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66.

 一週間ほど経っただろうか。

 大きなトラブルもなく、旅は退屈なぐらい順調に進んでいた。代わり映えのしない景色に飽き飽きとしてきたころ、


「――これはッ⁉」

「リナリー、どうかした?」

「気をつけて下さい、モンスターの気配です。囲まれてます!」


 メイドのリナリーが、警戒した様子で声を上げた。彼女が持つスキル【第六感】は、あたりの様子を探る探知魔法のようにも使えるのだ。


「ま、まさか――」

「モンスター被害なんて、ここ最近は無かっただろう?」


 その言葉を聞いても周囲の反応は半信半疑といった様子であったが、


「おい、あれは⁉ まさかと思うが、ブレイズキャットじゃないか⁉」

「しかも群れじゃないか。冗談だろう⁉」


 にわかに馬車を引く御者が騒ぎだした。


「ブレイズキャット?」

「Aランク相当の厄介なモンスターだよ。群れで行動している凶悪なモンスターでな。ここら辺を根城にしているとは聞いていたが……。まったく、運の悪い――」

「最近は姿を現さなかったと聞いていたのに、どうして今になって――」


 雇われていた護衛が、顔を青ざめながらそう教えてくれた。

 御者が雇った護衛だけでは、Aランク相当のモンスターを相手にするには心もとない。冒険者である僕たちが居合わせたのも、何かの縁だろう。


「ティア?」

「もちろん手伝うわよ。本当にお人好しなんだから」


 ティアに声をかけ、モンスターの討伐を手伝おうと腰を浮かせたところで、 


「ブレイズキャットだあ? はんっ。そんな雑魚は、このAランク冒険者のジギール様が蹴散らしてやるよ!」


 馬車の中に、得意げな声が響き渡った。

 声の主は、巨大なバトルアックスを背負った中年のおじさんである。鍛え抜かれた筋骨隆々の肉体を持ち、巨大なバトルアックスすらどこか小さく見えるほどだった。

 怖いものは何もないとばかりに、その表情は自信に満ち溢れていた。


「ぼ、冒険者の方ですか!」

「手を貸して頂けると助かります!」

「ふっはっはっ。任せてくれ!」


 すがるような視線を受けて、ジギールが気持ち良さそうな笑みを浮かべる。

 いくら凄腕の冒険者だとしても、さすがにソロでAランクの冒険者に挑もうとするのは、少し分が悪いんじゃないかな?


「ジギールさん。相手はAランクモンスターの群れらしいです。一人で大丈夫ですか?」

「なんだい、君たちは?」


 心配になり声をかけてみたが、ジギールは面倒そうに眉をひそめた。


「アレスと申します。これでも冒険者です」

「同じく冒険者のティアです。助太刀します」


 レイピアを携え気合十分なティア。

 モンスターを前に、居合わせた冒険者同士で協力し合うのは当たり前のことだ。善意から協力を申し出た僕たちだったが、ジギールの反応は予想とは少しだけ違っていた。


「ふーん、君みたいな子供がねえ。この地方の冒険者ギルドも随分と質が落ちてるようだ」


 ジギールは、そう言いながら肩をすくめた。


「むっ。アレスはこう見えても称号持ちの――」

「良いよ、ティア。外れスキルを授かったあの日から、そう言われるのは慣れてるから。でも、ありがとティア」

「べ、別にアレスのためじゃなくて、パーティが舐められないために声を上げただけよ!」


 何故か真っ赤になって、顔をプイッと背けるティア。

 また気に触ることを言ってしまったかな……?


「ジギールさん。僕たちもブレイズキャットの討伐に加わっても良いですか?」

「おいおい、君たちみたいな子供が? ガキのお守りするような余裕はねえぞ」

「別に自分の身ぐらい自分で守れますよ」


 一方的に見下されて、さすがにムッとした僕はそう言い返す。


「ふん、なら勝手にするが良いさ」


 ジギールは鼻を鳴らし、ずんずんと馬車を降りていった。


「ティア、行ける?」

「任せて! ずっと座ってばかりじゃ、体がなまっちゃう。それに、馬車揺れより怖いものなんて無いわ!」


 勇ましいのか情けないのか分からないことを大真面目な顔で言うティア。すっかり馬車揺れがトラウマになっているらしい。

 僕たちは馬車を襲うモンスターを迎え撃つため、ジギールの後を追いかけることにした。



◆◇◆◇◆



「それじゃあ、ぱぱっと終わらせちゃいましょうか」

「相手はAランクのモンスターだよ。ティア、油断はしないで」


 ブレイズキャットとは、燃えるような毛並みが特徴的な猫型モンスターだ。可愛らしい外見とは裏腹に、繰り出される爪の威力は凶悪の一言。数多の冒険者を八つ裂きにしてきた厄介な相手だった。いくらレベルで上回っていても、まともに攻撃を貰えばあっという間にお陀仏だ。

 油断は出来ない。


「チート・デバッガー!」


 ブレイズキャットの集団を前に、僕はスキルを発動した。

 目の前に現れるのは光り輝く文字の羅列。世界に干渉して、様々な効果を発揮する『コード』を実行する――それが『チート・デバッガー』というスキルの効力である。


――――――――――

絶対権限:17

現在の権限で使用可能な【コード】一覧

 → アイテムの個数変更 (▲エクスポーション▼)

 → 魔法取得 (▲ブラックホール▼)

 → ユニットデータ閲覧

 → バグ・サーチ

 → スキル付け替え (▲極・神剣使い▼)

 → 特殊効果付与 (▲毒▼)

――――――――――


 様々なコードが、僕の前に表示されていた。はじめはアイテムの個数変更しかなかったスキルも、今ではこれだけの効果を発動させることができる。

 今この局面で使うべきは――ある種の予感とともに、僕は『ユニットデータ閲覧』をポチッと選択し、コードを発動した。


『ユニットデータ閲覧!』

――――――――――

【コード】ユニットデータ閲覧

名称:ブレイズキャット(LV40、バグ・モンスター)

HP:521/521

MP:17/17

属性:

▲基本情報▼

――――――――――


 現れたのは、バグにより変異したことを示す『バグ・モンスター』の文言。


「うわあ。やっぱりバグ・モンスターみたい。やれるかな?」

「あの瞳、魔力を帯びてる。変異種ね」


 ブレイズキャットは、本来は魔法を使わないモンスターである。しかし変異種であれば、何をしてくるか分からない――僕たちは、注意深くブレイズキャットたちを観察していた。


「はん。ここに来てビビってんのか? 俺様に任せとけ!」


 その様子を見て何を勘違いしたのか、ジギールが小馬鹿にしたよう声をかけてきた。


「そいつらは変異種です。魔法を使うかも――」

「はっ、ブレイズキャットが魔法なんて使うわけないだろう!」

「ちょっと待っ――」


 ジギールは意気揚々とモンスターの群れに突っ込んでいったが、


「ぎゃぁあああ!」


 ジギールを襲ったのは、ブレイズキャットの放つ巨大な火の玉だ。変異種だけが使う魔法攻撃――ジギールは手痛い反撃に遭い、逃げ惑う羽目になった。

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