76.
「今のがアレスさんの能力? 今、何をしたのですか?」
「えっと、鑑定みたいなものです」
「な、なるほど……」
首をひねりながらも、シャルロッテはそう頷くのだった。
これでシャルロッテは、スキルの不調の原因を知る術を、一つ失ったことになる。
絶望してもおかしくない状態だが、シャルロッテはそんな様子はおくびにも出さずに、
「それでアレスさんたちは、これから何をする予定なんですか?」
興味津津といった様子で、そう僕たちに問いかけてきた。
「僕たちは魔界のその先――世界の果てを目指してるんだ。だからまずは極東の地・フェジテに行こうと思ってたんだけど――」
「魔界⁉」
遠慮がちに口にした僕に、シャルロッテは驚いたように口に手を当てたが、
「アレスさんたち、魔界に行くつもりなんですね!」
次の瞬間、怯えるどころかそう目を輝かせてテンション高くそう言った。
「ええ。ですがさすがにシャルを巻き込む訳には――」
「私も魔界、見てみたいです!」
更にはシャルロッテの口からは、そんな爆弾発言が飛び出した。
「無茶、言わないでください」
「そうです。王女様を連れて行くには、あまりにも危険かと」
光の速度で断ろうとする僕とティアだったが、目を輝かせるシャルロッテにはまるで聞こえていなそうだった。
どうやら魔界に行く、という言葉がいたく心に刺さったらしい。
「今の私は、ただの旅するヒーラーのシャルです! ささ、私のことは、ただの冒険者として扱って――行きましょう、魔界!」
「なんでそんな乗り切なの⁉」
そんな調子でシャルロッテに気圧されていると――
「誰か助けてくれ! 見たこともないモンスターの群れに襲われたんだ!」
突如として、血まみれの冒険者が宿に飛び込んできた。
身軽な服に身を包んだ青年だ。身体には深々と引っかき傷が付いており、ここまで全力で移動してきたせいか、肩で荒い息をしている。そんな様子に頓着することもなく、青年は必死に助けを求めていた。
「今も仲間が足止めしてるが、長くは持たねえ。誰か……!」
「何してるんですか! ひどい怪我じゃないですか!」
そんな冒険者を見て、真っ先に飛び出したのは意外にもシャルロッテだった。
「なんだって、こんなところにメイドの嬢ちゃんが⁉」
「静かにしてください。怪我は……、深くはなさそうですね」
出血を恐れることもなく、シャルロッテは手馴れた様子で冒険者に治癒魔法をかけていく。
「す、すまねえ……」
「シャル、随分と手慣れてるんだね?(ひそひそ)」
「これでも聖女の旅の巡礼で、もっとひどい怪我の治療に当たることはありましたし(ひそひそ)」
当たり前のようにシャルロッテはそう答える。自慢気に語ることもなく、至極当たり前のことを当たり前のようにしただけだという表情。
傷が癒えるのを、驚きとともに見ていた冒険者であったが、
「助けてくれ!! このままじゃ、みんな、殺されちまう!」
パニック寸前、といった様子でそう叫んだ。
「落ち着いて下さい!」
「き、君は?」
「冒険者のアレスと言います。まずは落ち着いて状況を知らせて下さい――仲間の危機に慌てるのは分かりますが、だからこそ冷静さを失ったらいけません」
「あ、ああ……」
パニックに陥りかけていた冒険者に、僕はどうにか落ちつくように呼びかける。
「狩りの帰りにキャンプをしていたら、突然、モンスターの集団の襲撃に遭って――見たこともないモンスターだった。俺たちは為す術もなく壊滅して……、ちくしょう、俺だけ逃されたんだ」
「モンスターの数と、仲間の数は?」
「相手の数は分からねえ。残った仲間は二人だ――頼む、大切な仲間なんだ」
状況は最悪といっても良い。
未知のモンスターの大群に、残された仲間の数は二人。
「そ、そんなの……。相手の数が分からないんじゃ――」
「未知のモンスターだろう? 下手すると俺たちが全滅しちまう」
話を聞いていた冒険者たちが、ヒソヒソと周囲でささやきあっていた。相手の脅威が分からない以上、闇雲に向かってはかえって被害を拡大してしまう恐れもある。薄情なようにも思えるけれど、それが真っ当な判断だ。
「アレスさん?」
反応を伺うようにシャルロッテが僕を見てきたので、僕はそっとうなずき返す。
「事態は一刻を争いそうですね。案内して貰えますか?」
「助けて、くれるのか……?」
駆け込んできた冒険者は、驚愕に目を見開く。
「困ったときはお互い様――当たり前ですよ」
「さすがはアレスさんですね」
僕の返答を聞いて、満足そうにシャルロッテは笑みを浮かべるのだった。
◆◇◆◇◆
数分後。
僕とティアは、冒険者の男の後を追いかけて森の中を駆けていた。
「リットです。僕のパーティのために、本当にありがとうございます」
「気にしないで下さい。気持ちは痛いほど分かります」
冒険をともにするパーティメンバーは、家族と同様かそれ以上に大切な存在だ。僕だってもし同じ状況に陥ったら、とても冷静では居られないだろう。
「アレスさん、私、重くないですか?」
背中から聞こえるのはシャルロッテの声。
「大丈夫! それより振い落されないように、しっかり捕まっててね」
「はい!」
僕の背中には、シャルロッテがしがみついていた。
リットは高ランクの斥候系のクラスを持つ冒険者のようだ。さっきからかなりの速度で森の中を駆けているが、背中のシャルロッテは嫌な顔一つせず楽しそうにな笑みを崩さない。
ちなみにリーシャとリナリーといった非戦闘メンバーには、今回は宿に残ってもらっている。怪我人の治療のため、今回はシャルロッテには来てもらった方が良さそうという判断だった。
移動しながら、僕はリットに敵の情報を聞くことにした。
「襲ってきたモンスターは、どんな相手でしたか?」
「それが、なんと言ったら良いんでしょう。なんというか俺たちとは生きている世界が違うような――不思議な敵でした」
「どういうことですか?」
要領を得ない説明に僕は首を傾げる。
「攻撃も行動の癖も、まったく今までの常識が通じないんです。相手の攻撃はそのままに、こっちの攻撃は何一つとして通用しないような――」
「ええっと、変異種ですか?」
「いいえ、そんなもんじゃありません。たしかに変異種と戦ったときの感覚と近くはあるんですが――でも少し違うような。実際に見れば分かるんですが」
ベテランの冒険者とは思えぬ要領を得ない説明。
高ランクの変異種相応のモンスターが居る、という想定で居た方が良さそうだね。
「アレス、警戒するに越したことはなさそうね」
「うん、ティアもどうか気を付けて」
併走するティアと軽くうなずき合う。
それだけで十分だった。それは確かな相手への信頼関係――
「ティアさんが羨ましいです……」
そんな言葉を小さく漏らしたのは、背中にしがみつくシャルロッテだった。
その声は誰の耳にも届くことなく、ひっそり宙に消えていった。






