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「私の役目は、こいつの足止めか。どうしたものかしら……」
バハムートは私――ティアに、ターゲットを合わせたようだった。
自分の役割を思えば、それは好ましいところだったが、生命としての本能が目の前のドラゴンを恐れていた。
アレスは、アルバスと戦い始めたばかりだ。
当分の間、バハムートと1対1でやり合わねばならない。
「違うでしょう――!」
人と竜。生き物としての格の違い。
私は、震えそうになる足を叱咤する。
アレスの静止を振り切って、無理に旅に付いていこうとしているのだ。
ここで役に立てなくて、何が隣に立ちたいだ。
「はあああああ!」
ドラゴンの攻撃でもっとも凶悪なのは、その口から吐き出されるブレスだ。
どうにか一度は防ぎ切ったものの、なんども受けきることなど出来ない。
一か八か、私は接近戦を挑むことにした。
不完全な状態で復活したからか。
動作も緩慢で、どことなく反応も鈍い。
「行ける――!」
トップスピードで駆け抜ける。
大ぶりのかぎ爪も、今の私を捕えることは出来ない。
私は氷で足場を作り、ドラゴンの顔付近まで飛び上がり、
「これならどうよ! 『氷華!』」
氷をまとった一撃を、ドラゴンの眼球に叩きつけた。
グギャアアアアアアアア!
ドラゴンのウロコは、並大抵の攻撃は弾いてしまう。
しかし口や眼球など、どうしても脆弱な場所は存在するものだ。
私の攻撃は、ドラゴンの急所を的確に貫いた。
作戦は成功。
ドラゴンの苦悶に満ちた咆哮を聞いて、一瞬気が緩んだが、
「ティア様! 後ろです!」
上手くいったと喜ぶのも束の間。
リナリーの悲鳴のような警告が、耳に届いた。
これほど離れているのに、まるで脳内に直接響いているかのような声。
「――ッ!」
迫って来ていたのはドラゴンの尻尾。
攻撃に集中していたせいで、どうしても注意力が散漫になっていた?
考えるのは後だ。
空中に飛びあがった今、どこにも逃げ場はない。
『アイシクル・ガード!』
避けきれない。
私は瞬時にそう悟り、衝撃に備えようと必死に氷の盾を展開する。
咄嗟の判断で張ったシールド。
かなり衝撃は殺せたものの、それでも完全に食い止めることはかなわず。
ドラゴンの尻尾が、思いっきり私を打ち抜いた。
「ティア様!?」
「――ッ!?」
声を出せない凄まじい衝撃が、体を襲う。
クエストでモンスターから攻撃を受けることは数え切れないが、これでも別次元の衝撃が私を襲う。
それでも痛みを感じるということは、生きている証拠だ。
遠のく意識を繋ぎ止め、私はどうにか体制を整えて着地する。
「あ、危なかった……」
どうにか無事に済んだのは、アレスの支援効果が大きい。
氷の防御技の効果を、大きく向上させる支援効果。
支援魔法専門スキルを手にした者でも、これほどの効果を得ることは難しいだろう。
「エクスポーションを使います。ティア様! 無茶しないで下さい……」
「ありがとう、リナリー」
泣きそうな顔でリナリーが駆け寄ってきて、回復アイテムを使った。
アレスが用意していた回復薬だろう。
アレスとアルバスの戦いが、嫌でも視界に入る。
極・神剣使いのスキルを使って、アレスは自由自在に立ち回っていた。
目にもとまらぬ速度で斬りかかるアレスの攻撃をいなし、無詠唱魔法で反撃するアルバス。
しかしアレスは、そんな不意打ちの魔法すら、剣を一振りするだけで無効化してしまった。
まさしくレベルが違う戦い。
あの隣に立つには、今の自分はあまりに未熟だけど。
それでも、私だって、いつの日にか――
グアアアアアアアア!
怒り狂ったドラゴンの咆哮が響く。
まさかちっぽけな人間から反撃されるなど、考えもしていなかったのだろう。
その咆哮を受けて、本能的な恐怖を覚えてしまうが、
「やれるものなら、やってみなさいよ!」
怯えを振りきるように、気合を入れる。
剣を強く握る。
いつかアレスが旅立つ決意をしたときのため、冒険者として腕を磨いてきた日々を思い出す。
「アレス、聞こえる?」
心優しいアレスのことだ。
彼はきっと、こちらを気にしながら戦っている。
案の定、一瞬だけアレスと視線が合った。
「防御効果はもう要らない。それより私の攻撃力を上げて欲しい。剣姫スキルの性能を、極限まで上げられるものが必要なの」
「防御を捨てるの!? そんなの、あまりに危険すぎるよ!」
これも、スキルの効果なのだろうか?
何故かアレスの声が、耳に届く。
「そんなことは、分かってる!」
ブレスも、尻尾の振り払いも。
支援を受けた状態で使う氷の盾がなければ、かすっただけで即死する威力だ。
それでも今の私では、ドラゴンを打ち倒すにはあまりに火力不足なのだ。
時間を稼いで、アレスの助けを待つという選択肢は消えていた。
アレスはもっと先で、凄まじい戦いをしている。
このドラゴンは、私の相手だ。
「ティア、絶対に攻撃は喰らわないで? ……ほんとうは、これは使いたく無かったんだけど」
「あんな図体ばかりがでかい相手。攻撃貰う方が難しいわよ」
「ははっ。ドラゴン相手に、そこまで大口を叩いた人間は、たぶんティアが初めてだね」
覚悟を決めたようにアレスが呟いた。
「分かった――『エンチャント・バーサク剣姫!』」
名前からして、凶悪そうな攻撃支援効果だった。
頼みの綱だった、防御効果を持つエンチャント・アイスバリアが解除されたのも実感する。
「どんな効果なの?」
「効果は【剣姫】スキルの全性能を6倍にアップする。――さらにはHPが低いほど威力が増加するとも言われてる」
サラッと口にした効果は、まさしく規格外のひと言。
「えっ。はあ!? 6倍!?」
「ただし防御力が0になる。さらには徐々にダメージを受けるスリップダメージ付き――まさしく諸刃の剣だよ」
まさにハイリスクでハイリターン。
否、ドラゴンの一撃を貰ったら、どうせ即死する現状なら……
「な~んだ。そんなの、大したデメリットじゃないわね」
そう言って、笑い飛ばす。
格上のドラゴンに挑もうと言うのだ。
その程度のリスクを背負わずに、どうするというのか。
「ティア、どうか気を付けて」
「アレスこそ、そんな奴に負けるんじゃないわよ!」
目の前に居るドラゴン。
それは相変わらず恐ろしいモンスターではあったけど。
その巨体は恐怖の象徴ではなく、ただの乗り越えるべき障壁。
「暗黒竜バハムート! せっかく復活したところ悪いけど、一瞬で決めさせて貰うわよ!」
そうして私は、ドラゴンに向かって駆け出すのだった。






