73.
ティアたちと話しておくべきことは、それだけではない。
「シャルから目が離せない理由は他にもあるんだ。みんなにはシャルが”何者か”に襲われてた……、って話はしてたと思うんだけど――」
僕はそう説明しながら、ポケットから謎のペンダントを取り出した。シャルロッテを襲っていたブレイズキャットを操る謎の男が落としたものである。
「それがどうしたのよ?」
「見ててね」
僕は、ペンダントに魔力を通していく。
馬車での移動中に気が付いたのだが、ペンダントにはある仕掛けがあったのだ。
僕の魔力に反応してメダルが赤白く発光し、やがては奇妙な紋様を壁に描き出した。刺客が落としていったペンダントは、特定の魔力に反応して組織の所属を示す紋様を描き出す魔法陣の一種だったのだ。
「そ、それは――まさか⁉」
「うん、認めたくはないけれどね。これは――アーヴィン家の私兵団の紋様なんだ」
「「なっ⁉」」
ティアとリナリーが息を呑んだ。
シャルロッテを襲った刺客が持っていたペンダント。それはその刺客が、アーヴィン家の者に雇われているということを示すものだ。もちろん罪をなすりつけようと、わざとペンダントを残していった、という可能性もあるけれど……、
「もしこのことに父さんや……、ゴーマンが関わってるのなら。放っておく訳にはいかない」
ペンダントを握りしめ、僕はそう呟いた。
「だから当分の方針としては、シャルを守りながらスキルが使えなくなった原因を探ろうと思うんだ。具体的な方法は、ちょっと思いつかないんだけど――」
「そうよね、アレスのスキルは規格外過ぎて。ちょっと参考にはならなそうよね……」
「う~ん、予知スキルかあ……」
僕が持つ『チート・デバッガー』は、かなり特殊なスキルである。
少なくとも僕は、予知能力者ではない。シャルロッテと行動をともにしても、スキルを再び使えるようになる手助けは出来ないだろう。
「シャルが力を使えなくなった原因って、何だろうね?」
「スキルが使いこなせなくなる原因よね。心理状態の不安定さとかかしら?」
自らのスキルに絶対の自信を持っていた聖女様。そんな彼女が予知出来なかった事態を、無名の冒険者が予知して見せたなら。自信を無くしてスキルが使えなくなる?
「いいや、一度手に入れたスキルは、本能レベルで使い方が脳に刻み込まれるからね。自分のスキルがどれたけ気に食わなくても、どんな状況でも使えるはず。……それがスキルだからね」
だからこそスキルは、授かったときに人生を左右する大きなものとして扱われるのだ。
「う~ん。スキルが使えなくなる原因かあ……」
「お兄ちゃん、それもバグかも」
僕が頭を悩ませていると、ぽつりとリーシャが呟いた。
「どういうこと?」
「バグは自分にとって脅威になる者を、無意識に排除しようとする。私が生まれなかったのも、それが原因だもん。スキルが使えなくなっても、おかしくないと思う」
リーシャの言葉を聞いてゾッとした。
バグの存在を脅かすものが、秘密裏に抹消されている? もし事実だとしたら、それほど恐ろしいことはなかった。
「でもバグのせいなら、お兄ちゃんのスキルで治せるかも!」
「あ、そうか!」
そういえば試したことは無かったね。
こんなときこそチート・デバッガーのスキルの出番だ。
「それで駄目だった場合は、しばらくはシャルと一緒に行動して手掛かりを探す方向かな」
「仕方ないわね」
ティアは肩をすくめてうなずき、今後の方針が決まったのだった。
【SIDE: シャルロッテ王女】
私──シャルロッテ・ミスティリカは、ウキウキと眠れぬ夜を過ごしていた。布団の上でゴロゴロ・コロコロと落ち着きなく転がる様は、まるで幼少期に戻ったよう。
「ふふふ。私、こうして誰の助けもなく、冒険者として活動しているんですね!」
苦労して護衛を撒いた甲斐があったというものだ。
もちろん聖女として予知能力が使えなくなったことへの不安は少なくない。
けれども今後への期待の方が大きかった。
ここには誰も居ないのだ。
口うるさい侍女も。
心配性の騎士団長も。
誰もいない──私は自由だ。
一国の王女が、突然押しかけたのだ。
ほっきり言って、めちゃくちゃ迷惑だろう。
だとしても大災厄での恩賞を渡すための集まりで見せたアレスさんの優しさを思えば、不思議と受け入れて貰える気がしたのだ。
そんな彼のことを考えて口許が揺るんてしまい、
「はっ! 私は王女。そんな勝手はゆるされませんっ!」
ぶんぶんと首を振った。
こちらをシャーッと威嚇していたティアの姿も思いだされる。
面白くてちょっぴりからかってしまったけど、お互いを思い合う良い関係だった。
思わず羨んでしまうぐらいに……。
「って、いけない。私ったら肝心なことを何も考えて無かったわ!」
私はぶんぶんと頭を振り、思考を真面目なものに切り替える。
「あの光景だけは”見えた”んですよね。どうしてでしょう?」
予知能力の残滓とでも言える現象。
私はたしかに見たのだ。
モンスターの群れに囲まれる自分の姿と、助けに入ってくるアレスの姿を。
見ようとしても、見えなくなった未来。
そんな中、何故か脳裏に浮かんだ一つの光景――運命だと思った。
だから私は勅命を取り付けて、半信半疑でお城を飛び出しした。
危険を承知で現場に向かい、驚くことに本当にアレスに助けられてここに居る。
正直なところ、私は自分のスキルが大嫌いだった。争いの種になる厄介な力だとしか思ってなかったし、使えなくなっても構わないとすら思っていた。
「う~ん。これから私は、どうなるんでしょうね」
他人事のように私は小さく呟く。
聖女のスキルは何も応えてはくれない。誰もが羨み利用しようとする未来予知の力。嫌いな力だったけれど、使えなくなってしまえば不安なものだ。
「冒険者の朝はきっと早いですよね、今日はもう寝ましょう!」
私は未来に思いを馳せ、静かに眠りにつくのだった。
護衛も連れずに安宿に一人──それは護衛たちが見たら卒倒するような光景であった。






