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青空旅行記  作者: 秋月
二章 本の国ルィノカンド
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六十話 疑問と予感

 来た道を歩いて戻りながら、二人は少しの間問答をしていた。というのも、突如としてあいた落とし穴、そして原因不明の地震についてである。


 本当に自然現象としての地震であればいいが、それと同時に、今まで開かなかった落とし穴――それも、魔法によるもの――が起動したとなれば、自然現象と割り切るには少し偶然が過ぎた。


「調査目的の不審音は揺れによるものだったんだろうが、しかし……」

「揺れが何によるものだったのかは、依然として不明だな」


 マーガレットは辺りをじっと睨むように目を細めながら思案を続ける。時折それに相槌を打ちながら、ディロックも同じことを考えていた。


 揺れが自然なものではない、つまり何かの力によるものであるならば、恐らく相手は人間ではあるまい。


 地震を起こす魔法というのはあるが、それはあくまでも小規模なものにすぎず、精々が足元を不安定にする程度の効果しかない。小細工には向くが、かなり巨大な遺跡を揺らすには不十分だ。


 しかし、そうなると一体、どんな存在がその現象を発生させたのか? 情報が足りず唸るディロックは、ふと思い立って、マーガレットへ話しかけた。


「そういえば……良く落とし穴が起動したものだな。かなり昔のものだろうに」

「魔法のものであれば劣化はないが……確かにそうだな」


 彼女もまた考えが詰まっていたのか、あるいは別の理由かは分からないが、ディロックの言葉にすぐ返答した。


 そして彼女は、待てよ、と一人呟き、指を顎にあてた。何事かと思ってディロックが彼女を見ると、ちょうどその時マーガレットも振り向き、目が会った。彼の視線の先には、真実を見据えようとする真剣な瞳があった。


「ディロック、あの罠は魔法式のものだな? 私も探知できなかったが」

「ああ。専門外だが、俺が見逃していなければ、恐らくそうだろう」

「……となると、起動には魔力が必要だ。この遺跡に魔力の貯蔵はもう残っていないはずだが、起動の為の魔力は何処から持ってきた?」


 魔法式の罠は、至極複雑な構造をしている。術に術を連結し、魔法陣をいくつも重ねて、ようやく効果をなすのだ。


 その関係上単純に魔力を注ぐだけでは機能しない。製作者以外分からないような難解極まった手順を踏むか、あるいはその手順さえも凌駕するような、それこそ上記を逸した量の魔力が必要だ。


 前者は時間の経過を考えればありえない。となると、後者――大きな魔力が流れ込んだという事に成る。


 魔法式の罠を無理やりに動かすような膨大な魔力があれば、地震が起きたのも納得できるというものである。マーガレットはそういいきって小さく頷いた。


 しかし疑問は残る。それは、つまり魔力の正体である。


 これには、二人して首をかしげた。巨大な魔力が飛来したことは間違いない。ないが、そうなるとその魔力は一体何処から来たのか?


 魔力とは世界の理を揺るがす力の源だ。本来、世界とは相容れないものであり、特殊な処理を施さなければそう長い間現世に留まることは出来ない。


 例外と言えば、霊魂や怨念を元に動く亡霊(ゴースト)、魔法使いの使う魔法、そして貯蔵用の細工が施された貯蔵庫(タンク)程度のものである。


 一度魔法として振るわれれば、本来曲がりえないはずの(ことわり)を揺るがす程の力を持つ魔力だが、しかし同時に脆い力でもあり、何かに指向性を与えられなければ簡単に霧散してしまうものでもある。


 故に、無作為に魔力が飛ぶという現象は存在しない。


 これは、多少かじった程度の知識しかないディロックにさえ分かる程、初歩的なことなのである。ましてその道の専門家であるマーガレットも、それは重々承知の上であった。


「魔力をそれだけ浪費して、落とし穴一つ起動するだけだと? いくらなんでも割に合わん」

「しかし、落とし穴が起動したのは確かだ」


 唸るように思案を続ける彼女に、ディロックは相槌一つ打って、そこでふと思い立つ。


 ――前提が、違うのでは?


「……もっと奥の方……つまり、何処かへ向けて放った射線上に此処があった、という可能性は?」

「ない、とは言い切れんな。しかし……だとすれば何処から何処へ?」


 問答を続けながら遺跡を歩ききって、二人の体は行き成り陽光の下へ晒された。急激な眩しい光に、暗闇に慣れた目が(くら)み、彼は思わず目を閉じる。それから、太陽に手を掲げて、晴れた景色を眺め直した。


 二人してずいぶん歩いたと思っていたが、真っ暗闇で時間の感覚がおかしくなっていたらしい。太陽の位置を見合わせても、入ってから二時間、三時間ほどしか経っていないようだった。


 マーガレットの顔には酷い疲れが表れており、少し先にあった木立の方まで歩くと、そっと腰を下ろしていた。


 体以上に、精神が疲弊していたのだろう。なにせ、ただの人間は暗闇の中を歩くようには出来ていない――暗視を持つディロックでさえ、長時間の視界不良にほとほと疲れ果てていた。


 糸が切れたように座り込みながら、どこか呆然とした風に、まぶしい、と彼は呟く。彼女もそれに気付いて、そっと空を見上げ、そしてそうだなと小さく返した。




 とはいえ、ずっとそうしている訳には行かない。昼前、ほのかに暖かい日差しの中、二人はどちらとも無く立ち上がり、街へ向かって歩き出した。


 足を動かしているだけの間は基本、何もすることが無い。となれば、口が開くのはごく当然のことだった。


 しかし二人も別段、そこまで親しいという訳ではない。その上どちらも、根が寡黙だ。


 ディロックの持つ話の種は、どれもこれも長話にしかできないものばかりである。となると、話題はすぐに先ほどの現象のことへと戻っていった。


「出所は分からないが、心辺りはある。君は以前話した、謎の魔力について覚えているかね?」

「……十数年に一度、集まった魔力で災害が起きるという、あれか?」


 うむ、と短い返答があって、彼女はとんがり帽子の位置を軽く正しながら、言葉を続けていく。


「大災害を起こすほどの魔力であれば、通過するだけで魔法式の罠を起動した可能性も頷ける」

「なるほど」


 地をゆるがし、風をかき乱すほどの膨大な魔力。そう聞けばたしかに、通過するだけで何かしらの問題を引き起こしても、違和感はあまり感じない。


 それに加え、専門家である魔法使いのマーガレットがいう事だ。少なくとも、自分のあいまいな推論よりはずっと信頼できるだろうと思って、彼は納得した。


 しかし、まだ疑問は残っていた。


「……経過しただけ、か。なら、本来は何処へ向かっていたんだろうな?」


 すなわち、巨大な魔力が、いったい何処を目指して飛んでいたのかという事である。


 これが自然現象であれば、そういうものと割り切って口を閉ざすこともできただろうが、しかし魔力が絡むとなれば話は別だ。何処かしらに、何かの意思が宿っていることの証明なのだから。


 大勢の学者が考えてなお結論の出ないことである事ゆえに、考えても仕方が無いのだが、それでも問い掛けずにはいられなかった。


 するとマーガレットはふっと黙り込み、俯いた。様子をちらと確認すると、顎に手を添え、少し考え込んでいるようである。それを見た彼は、ならば警戒に務めよう、と前へ向き直った。


 彼も考察が出来ない、という訳ではないが、しかしより得手とするものが横に居るなら、そのものに任せれば良い。ディロックはその程度に考えていた。事実、その選択もそう間違ったものではない。


 しばらくして、マーガレットが口を開いた。


「さてな。私自身感知できなかったがゆえ、あまり確信を持っては言えないが……」


 そう言って言葉を切り、彼女はふっと前を見据えた。その顔は苦虫を噛み潰したような酷くけわしいもので、彼もまた目的地の方へと目を向ける。ぞわり、と寒気に似た何かが二人の首筋を走っていった。


「少し、嫌な予感がする」

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