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リーシャも詳しくは知らない大災厄の詳細。
どんな現象なのか想像もつかない。
「大災厄って何なんだろうね? あいつの口ぶりからすると、意図的に起こせるものなのかな?」
「バグを利用して起こせる現象なのかしら。どちらにせよ、ろくなものではないでしょうね」
僕の疑問に、ティアもそう呟く。
リーシャが言うには、世界を生み出した女神様が、避けなければならないと口にする何か――それが大災厄だ。
「まずは、あいつを見つけないと話にならないか。でも、どうやって……?」
「ううん。アルバスはお兄ちゃんに挑んでくるよ」
「どうしてそう思うの?」
「アルバスは、お兄ちゃんに宣戦布告した。なら、お兄ちゃんと、正面からぶつかることを選ぶと思うんだ。大災厄は絶対にお兄ちゃんの前で起こると思うよ」
だから止めるチャンスは、絶対にあるはずだと。
リーシャは確信に満ちた様子で呟いた。
僕ならどうにかしてくれるはずだという、信頼に満ちた眼差しも。
「僕たちは、どうするべきかな。大災厄なんて、備えようもないよね?」
「そうね……。そんな大規模な事態に、私たちだけで挑むのも無理がある。いくらアレスでも、限界があるもの。だから――何が起きても良いように、戦力を集めるべきよね」
ティアは考え込むように腕を組み、そう呟いた。
何が起きても対応できなように、まずは戦力を整えるべき。
ティアの言葉は、正論ではあるが……
「そう言われても、僕たちが声をかけられる人なんて……」
所詮、僕はただの冒険者だ。
次期領主として期待されていた時ならともかく、今の僕に出来ることはたかが知れている。
「困ったね……。こんな不確かな話、とても信じてもらえるとは思えないよ」
「今さら何言ってるのよ、アレス。あなたは自分が思ってるよりも、ずっと信頼されてる。……そうね、明日は、朝一で冒険者ギルドに向かいましょう?」
自信のない僕とは対照的に、ティアは晴れやかな笑みを浮かべた。
◆◇◆◇◆
翌日、冒険者ギルドに向かった僕たちは、受付嬢にクエスト報告していた。
「おつかれさまです、アレスさん。Sランクダンジョンの探索依頼の調子はどうですか?」
「安心してください。今では、すっかり元通りです」
「はあ!? たったの1日で解決してしまったんですか!?」
予想もしていなかったと、受付嬢は目を丸くする。
しかし、僕たちが浮かない顔をしているのを見て、表情を改めた。
「その――信じがたい話かもしれませんが……」
そう言い、僕は切り出した。
ダンジョンの最奥部で、FランクダンジョンをSランクダンジョンに変貌させた人間が居たことを。
元のFランクダンジョンに戻ったのは、そいつが能力を解除したからで、次は「大災厄」という未知の危機が訪れるということを。
「あいつが口にした大災厄というのは何か分かりません。それでも、僕たちだけで手に負えるものだとは思えないんです」
「ダンジョンの最奥部でそんなことが……」
受付嬢は考え込むように言うと、
「私には手が余りますね――少々お待ちください。ギルドマスターを呼んできます」
「信じてくれるんですか?」
「当たり前じゃないですか!」
食い気味に返してくる受付嬢。
「私たちのギルドが、どれだけアレスさんたちにお世話になったことか。アレスさんたちの凄さは、嫌というほど知っています。アレスさんたちの手に負えないなら、世界中の冒険者が一丸になって立ち向かうべき事態です」
そんなあまりにも大げさな評価と共に。
僕たちは、ギルドマスターの執務室に通された。
「実は――(ごにょごにょ)」
「あのアレスさん達ですら、手に負えない可能性があるのか」
ギルドマスターの判断は早かった。
「分かった。すぐに全国の支部に呼びかけて、各都市の冒険者ギルドから、精鋭を派遣してもらうことにしよう」
即座に伝令役を呼び出す。
各地の冒険者ギルドに連絡を取るよう、テキパキと指示を出す。
1人でも多くの腕に覚えのある冒険者を、派遣してもらうためだ。
「すぐに緊急クエストを発令しよう。腕にある者は出来るだけ参加! 何が起きても対応できるよう、幅広い戦力を集める必要があるな」
「近くの冒険者も、集まってくるでしょう。指揮を取れる者も、必要になりますね」
ギルドマスターと受付嬢は、テキパキと話を進めていく。
信じがたい話だと思っていたのに。
どうやって説得しようかと悩んでいたのが嘘のように、どんどん話が進んでいく。
「ありがとうございます。まさか信じていただけるとは――」
「アレスさんの、これまでの功績を考えれば当たり前です!」
「そうだとも。大災厄などという前代未聞の危機――あらかじめ知らせてくれたことに感謝する」
深々と頭を下げるギルドマスター。
「だから言ったじゃない、アレス。あなたは、自分が思ってるより信頼されてるって」
「さすが、お兄ちゃん!」
呆然とする僕に、ティアが当たり前のような顔でウインクし、リーシャはぴょんと僕の背中に飛びついた。
リナリーはそんな様子を見て、どこか誇らしそうな顔をしている。
そうして、ギルドマスターの執務室を出た僕たちを迎えたのは、
「アレスさん! 私たちにも何か出来ることはあるか?」
「あなたたちに、何度も救われた命です。今度こそ、恩返しをさせて下さい!」
「アレスさんたちと共に戦えるなんて光栄です!」
こちらに熱心な視線を飛ばす冒険者たちだった。
ロレーヌさんたちを筆頭に、僕たちを取り囲まんばかりの勢いだ。
「はいはい、散った散った! 今から緊急クエストを発令します。受ける方は、こちらにお願いしますね!」
そんな光景を予期していたかのように、パンパンと受付嬢が手を叩いた。
何ひとつとして、たしかな情報もなく。
報酬すら提示されていないのに、我先にと冒険者たちはクエストを受注しようとしていた。
「あ、君たちはあの時の――!」
「はい、アレスの旦那! 覚えていて下さったなんて、光栄です!」
「アレスさんのおかげで、凄腕の傭兵と呼ばれて驕っていた自分に気が付いたんだ。修行し直して戻ってきた力――是非とも、役立ててくだせえ!」
それはカオススパイダーと戦う前に、僕とティアに絡んできた凄腕傭兵の2人組だった。
あの時の態度とはうって変わって、僕のことをキラキラした目で見ている。
「ど、どうしちゃったのよ。あんたたち……」
ティアは、ちょっぴり引き気味だった。
突如、発令された緊急クエスト。
普通なら敬遠されそうなクエストも、アレスの名前を聞きつけた多くの冒険者が、率先して受注したという。
そうしてティバレーの街に居る冒険者はもちろん、近くの都市からもベテランの冒険者が集まってきて、大災厄と呼ばれる「何か」に立ち向かう体制が整っていくのだった。






