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 闘技場は人払いがされており、ほとんど無人であった。

 恐ろしい力を振るう危険人物が居るとギルドから連絡があり、出入りは固く禁止されている。


 相手の目的は僕との決闘だ。

 闘技場に入る僕たちを不安そうに見る者も多かったので、僕は安心させるように頷き返した。



「うっひっひ。よくぞ来たな、アレスゥ!」


 闘技場の中に入ると、ゴーマンが嬉しそうな顔で僕を見た。

 ゴーマンは、無人の闘技場に1人でたたずんでいた。

 その状況に何も思わなかったのだろうか? 


「分かったよ、はじめよう。」


 どう見ても正気ではないということが、分かってしまった。

 バグを取り込んだゴーマンに、もう言葉は届かない。




 あいさつ代わりとばかりにゴーマンが、極・神剣使いの技を使う。


「『虚空・天破!』 ひっひっひ! どうだあ、アレス! これが、これが俺の新しい力だ――!」


 それは以前の決闘で、僕が最後に見せたものだ。

 もっともそれは本来の純白のレーザーではなく、バグに侵されてどす黒く禍々しい。


 神剣使いのスキルの可能性を、ゴーマンに見せたかった。

 今からでも修行すれば、その先にはこんな可能性があると教えたかった。

 こんな形で、使えるようになってしまった訳じゃなかったのに。



「『虚空・天破!』 それじゃあ、僕は倒せないよ!」


 僕も同じ技を使う。


 純白の剣閃と、どす黒い空間がぶつかり、互いを吞み込まんとせめぎ合う。

 ゴーマンの放つ憎悪が。

 世界を滅ぼさんとするバグが。

 僕の剣を浸食しようとしてくる。


 たしかにゴーマンの放つ技は脅威ではあった。

 それでも所詮は、バグの力を中途半端に使って、本来使えなかったスキルを再現しただけに過ぎない。

 せめぎ合っていた2つの光は、徐々にゴーマンが押されはじめ――



「ば、ばかな! 同じ力を使っているなら、俺が負けるはずが――!」

「ゴーマンのそれと、僕のスキルは別物だよ。そんなものに頼らないで、極・神剣使いのスキルを極めれば良かったのに」


「くそっ! くそっ――!」


 僕の『虚空・天破!』は、ついにゴーマンを呑み込もうとする。

 高レベルの神剣使いの技だ。

 レベル差もある今、直撃すれば死は免れない――ギリギリのタイミングで、僕は技を解除した。


 恨む気持ちがないわけではない。

 僕を追放するように手を回した相手だし、一方的に決闘を申し込まれたりもした。

 挙句の果てには、バグにすら手を出した相手――見過ごすべきではない。

 そう思っていても、どうにも非情になり切れなかったのだ。



「殺せよ」


 地に倒れたゴーマンが言う。

 技の解除が間に合ったのか、何らかのバグがゴーマンを守ったのか。

 ボロボロになりながらも、ゴーマンは生きていた。



「分かってたよ。俺なんかじゃ逆立ちしても、本当はアニキに勝てないってことは」

「ゴーマンは、そんなことを思ってたの?」


 実家では、俺には修行の必要なぞないとふんぞり返っていたゴーマン。

 しかし、ぽつりぽつりと語られるそれは、紛れもないゴーマンの本音だった。


 

「何をしても、おまえの背中は常に俺の先にあった。ははっ、馬鹿だよな。ちょっと良いスキルを貰ったからって。これで逆転出来るって、本当にそう信じちまったんだぜ?」


 自嘲するような口調とは裏腹に、ゴーマンの表情は晴れやかだった。



「俺が何かやばいものに利用されていることは分かってる。生き恥をさらすぐらいなら死んだ方がマシだ――アレス、俺を殺せよ」

「嫌だね」


 デバッガーの役割は、バグを倒すことだ。

 断じてバグに吞みこまれつつある人間を、殺すことではない。



『デバッグコンソール!』


 僕が使うのは、バグのある場でしか発動しないチート・デバッガーの奥の手。


 この世はすべて、数字と文字列で構成されている。

 僕はゴーマンの周囲を観察する。



『null null null null null null null 』

『null null null null null null null 』

『null null null null null null null 』


 それはいつもの黒い染み。

 それが世界を滅ぼそうとするバグだ。

 一度自らを受け入れたゴーマンが、今になって拒むことを抗議するように、ゴーマンの周囲をふよふよと漂っている。



 もう対処法は分かっていた。

 僕はその空間を修復していく。

 あるべき姿は、とっくに分かっていた。


「す、すごい――!」


 リーシャが息を呑むのが聞こえた。


 そう時間はかからず。

 僕はゴーマンを呑み込もうとしていたバグを、すべて駆逐することに成功した。


 静かに目を閉じ、終わりの時を待っていたゴーマン。

 しかしその時は訪れず、それどころか自らに取りつく"何か"が除去されたことを悟り――



「アレス、ふざけんな! どうして、俺を助けやがった!」

「う~ん、どうしてだろう……」


 ガバっと起き上がり、ゴーマンは僕に詰め寄った。

 


「俺に期待してる者なんて、もう誰も居ねえ! アーヴィン家の跡取りは、どうせおまえだ。俺にはもう、何も残されてないのに――」

「それは勘弁。僕にはもう、他にやりたいことがあるんだ。今さらアーヴィン家には、戻るつもりはないよ」


「な――!?」


 ゴーマンは、ぽかーんと口を開いた。


「それに師匠なら、最期までゴーマンのことを見捨てないよ。期待してる人が居ない? そんなの誰だって最初はそうだよ。これから見返せば良いんだよ」

「おまえは最後まで、そんな綺麗ごとを……」


 毒気を抜かれたように、ゴーマンが呟いた。


 たしかに綺麗ごとかもしれない。

 僕が円満に冒険者を続けるために、そうなると良いなという実に身勝手な願いだったりもする。

 ただどんな理由であっても、僕はゴーマンには生きていて欲しかった。




 パチパチパチ


「いやあ、実につまらない幕引きだね」



 ゴーマンが、さらに何かを呟こうとしたとき。

 どこか馬鹿にするような拍手の音が響きわたった。


「面白いものが見られるかと、期待してたんだけど。これでどうして、実に不愉快だよ」


 手を叩きながら、突如として誰かがゴーマンの傍に現れた。

 深く被ったフードで顔を隠した少年――アルバスだ。



「てめえ! よくも俺に、ろくでもない力を渡してくれたな!!」

「ふう。君にはがっかりだよ。来るべき大災厄に向けて、きちんと役割を果たして欲しかったんだけどね?」


 ゴーマンが、アルバスに掴みかかろうとするも、ヒョイっと(かわ)される。



「な――大災厄!?」

「『イベントコード実行:0x405 』 大災厄イベント!』」


 アルバスが何らかのトリガーを引いた。

 邪神のときと同じだ。

 この世の法則を()じ曲げて、何かが引き起こされそうな気配。



「せっかくだし、疑似的に『失われた兄弟の絆』イベントの後に起こしたかったんだけどね。不完全なイベントだけど、こうなったなら仕方ないよね?」

「アルバス! まさか、ゴーマンをお兄ちゃんに差し向けたのは!?」


「ああ、そうだよ。大災厄イベントの前座イベントを、疑似的に起こそうとしたんだ。一連のイベントを全部起こすのは、いくら僕でも不可能だからね」

「そ、そんなことのために――!」


 怒りに満ちた目を向けるリーシャに、悪びれもせず、アルバスは飄々(ひょうひょう)と答えた。



 アルバスが引き起きおこした大災厄。

 闘技場のど真ん中に、突如として巨大な魔法陣が現れた。

 禍々しく発光するそれは、強大な魔力を放ち、


「な!? あれは――ドラゴン!?」


 次の瞬間、どす黒い闇のオーラをまとう漆黒のドラゴンが空中に現れた。

 巨大なかぎ爪と、巨体を浮かせるだけの頑強な翼。

 見る者に原始的な恐怖を抱かせる凶悪な姿。

 

 


 グルゥオオオオォォォォォォォ!


 ドラゴンは咆哮を上げると、ギロリと僕たちに狙いを定めるのだった。

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