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アルバスの指示を受けて、バハムートは殺意に満ちた目でこちらを見てきた。
世界に破滅をもたらす大災厄の象徴とも言えるモンスターだ。
まずは情報を探らなければならない。
僕は、チートデバッガーのスキルを発動する。
『ユニットデータ閲覧!』
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【コード】ユニットデータ閲覧
名称:暗黒竜バハムート(LV???)
HP:3432/3432
MP:119/119
属性:
状態異常→不完全
▲基本情報▼
――――――――――
HPは4桁の前半。
これは、ダンジョン奥地で戦った邪神よりもだいぶ低い。
「状態異常『不完全』? 思ってたより、ステータスも低いみたい」
「強引に復活させたせいで、不完全な状態で目覚めたみたいだね」
リーシャが、考え込みながらそう答えた。
「あれで不完全だって言うの!?」
とはいっても、並のSランクモンスターよりは遥かに凶悪だ。
実際にブレスを受けたティアは、信じられないとばかりに目を見開いた。
『デバッグコンソール!』
復活するべき条件を満たさず、不完全な状態で復活させられたバハムート。
それはすなわちバグにも等しい。
そんな存在を前に、チート・デバッガーも真の力を発揮する。
「ステータスを書き換える。攻撃力と防御力をゼロに!」
「そんなこと、させると思うのかい?」
僕はバハムートを一気に弱体化させようとする。
デバッグコンソール――世界に干渉して、この世の法則すら歪めるチートデバッガーの最終奥義。
しかし、この場には世界に干渉できる者が、もう1人居た。
「アルバスッ!」
「もたもたしてる暇はないよ? バハムートはもうじき完全に目覚めるんだから」
そう言いながら、アルバスはバハムートに更なる干渉を試みる。
目指しているのは完全復活――それが成ったとき、すべては終わる。
「させるか!」
「ふ~ん。デバッガーとしての力は、やっぱり互角みたいだね。でもこの状況で、果たして僕とバハムートの両方を相手取れるかな?」
アルバスの言う通りだった。
僕の今の力では、世界に干渉するアルバスを防ぐので精一杯。
到底、バハムートの相手など出来るはずがない。
そんな硬直状態を破るように、凛とした声が響く。
「アレス。あれの相手は私がやるわ」
「ティア!? 何を馬鹿なことを――!」
「それしかないでしょう? アレスは余計なこと気にせず、あんな奴、さっさとぶっ飛ばしちゃいなさい!」
そう言って、ティアは笑った。
考えるまでもない。
相手はあまりにも凶悪なドラゴンだ。
大切なパートナーを、みすみす死に追いやるようなものだ。
だというのに頭の冷静な部分が、それしか道はないと囁く。
「ごめん、ティア。すぐに決着を付けてくるから」
「こっちのことは、気にしないで。こういう時のために、私、アレスに付いてきたんだから!」
「でも……」
「それなら――。任せたって、見送って! それだけで私、いくらでも頑張れるから!」
こうまで言うのなら。
「分かった。ありがとう、ティア――信じてる」
僕に出来ることは、ティアを信じることだけだ。
ティアの無事を信じて、ただ全身全霊でアルバスを倒すだけだ。
◆◇◆◇◆
「アルバス、何が何でも君を止めるよ」
「薄情だねえ? そうかい。婚約者を囮にするのかい?」
「ティアなら大丈夫だよ。信じるって、そう決めたから」
僕は自らに、極・神剣使いのスキルをセットした。
お互いにデバッガーの力を持つ以上、チートデバッガーは決定打にはなり得ない。
最終的には、この世界の法則の中で、決着を付ける必要があるのだ。
「はあああああ!」
僕は一気に距離を詰め、アルバスに飛び掛かった。
「『虚空・烈斬!』」
神剣使いの名に恥じない、鋭い一撃。
しかし、アルバスはふわりとバックステップでかわすと、
「『ダーク・プリズン!』」
いきなり無詠唱で魔法を放ってきた。
僕の周りを覆うように、闇の魔力で作られた牢獄が現れる。
範囲内の敵を閉じ込め、ダメージを与える上位の闇魔法だ。
「こんなもの! 『虚空・烈斬』!」
無我夢中だった。
僕は剣に魔力をまとわせ、再び剣を振るった。
「な――。剣を振るっただけで、魔法をかき消しただって……!? いつの間にデバッガーのスキルを使ったの!?」
「そんなもの、使ってないよ。魔力をまとわせた剣技で、魔法を斬っただけだ」
アーヴィン家での修行を思い出す。
剣の達人は、闘気をまとわせた剣の一振りで、魔法をかき消すと言われている。
師匠が見せてくれたそれは、強烈な印象と共に心に残っている。
もちろん僕のような駆け出しに、そのような真似は出来ない。
僕は、剣だけでなく、ある程度なら魔法も使う事ができる。
剣を魔力でコーティングすることで、ある程度は似たことが出来るのだ。
「その剣術は厄介だね」
「初代デバッガーに褒めてもらえるとはね。光栄だよ」
「そんな力、バグと戦うのには何の役にも立たないんだけどね――! 【コード】武器・所持数増減。その目障りな剣を消しされっ!」
「絶対権限、デバッグコード・拒否。ロック! 剣を守れ!」
不意打ちのように、アルバスが叫んだ。
僕は咄嗟に、手にした剣を守るために意識を集中した。
アルバスのコードが、剣を消し去ろうと干渉してきている。
互いに世界を塗り替えようと試み、最終的に僕は剣を守り抜いた。
「へえ、なかなか良い反応をするじゃないか?」
「それはどうも」
デバッガーの能力をぶつけ合えば、行く先は世界の法則への干渉合戦だ。
互いの力が拮抗しているなら、埒が明かない。
だからこそ普通に戦うことを選んだが、互いにデバッガーの能力は使えるままだ。
不意打ちのように使えば、一気に戦況を決定づけることが出来る。
本当に一瞬の油断も許されない。
お返しとばかりに、僕は不意打ちで魔法を放つ。
『ファイアボール!』
火炎弾が一気に押し寄せる。
しかしアルバスはひと睨みするだけで、それをかき消した。
魔法無効化?
僕の知らない能力だが、それもデバッガーの能力かもしれない。
あれは所詮は目くらまし。
『虚空・烈斬!』
本命はこっちだ――!
一気に距離を詰めて、再び斬撃を加える。
しかしギリギリのところで、またしてもふわりと躱される。
「デバッガーの能力に頼り切ることなく、剣と魔法を組み合わせた独特の戦い方を極めている。良い腕だね」
「よく言うよ。楽々と躱しておいて」
「これは本音だよ。惜しいなあ――ねえ、アレス。やっぱり、僕の仲間にならないかい? 君なら、もっとチートデバッガーの能力を使いこなせる。君と僕が手を組めば、世界だって手に入れられるよ」
「世界を手に入れる? そんなことに興味はないよ。僕はこのパーティで旅が続けられれば、それで良い」
今だって僕を信じて、ティアが向こうで戦っているのだ。
一刻も早くアルバスを下して、加勢しなければならない。
「そうかい。それなら残念だけど――ここで死んでもらうしかないね」
本当に残念そうに言うアルバス。
そうしてアルバスは、雰囲気を一変させた。






