五十一話 古き時代のゴーレム
「いやはや、思ったよりも腕が立つ用で何よりだ」
そんな事をのたまいながら後方を進む魔女に、ディロックは、お互い様だろう、と小さく呟きながら納刀を行う。彼女にも聞こえる声量だったが、マーガレットはあえて無視することにしたらしい。
「剣主体なら、ゴーレムの足を止めてくれるだけで充分と思っていたのだが。まさか石を刀で"斬る"とは……刃こぼれしないのかね?」
その言葉に、彼はちら、と自分の刀に目を落とした。
確かに斬ったが、刃こぼれするような斬り方はしていないはずだ。剣自体の品質も良く、それこそ石を両断した程度ではさしたる損傷も無い。
問題は無いはずだ、と小さく頷くと、彼女は少し呆れ気味にとんがり帽子の位置を直した。
「風の噂で聞く斬鉄剣は、ただの例え話だと思っていたのだがな」
「鉄はまだ切れん」
だが、技量と剣によっては。ディロックの言葉の裏にある、準備さえあれば鉄をも斬れると謳う意思と自信に気付き、マーガレットはため息を吐いた。
「まあ、良い。行こう、先は長い」
適当に頷くと、邪魔なゴーレムを通路の脇へとけり転がし、ディロックは歩き出した。カンテラの火がその動きに合わせてかすかに左右に揺れる。『光明』の光も、それに追随して動き出した。
体力の消耗はあまり無い。剣を振ったのは一度きり、マーガレットもまた、魔法を使ったのは一度きりだ。平然と歩いているところを見れば、少なくともそれなりに余裕があるという事は分かった。
互いに大した疲れも無いので、そのまま未調査領域をゆっくりと歩いた。時折、製図の為に時折立ち止まりこそするが、それでもかなりのスピードで進んでいると言って良い。
無駄な会話こそはさむが、マーガレットの道案内が途切れる事も、ディロックの先導の足が止まることも無い。
それは一重に、二人の経験量ゆえである。
マーガレットはこの遺跡だけではなく、様々な遺跡を巡ったことだろう。何せ本の国の冒険者、よその者たちよりもずっと好奇心は強い。実力も高く、そういった調査の機会に恵まれる事は少なくなかっただろう。
何度もやれば慣れる。人間とは得てしてそういう物だ。
ではディロックはどうかといえば、その真逆だ。あまりにも経験が少なすぎ、逆に迷う事がない。
なにせ、旅の途中で遺跡に寄るにしても、全体が露出している廃神殿などが精々だ。古代文字の翻訳は出来るが、そう数を数をまわったわけではなく、ましてや専門家の随伴などしたことが無い。
故に、彼には何をして良いか分からないのである。何をして良いか分からないが、しかし横には準専門家がいる。自分よりもよっぽど頼りになるのだから、その案内を聞いて歩けば良い。安直な結論だった。
彼女もまた、魔法による周辺警戒を維持する必要が無いというのは非常に楽だった。
互いに互いで楽をしながら、彼らは順調に調査を進めた。
そうしてしばらく、およそ三時間ほどが経過した頃。不意にマーガレットが、ん、と小さく呟いた。
「どうした?」
「……いや、なに。魔力を感じたのだよ。古いな……封印、いや、休止状態にあるか。反応はゴーレムに似ているが……ふむ。」
ぶつぶつと何事かを呟いて、マーガレットは一人沈黙し、足を止める。まさか、仮にも依頼者たる彼女を放置して一人で行くわけにも行かず、彼も自然と停止した。
「ディロック。もし、私達が入ってきた入り口が本来、裏口のようなものだとしたら、表口付近にあるゴーレムの用途はなんだと思うかね?」
そこで俺に聞くのか、と思いながら、ディロックは己の頭を回転させ始めた。
まず前提として、裏口には居ない者、という事だ。裏口は大体、非常時のための逃げ口として用意されている。逆に侵入しやすくもある為、警備もまたしっかりと配置されているだろう。
なら、表口は。おそらく反対に、警備ゴーレムという可能性は低い。
何せ、人が頻繁に出入りする場所なのだ。あまり図体のでかいものを置くと、通行の邪魔になる。それは大なり小なり同じだ。もし警備を置くとしても非常時にしか出てこない類のものだろう。あるいは人間だ。
となれば、警備用以外で、しかし表口に配置する価値、もしくは必要のあるゴーレム。
ここが記録碑だというのなら、作業用ゴーレムはおいていないだろう。使い終われば消してしまえば良いのだから。
記録碑を見る者たちも居るはずだ。なら、表口に存在するゴーレムと言うのはつまり、その者たちの為にあると考えていい。
そこまで考えて、ディロックには二つの案が浮かんだ。
「案内用、あるいは、受付用、といったところか」
「私も同意見だ。そして、どちらかといえば案内だろう、と思っている」
でなければ、ここはあまりにも広すぎる。
小さく呟いた彼女の言葉に、彼もまた、小さく頷いて返した。多くの壁画を見ながら歩いてきたが、地図への書き込み、調査の為の時間を省いても、この遺跡を歩いた時間はかなりのものになる。
ここが記録の為の施設なら、人が見に来ることが前提で作られているはず。冒険者に比べれば体力の無い一般人に、ろくに地図もなくこの広大な遺跡を歩けというのはあまりにも酷な話だ。
となれば、案内役の出番だ。古の魔法技術であれば、ゴーレムに複雑な命令を刻みこむ事も可能だったという。逐次命令しなくても、ある程度のことは自分で考えて行動できたのだと。
であれば、案内役が務まらない道理は無い。まして、いかに行動が複雑化してもゴーレムはゴーレム。与えられた知識や記憶を失うという事はありえない。適任といっても過言ではなかった。
「ひとまず、警備用では無いだろう事は推測できる。行ってみるとしよう。引き続き頼む」
「分かった」
ディロックはそう言って、刀の柄に手を添えながら歩き出した。
広間に出ると、音もなく『光明』が進み出て、その中を照らす。
かなり広めに作られたそこは、おそらく、エントランスか何かだったのだろう。むこう側には瓦礫と土で埋まった出入り口が見えた。
しかし、ここに旧文明の繁栄の影は無い。長い年月で降り積もった土埃と塵と、崩壊の痕だけが色濃くのこっている。ディロックは周囲を警戒しながら、一歩踏み出した。
足元から埃が舞い上がってくるのを、軽く口を塞いで防ぎながら、また一歩、前へ。
少し前まで出たところで、マーガレットの方を振り返る。彼女は手拭か何かを口に巻きつけ、防塵対策をしているところだった。
そうしてその広間を見渡してみれば、年月の重みを感じる石材の変化の他に、たった一つだけ、ぽつねんとそれが立っていた。
それは人に似ていた。否、そっくりと言っていい。左目が真っ黒になっていること、右腕から先の皮膚がはがれ、鉄製の骨格が見え隠れしていることを除けば、ほぼ人間といって差し支えないだろう。
マーガレットも彼の視線をおって気付き、そして目を細めた。
「幸運だな。これほど脆弱な素材のゴーレムが、まだ稼動しているとは」
「……生きているのか? その……これは?」
あまりにも人間に似たそれを見たディロックの曖昧な問いかけに、うむ、と彼女は頷いて返す。
そんな彼らの動きにようやく反応したのか、人型ゴーレムはぎこちない動きで体を動かすと、にこりと微笑んで見せた。壊れた顔、壊れた体で。彼女もまた、その動きに、一瞬眉を動かした。
ディロックは、古い時代の言葉を繰り返し呟くその姿が、酷く目に焼きついたのを覚えている。




