78.
何か得体の知れないものに阻まれた感覚。
僕の一撃は、ネオ・サイクロプスの首筋を浅く切り裂いただけであった。
首筋ともなれば、大抵の人型モンスターの急所である。一撃で仕留めるとまでは行かなくとも、たしかに大ダメージを与えられると思っていた。それなのに――
「どういうことなの⁉」
結果はまったくのノーダメージ。
僕は大きくバックステップして素早く距離を取る。
「だから言わんこっちゃない!」
「なるほど……、これが”そういうこと”なんですね!」
リットの要領を得ない説明が蘇る。
たしかにこれは、そうとしか表現しようのない現象だった。強いて言うなら世界のルールが干渉したような歪な現象とでも言おうか。
「アレス! どうしよう、物理も氷もまったく効かないみたい!」
「二属性、というか下手すると……」
嫌な予感を旨に、僕は半ばやけくそでチート・デバッガーで覚えた最強クラスの魔法を片っ端からぶっ放した。
「ビッグバン! ブラックホール!」
本来であれば、でかでかとクレーターを穿つほどの最上級魔法。
あるいは触れたもの全てを飲み込む禁忌魔法。
僕が使える中では最上位の威力を誇る魔法であったけれど――
グルオオオオオオ!
効かない。
ネオ・サイクロプスに直撃し魔法は、音もなく消滅してしまう。
この感覚には覚えがある。忘れもしないカオス・スパイダー変異種と戦った記憶──
「完全属性耐性!」
一部のモンスターが持つ、極めて厄介な特性だ。
以前戦ったカオス・スパイダーには、明確な弱点が存在していた。あの時はブラックホールという魔法をチート・デバッガーで覚え、みごと撃退に成功している。
しかし今回は訳が違った。
「何なんだ、旧属性って⁉」
ネオ・サイクロプスの振るう棍棒は、直撃すればこちらの防御を容易に貫通するだろう。
反面、こちらからはダメージを与える術がない。
まさしく八方塞がりであった。
「アレスさん、アステールさんから話を聞いたんですが――すべての属性の攻撃を試して、どの攻撃も有効手にならなかったそうです!」
「そ、そんな馬鹿なこと――」
悪い知らせは続く。
その情報は治癒に回っていたシャルロッテからもたらされた。すでに交戦していたリットさんのパーティからの情報だ。
攻撃への耐性が高いだけなら、しつこく攻撃すれば押し切ることが出来るかもしれない。しかし”無効”となると話は別だ。
「そんなの、どうすれば──」
こんなのバグ以上に、バグみたいな現象だ。
そんな感想を持つ僕に──
――――――――――
・交戦中モンスターとバージョン情報が異なります
――――――――――
まるで疑問に応えるかのように、脳みそ声が流れ込んできた。
これまで何度も助けてきてくれた声――チート・デバッガーの能力が覚醒するときに聞こえてくるあの声だ。
――――――――――
・極・神剣使いを【アップデート】しますか?
――――――――――
さらには目の前に、そんなポップアップが現れる。
その言葉の意味はまるで分からない。
それでも、このまま殺られるぐらいなら──!
僕は迷わず「はい」を選択した。
――――――――――
・極・神剣使いを【アップデート】します
(所持者:アレス・アーヴィン)
・極・神剣使いの【アップデート】が完了しました
アップデート内容:
一部の剣技の属性に新属性を付与
一部の剣技の効果を変更
――――――――――
そんな言葉が脳裏に流れ込んでくると同時に、手にした大剣が淡く発光した。
「アレス! 今度は向こうから来る!」
いつになく焦った様子で、ティアが悲鳴のような声を上げた。
その言葉のとおり、複数のネオ・サイクロプスがこちらに襲いかかろうとしていた。
「だから言わんこっちゃない! 早くうちのパーティメンバーを連れて逃げろ。俺はできる限り、ここで食い止める!」
盾を持ったリットのリーダーが、覚悟を決めたようにそんなことを呟いたが、
「いいえ、たぶん大丈夫です。もう少しだけ粘らせてください」
「アレス、なにか勝算はあるの?」
ティアの問いかけに、僕は黙ってうなずく。
うっすら刀身が輝く剣を手にしながら。この一撃はネオ・サイクロプスに届くはず──そんな根拠のない確信があった。
「よくも好き勝手してくれたね」
僕は、近くに居たネオ・サイクロプスを睨みつける。
攻撃を絶対に喰らわない状態で一方的にパーティを追いつめるのは、さぞ楽しかっただろう。だけどそれもここまでだ。
次はこちらの番だ。
『絶・一閃!』
さっきはダメージを与えることすら叶わなかった一撃は、まるでバターのように容易にネオ・サイクロプスの首を切り裂いた。
何かに得体の知れないものに阻まれる感覚は、もう存在しなかった。
苦悶の声を上げ、モンスターが崩れ落ちる。見守る僕の目の前で、ネオ・サイクロプスはその場に倒れ伏した。
「い、一撃⁉」
「攻撃が、通った――のか⁉」
モンスターが倒れたのを見て、一瞬遅れて歓喜の声が上がった。
モンスターが持つ謎の属性耐性のせいで、今まで防戦一方だったのだ。これは戦いが始まってから初めて見えた希望だった。
「アレス、気をつけて! まだまだ居る!」
「分かってる。この数は厄介だね」
ティアが鋭い声を発した。
依然として、目の前にはネオ・サイクロプスの群れが残っている。






