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そうしてたどり着いた最奥部。
ボス部屋に入った僕たちが見たのは、かつてここで邪神を復活させた少年であった。
深々とフードを被った少年。
その表情をうかがい知ることは出来ない。
「また君たちか。懲りずに、こんな場所まで来るとはね?」
「Fランクダンジョンが、突如としてSランクダンジョンに変貌する。そんなこと、普通なら有り得ないからね」
カオス・スパイダーを倒した後に、僕たちを飲み込もうとした黒い染み。
それに近いものを感じる黒い球体が、少年に付き従うように、周囲ををぐるぐると回っていた。
「お兄ちゃん。どうか気を付けて」
「分かってる。どう考えても、普通じゃないよね」
リーシャが、僕の背中を掴む。
圧倒的な存在感。
僕は冷や汗を流しながらも、少年の挙動を見逃さないよう意識を集中する。
「それで、何をしに来たんだい?」
「もちろんバグを倒しに。こんな異常事態、放ってはおけないもん」
「ふ~ん。こんなダンジョンの最奥部までご苦労様なことで。デバッガーお得意の自己犠牲精神かい? 良かったじゃないか、リーシャ。良い弟子が見つかって」
「――!?」
少年が突如として呼びかけたのは、僕の背後に隠れているリーシャだった。
ビクッとしたように、リーシャが肩を震わせる。
「アルバス! あなたの考え方は、やっぱり間違ってるよ!」
それでも観念したように前に出ると、リーシャは少年――アルバスにそう呼びかけた。
「何が間違ってるっていうんだい? 僕たちが手にしたのは、世界を自由に操る力だよ?」
アルバスはパチンと指を鳴らす。
まるで手品のように少年の目の前に、モンスタが現れた。
それは、元々このダンジョンに生息していたダンジョンコウモリ――Fランクのモンスターだ。
再度、パチンと指を鳴らす。
するとコウモリは、ぐにゃりと変形していく。
じわじわと巨大化していき、やがて現れるのは巨大な一つ目の怪人型モンスターのダンジョンサイクロプスに変貌した。
「な、何てことを!? それじゃあ、このダンジョンに、危険なモンスターが住み着いているのは……!?」
「そうだよ。それなのに――おまえはことごとく、僕の計画を邪魔をしてくれたね」
アルバスのゾッとするような冷たい目が、僕を貫いた。
「そうだよ。初代・デバッガーであるこの僕――アルバスが、このダンジョンをSランクダンジョンに作り替えたんだよ」
まるで明日の天気でも語るように。
アーヴィン領に、突如として現れたバグ・モンスターも。
森に現れた状態異常「狂暴化」が付与されたトレントの群れも。
――自分こそがすべての元凶であると、少年は楽しそう語った。
「おまえは、そこの出来損ないと違って、随分とデバッガーの能力を使いこなしてるみたいじゃないか」
少年は、リーシャをあごで指す。
怯えたように後ずさるリーシャを庇うように、僕は一歩前に出た。
「僕の大切な妹に向かって、出来損ないとは……。ずいぶん好き勝手なことを言ってくれるね?」
「だってそうだろう? そいつは最後まで、デバッグコンソールへのアクセスすらおぼつかなかった。それなのに、いっぱしに正論ばかり吐きやがる。寒気がしたね」
前世で少年とリーシャは知り合いだったのだろうか?
リーシャはバグに呑まれて消え、この少年はこうしてデバッガーの能力を自在に操り、ダンジョンを好き勝手に弄っている。
何があったかなんて、関係ない。
リーシャの敵であれば、こいつは僕の敵だ。
敵意に満ちた僕の視線を受けても、少年は飄々としていた。
「ねえ、考えてもみなよ? 僕たちの力は、世界を自由に操れるんだ。僕たちは世界を好きに操る権利を手にしたんだよ。それなのに、どうして女神様とやらのために、手を尽くさないといけないんだい?」
「違うよ、アルバス。あなたは、本当はそんなこと――」
「黙れよ、リーシャ。おまえには、もう用は無い。僕は、今代のデバッガーと話をしてるんだよ」
懸命に話そうとするリーシャを、ひと言で切り捨てる少年。
「アレス・アーヴィン。これまでの努力を、外れスキル持ちというだけで軽んじられ、更にはバグから世界を救うなんて役割を押し付けられた。そうだろう?」
「それは違うよ」
「どこが違うっていうんだ、君を追放したアーヴィン家の連中が憎くないのかい? 僕と手を組めば、世界を好き勝手に弄べる――僕たちに不条理を押し付けた相手に、目にもの見せてやるんだ。楽しいと思わないのかい?」
そう言って少年は僕に手を伸ばす。
まるで表情1つ変えず、少年はひたすらに無邪気な笑みを浮かべていた。
まるで、すべての感情を、どこかに置き忘れてしまったような笑顔。
いいや、違う。
あれはすべてを押し隠しているだけで――
「本当にそう思うなら。どうして、君はそんなに悲しそうな顔をしてるの?」
訪れるのは沈黙。
僕の言葉に、少年はそっと目を背けた。
「くだらない。そんなことに能力を使うなよ?」
「使ってないよ。そんなに空虚な笑みを浮かべて……。少しはリーシャの楽しそうな生き方を見習ったらどうだい?」
リーシャは胸を張って生きている。
楽しそうに、無邪気に。
――その笑みには迷いがないのだ。
「デバッガーの能力は、その気になれば世界を自由に書き換えられる力だよ。悪用すれば何だって出来ることは、僕だって分かってる。だからこそ、君を見過ごすことは出来ないよ」
「そうかい。おまえが、あくまでデバッガーであることを貫くなら……。もうじき『大災厄』が起きる。止められるものなら、止めてみるが良いさ」
アルバスは、そう言うと。
静かにダンジョンから立ち去るのだった。






