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アレスの婚約者であるティアが、アレスを追いかけてしまったということを告げられて数日後。
俺は、イライラと日々を過ごしていた。
「ゴーマン様、【極・神剣使い】のスキルは使わなければ、真の効果を発揮することはありません。今すぐにでも剣の稽古を――」
「今日は気分が乗らないな。このスキルはLV1の時点で、剣士だけでなく剣聖のスキルすら使えるようになる。修行の必要がどこにある?」
俺に口うるさく声をかけてくるのは、アレスの剣の師匠だった男だ。
元は冒険者をしていたらしい。
今では隠居している良い歳のおじいさんである。
ふん、冒険者上がりか。
俺はこの男のことを、内心で見下していた。
なぜアーヴィン家の当主ともなろう俺が、たかだか冒険者から教えを乞わねばならないと言うのか。
父上から許可が下りたら、さっさとクビにして宮廷騎士を呼びたいところだ。
この男はアレスのことを、随分と気に入っていたらしい。
おおかたアレスを追放した俺のことが憎くて仕方がないのだろう。
「スキルがいかに優れていようとも、使わなければ宝の持ち腐れでございます」
「なんだと……?」
宝の持ち腐れ。
こいつは俺のスキルに嫉妬しているのだろう。
最近では屋敷の中でも、俺がたまたま良いスキルを手にしただけだ、という陰口も聞くようになった。
せめてアレス様が残っていて下されば、などという外れスキル持ちのクズに対するくだらない評価も。
そんなくだらない評価は、俺が実力を示せば、すぐにでも黙らせることが出来るだろう。
「そこまで言うのなら、【極・神剣使い】のスキルの力、とくと貴様に見せてやろう」
俺は、不敵な笑みを浮かべる。
俺の実力が理解できないから、この頑固者の剣の師匠はとやかく言うのだろう。
たとえかつては冒険者として名をはせていたとしても、関係ない。
「それでは庭で、実戦形式の稽古と参りましょうか」
「望むところだ!」
俺は獰猛に笑う。
この【極・神剣使い】の力、とくと見せつけてやろう。
意気込む俺は、この男を叩きのめして力を示す未来を疑いもしなかった。
◆◇◆◇◆
「訓練は実戦形式だ! 応じてくれて助かったぜ!!」
俺は模擬戦用の木刀を手にして、師匠と向き合っていた。
【極・神剣使い】のスキルが、俺に力を貸してくれる。
剣士だけでなくレアスキルの剣聖で使えるスキルすら、今の俺は自在に放つことが出来るはずだ。
本当に恐ろしいスキルだ――
「無駄口は良い。どこからでもかかってきなさい」
「後悔するなよ!」
目の前の男は、まるで表情1つ変えなかった。
俺は剣を大きく振りかぶり、自らの本能に従いスキルを発動した。
「『瞬破ッ!』」
いっきに間合いを詰め、急所に突きを入れる剣聖のスキルだ。
案の定、師匠は構えすら間に合わない。
「もらった!」
「フェイントも何もなく、まっすぐ突っ込んでくるだけとは……。そのような単調な動き、避けてくださいと言っているようなものです。――がら空きですぞ!」
しかし俺の剣は、あっさりと空を切った。
師匠の姿がぶれ、一瞬で回避されたことを知る。
呆然とする俺に、背後から剣が突き付けられた。
「てめえ! どんな手品を使いやがった!」
「普通に避けながら死角に回り、普通に剣を突きつけただけですよ?」
淡々と返す師匠。
「これでも、まだ【極・神剣使い】のスキルがあれば、稽古など不要だと言いますかな?」
「黙れ! こんなこと、認められるか!!」
超レアなスキルを手にした俺が、隠居した冒険者ごときに負けるはずがない。
つまり目の前の冒険者は、ズルをしているはずだ。
俺は即座に、そう結論付けた。
「アーヴィン家の当主たるもの、まずは強くならねばなりません。ゴーマン様、こうなってしまった以上は、あなたに強くなって貰わねばなりません」
「黙れ! 俺は貴様から教わることなど何もない!」
俺はそう叫ぶ。
半ばヤケだった。
【極・神剣使い】のスキルを手にした俺は、誰よりも強くなるはずだった。
こんな隠居した男が、俺よりも強い――そんなことを認められるはずが無かった。
◆◇◆◇◆
そうして、俺は部屋に戻った。
今の屋敷の居心地は、お世辞にも良くはない。
父上は、次期領主としての教育を受けるように口うるさく言ってくる。
ムーンライト家の使者への態度を見て、これは一刻も早くどうにかしないと、と思ったとのことだった。
「くそっ。こんなはずじゃなかったのに――」
アレスを追い出すことで、俺がそのまま次期領主の地位を手にするはずだった。
圧倒的な剣の腕で、みんなから尊敬される地位を手にするはずだったのだ。
しかし屋敷の使用人が、俺を見る目は冷たい。
誰もが今では、アレスこそが次期領主に相応しく、俺はたまたま当たりのスキルを手にしただけのボンボンだと思っている。
更には、剣の腕があるから見過ごされてきたわがままも、これからは許されなくなる可能性が高い。
なんせ俺が師匠に手も足も出なかったという事実も、瞬く間に屋敷中に広がったからだ。
ささくれだった心を癒してくれるのは1人だけだ。
「リナリー! 早く来い、リナリー!」
俺のお気に入りのメイド。
父上にわがままを言って、専属にしてもらったのだ。
リナリーもまた、外れスキルを持って生まれてしまったがために、使用人として出されたメイドである。
それにも関わらず専属メイドとして取り立ててやった俺に、感謝して一生尽くすに違いない。
そう思っていたが――
やってきたのは1人の執事だった。
「それが――申し訳ありません。リナリー様は今日付けで退職届を出されており……置き手紙には『アレス様の下に行く』とだけ」
……は?
俺は目の前の執事が何と言ったのか、まるで理解できなかった。






