた。そんな変な戦術を取ったつもりは無いんだけどな……。



「バースさん、これで納得して頂けませんか?」

「くっ、負けた以上は仕方ない――いいや、やっぱり駄目だ! たしかにあなたの剣術の腕は超一流だが、それでも姫を危険な目に遭わせることは断じて許可は出来ん!」

「どうしてですか! この分からず屋!」


 シャルロッテが思わずといった様子で言い返す。


「剣の腕っぷしが立つことと、護衛の能力は違う! 良いか、護衛に求められる能力は――」


 バースが何かを告げようとしたところで――




「敵襲ですっ!」


 突如、リナリーの悲鳴が響き渡った。


「なっ⁉ いったい何が⁉」


 ほぼ同時にシャルロッテを守るように立っていた騎士団員たちが昏倒した。その中心には、襲撃者の姿――騎士団員に紛れていたようだ。


「シャルロッテ・ミスティリカ! その命、貰い受ける!」


 襲撃者は、音もなくシャルロッテに忍び寄った。あまりにも咄嗟のことで誰も反応すらできない。突如としておとずれた命の危機に、シャルロッテも凍りついたように動きを止める。


「姫!」


 バースが絶望的な表情で、シャルロッテを呼んだ。到底、助けが間に合うタイミングではない。まさしく絶体絶命――誰もがそう思っていたとき、


「させない! 『アイシクル・ガード!』」


 間一髪のところで、ティアが割り込み氷の盾を展開。




ギーンッ!


襲撃者の凶刃を防ぐ。


「くそっ。完全に隙を付いたはずなのに、どうなってやがるんだ⁉」

「いきなり随分な挨拶じゃない! 氷華・乱舞!」


 目を見開く襲撃者に、ティアは間髪入れずに襲いかかった。ティアの生み出した氷の華は襲撃者を食らいつくし、一瞬で相手を戦闘不能に追いやった。


「え……、あ──」

「シャル、無事ですか?」

「あ、ありがとうございます。ま、まさかこんなところで仕掛けてくるなんて……」


 突然のことに、シャルロッテはいまだに呆然としていた。そんなシャルロッテを気遣いながらも、僕は襲撃者を縄で縛り上げておく。念には念を入れて、特殊効果付与で麻痺も付与しておいた。

これで万が一目覚めても、僕たちに危害を加えることは不可能だろう。


「まさか騎士団員の中に刺客が居るなんて。油断も隙もないね」


 もしシャルロッテを騎士団に預けてしまったら、道中で暗殺されていた可能性すらある――想像しただけでゾっとする事態だった。


「この短刀、毒が塗られてるわね。掠るだけでも命は無かったわよ」


「暗器使いかな。恐らくは表舞台に立つことはない暗殺者……」


 僕とティアは、昏倒させた襲撃者を注意深く調べていく。



「お兄様の操る”影”ですね」


 青ざめながらも、どこか淡々とシャルロッテは呟いた。


「まさか……! 家族に向かって暗殺者を放ったとでも言うの⁉」

「おかしなことはありません。お兄様は王位に執着してますから」


 悲しそうに呟くシャルロッテは、現状を受け入れているようだった。


「ごめんなさい」


 シャルロッテは唇を噛んで、騎士団員たちに謝罪の言葉を告げる。謝りながら丁寧に治癒魔法を施していく。高位の治癒魔法と光魔法を操り、未来を見通す能力を持つ聖女――その肩書きは、望む望まざるにかかわらず、彼女を舞台の中心に押し上げていくのだ。


「シャル、大丈夫?」


「この人たちは、私が巻き込んだようなものです。こんなスキルを持ってなければ――」


「それは違うよ。それにこの人たちは、騎士団員であることを――王国の剣であることに、誇りを持ってると思うんだ。だから……、それは違うと思う」



 僕は騎士ではない。騎士のことは、騎士にしか分からない。だけどバースからは、シャルロッテへの絶対の忠誠心、それと覚悟を感じたのだ。



「何度も言うとおり、手にしたスキルとどう向き合っていくかを決めるのは、周りじゃない。スキルでもない――シャル自身だよ。遠慮なんて要らないよ――自分の行動を決めるのは、いつだって自分なんだからさ」


「その結果、また同じことが起きてもですか?」


「バースさんも他の騎士団の方も、きっとそんなことは覚悟の上だよ」


 シャルロッテは、自分の行動に周囲の人間を巻き込むことを恐れているのだろう。

僕は、それなら心配ないと思う。それを自らの道を選ばないことの理由にする方が、よほど失礼というものだ。



「バース、あなたは私に王国の操り人形になることを望んでいるのではないのですか?」

「なんということをおっしゃるのですか。私は――姫の幸せを願っております。もし何かを成し遂げる覚悟を決められたなら、私どもは全力でそれを支えるまでです」


 おずおずと問いかけたシャルロッテに、バースは力強くそう答える。


「……少し、考えさせて下さい」

「深く考えることもないと思う。王国でやりたいことがあるなら迷わず突き進めば良いし、すべてを忘れて自由になることを望むなら――それも良いと思うんだ」


 小さなシャルロッテの背には、色々な重圧が乗っかっているのだろう。スキル、聖女、それに王位継承権――僕には想像することすら出来ない生まれもっての宿命だった。

 手にしたものとどう付き合っていくかを決めるのは、結局のところシャルロッテだ。それでもシャルロッテが余計なしがらみは忘れて納得できる道を選べれば良い――僕はそう思うのだった。



「またアレスさんはそんなことを……。その時、シャルとして迎え入れてくれますか?」

「はは。聖女様がパーティに正式に加わるなら……、心強いよ」



冗談半分、本音半分。

僕の答えを聞いて、シャルロッテはくすくすと楽しそうに微笑むのだった。

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