84.
「誰を呼んだんですか?」
「すごく、すご~く気は進まないんですが……」
シャルロッテは、苦虫でも飲み込んだような顔で、
「王国騎士団を――私の護衛を呼び戻しました」
「シャル、まさか護衛の人たちを振り切って来ちゃったの⁉」
「……てへっ」
僕が思わず責めるような目で見ると、シャルロッテは舌をペロッと出して笑った。
その仕草はとても可愛らしいけど、護衛からすればたまったものではない。護衛対象の王女を見失ってしまった訳で、何かあれば首が飛ぶぐらいでは済まされない。今も胃が痛い思いをしているはずで……、想像するだけで僕まで胃が痛くなってきた。
「姫! 勝手にどこかに行かれては困ります!」
やがて宿の中に、一人の大男が飛び込んできた。
頬に傷のある豪奢な鎧に身を包んだ大男であった。胸に誇らしげに掲げられているのは、ミスティリカ王国の紋章。彼こそがシャルロッテの護衛の責任者なのだろう。
「シャル、あの人は?」
「ミスティリカ王国の騎士団の団長で……、私の護衛の責任者です」
騎士団長である男は、どこかくたびれた顔をしていた。
「バース、心配性もいい加減にしてください! 私は陛下から、正式な依頼を受けて行動していました。アレスさんたちと共に行動していたのも、それが必要だと判断したまでです」
「無茶をおっしゃらないで下さい、姫。このような胡散臭い冒険者に姫を預けるなんて、本当にとんでもないことです」
騎士団長の名前はバースと言うらしい。
一歩も引かないバースを前に、シャルロッテはため息をついた。
「でも結果として、私は預言者の能力を取り戻しました。アレスさんのおかげです。それに――彼は大災厄を防いだお方――我が国にとっても恩人です。彼への侮辱は許しませんよ」
「姫、能力を取り戻されたのですね! おめでとうございます!」
バースは歓喜の表情を浮かべていたが、
「……だとしたら、このような男と行動を続ける理由なんて無いでしょう」
隣に座る僕には、不信感に満ちた目を向けてきた。
生まれたときからのエリートがひしめく王国騎士団にとって、たしかに僕のような冒険者なんて取るに足らない存在かもしれないけれど……。
「バース、信じられないかもしれませんが――」
シャルロッテは、バースに予知の内容を説明していった。ひとつの村が滅び、大きな被害が生まれる予言――深刻な表情で説明するシャルロッテだったが、
「なりませんぞ、姫。調査は我々にお任せ下さい」
「なっ⁉ どうしてバースは、そんなに頭が固いのですか!」
「分かって下さい、姫の安全が第一なのです。予知能力を取り戻したなら、これ以上危険に身を晒す必要はありません。すぐに城にお戻り下さい」
バースは、純粋にシャルロッテの身を案じていた。
彼の職務は、護衛対象の命を守り抜くことだ。おてんばな王女が何を望んでも、必要とあらば強引城に連れ帰るのだろう。シャルロッテは予知能力をすでに取り戻し、城を抜け出す大義名分も失っているのだから。
「姫。あまり聞き分けの無いことをおっしゃるなら――」
「え、バース? 剣なんて抜いて、いったい何を⁉」
「ここには姫をさらった誘拐犯が居るのです。言ってる意味が、分かりますな?」
バースは、この宿は既に王国騎士団が包囲していると宣言した。シャルロッテが城に戻らないのなら、僕たちを拘束するという分かりやすい脅しだ。
「な、なんてことを!」
「これも姫に城に戻っていただくためです。どうかご決断を!」
「アレスさん……」
泣きそうな顔をしているシャルロッテと、ばっちりと目があった。たしかにバースの心配はもっともだけど、こんな強引な結末は僕だって納得できなかった。
「すいません、バースさん。少しだけよろしいですか?」
「姫を保護して頂いたことには感謝する。謝礼は弾もう。だが、邪魔をするというのなら――」
これが王国騎士団の騎士団長か。
強い――そう確信する。脅しでもなんでもないビリビリとした殺意を感じる。この人は護衛対象を守るためなら、僕たちを害することも躊躇わないだろう。
だとしても、ここで引く気はなかった。
「僕たちはシャル――殿下が予知した内容に興味があります。殿下の願いでもあります――どうか現地に調査に向かう許可を下さい」
「ふん、馬鹿も休み休み言いたまえ」
話にならん、とばかりにバースは吐き捨てた。
「姫には、すぐに城にお戻り頂く。これは決定事項だ」
バースは、まるで聞く耳を持たなかった。
……駄目か。出来れば、あまり手荒なことはしたくないのだけど。
「殿下のことは、僕たちが責任を持って守ります。せめて殿下が納得するまでは、一緒に行動する許可を頂けませんか?」
「責任を持って……。”責任を持って”だと? ふん、冒険者風情が――」
バースはぐるりと振り返り、腰に下げていた剣を抜いた。
「なっ、バース⁉」
「そこまで言うのなら、覚悟は出来ているのだな?」
「それであなたが納得するのなら。望むところです」
むき出しの殺意を叩きつけられ、宿の中に緊張した空気が走る。突如として剣を抜いたバースに、シャルロッテは非難するような目を向けた。
軽く脅せば引っ込むとでも思われていたのだろうか。だとしたら心外も良いところだ。
「良いだろう。そこまで言うのなら、その力、試させてもらおう」
付いてこいと僕に言い、バースは宿を出ていく。
「アレスさん、迷惑をおかけして申し訳ありません。バースは、昔から頭が固くて……」
「大丈夫、王国騎士団の騎士団長――こんなこと思ったら駄目かもしれないけど、ちょっと戦えることにワクワクしてるんだ」
申し訳なさそうに頭を下げるシャルロッテに、僕はそう返す。
相手は王国の中でもトップクラスの実力の持ち主だ。今の僕の実力がどこまで通用するか試してみたい――僕は、素直にそう思ったのだ。






