五十話 遭遇
こつ、こつ、こつ、こつ。
硬いブーツが地面を打つ音が響く。二人分だ。二つの明かり――『光明』とカンテラによるものだ――によって照らされるのは、褐色肌の戦士と、とんがり帽子を被った魔女である。
無論それはディロックとマーガレットの事であり、二人は順調に遺跡の奥へと歩を進めていた。
暗闇を見通す目を細め、前方をくまなく警戒しながら、ディロックは思う。この遺跡にはあまり大規模な機構やその跡が見られないな、と。
ともすればスイッチ一つで通路が回転するような、魔法式、機械式問わず大規模な罠や仕掛けが平然とあるのが古き遺跡と言うところで、その為のひずみはどうしても生まれてくる。
回転の余裕の為の切れ込み。開閉するが故に磨り減った床、叩くと音の違いが分かる壁などが代表例で、分かりやすく血痕が残っているような場合もある。
長い間整備もなく使われなかった仕掛けの中には、そのまま機能を停止してしまったものもある
それらは基本、何かしらを奪われない為に存在しており、自然とこの遺跡は価値のある"何かしら"を保存しているわけではないという結論に至れる。
ではこの遺跡は何なのか、と言うところまで至ると、彼の視線はおそらくそれらの情報を持っているであろうマーガレットへと向いた。
その視線を知ってか知らずか、彼女は不意に口を開いた。
「ここは何かしらの記録碑のような物らしい。確証はなく、およそ推測の領域を出ないものではあるがね」
記録碑、とディロックは小さく呟いた。
すなわち、この遺跡自体が何かの事象を記録し、書き記したものである、と言うことか。それほど大規模な記録ともなれば、国家事業に相当するものであり、つまりかなり――歴史的に――重要な遺跡なのだろう。
そんな所に部外者を入れて良いのかと今更ながらに思ったが、誘った本人はなんのその、さも当然のような顔付きで歩いている。
――まあ、何も言わないのなら、良いのだろう。
適当なところで考えを切り上げると、ちょうど広間に出たところであった。もう少し進めば、未調査区域に行けるはずである。
広間といっても、通路と大して代わりはない。だが、通路とあからさまに違うのは、その空間の広さだ。横幅はおよそ十メートルほどで、奥行きもおよそそのぐらいだろう。
狭苦しさこそ感じないが開放感も感じない通路と比べれば、格段の広さである。しかし、ディロックは顔をしかめて立ち止まった。
「……む、どうした?」
「ああ、いや。足音が聞こえる……人間のじゃない」
会話をやめ、耳を済ませる。――足音からするに金属質、大型。足音の間隔的に二足歩行ではあるようだが、少なくとも人ではないだろうと推測できた。時を同じくして、マーガレットもまた顔を下げて思案する。
金属、大型、二足、そして先んじて得ていた情報から考えれば、おのずと答えは出た。
「ゴーレムか。巡回しているようだな」
「ふむ、巡回行動は報告されていなかったが……しかし、ココから先は未調査区域。そういったことがあってもおかしくは無いか」
というか、と言って、マーガレットは顔を上げた。
「聞こえるのかね、ここから」
「生まれつき目と耳は良い。村一番はもっと聞こえたし、見えたが……」
そう言ってディロックは剣に手を掛け、歩き出した。メイスは以前壊れてしまったままで、金も足りず、結局対ゴーレム用の近接装備は用意できなかった。
その代わり、今日は背嚢を持って来ていた。かなり昔から愛用してきている品で、実は少し止め具をいじるだけで簡単に地面に落とせるようになっている。
荷物の中には旅具や非常食、攻撃用の魔法の品などが詰まっている。武器の不備を加味しても、ゴーレム程度に遅れは取らない。
マーガレットもそれを見て、少し思案した後、その背について歩きだす。暗闇の中、二つの光源が揺れながら動いて行った。
しばらくそうして歩いていると、ディロックは足音の主が段々とこちらへ近づいて来ている事が分かった。彼女もまた気付いたらしく、杖を握りながら小さく呟いた。
「来るようだ。通路を歩いているあたり、小型のものらしいが、くれぐれも油断はしないでくれたまえよ」
「無論だ」
彼は剣を抜き放つと、そのまま背嚢から二つ道具を抜き出すと、そのまま地面に落とす。
彼らが臨戦態勢を整える中、通路の奥、暗闇の向こう側から、それはのそりと姿を現した。
それは一見すると、人にも似た形をしていた。しかし、足の短さに対して上半身が大きすぎる。また、頭も存在しない。胴体と同じほど太い腕もあいまって、どちらかといえば剛猿に似ている。
小人の下半身に人間の胴体を乗っけたかのような、驚くほどの不整合さを放つそれは小型の魔法人形で、巡回などを主な任務として動きまわる物だという。
魔法的な力はあまり持たず、作業用の道具としての扱いが多い。力も他の魔法人形と比べると強いとは言えず、精々が戦士一人分程度だろうか。
ゴーレムを扱うような魔法使いにとっては、見習いを卒業するぐらいには作れるようになっている代物であり、正直に言ってしまえば強くは無い。
それが三体。無論、駆け出しの冒険者の一党であればそれなりの相手になるのだろうが、熟練の腕を持つものにとっては大した脅威足りえない。
少し気が抜けるのを感じながら、それでも彼は油断なく刃を構えた。カンテラと『光明』に照らされて、銀の刃がギラリと光る。
それと同時、マーガレットもまた杖を前に突き出して構えた。呪文一つ唱えていないというのに、杖の先端に魔力が漂い始めているのは、熟練の証だろう。
「確認だが、あれは壊して良いんだな?」
「うむ、構わん。古代の魔法で出来たものだが、現代のものと変わりは無いのでな」
暗に用途は無いと告げて会話を切り上げ、マーガレットは静かに詠唱を始めた。ディロックもそれきり口は開かず、膝を曲げ、姿勢を下げて、戦闘態勢をとった。
まず先制を取ったのはディロックだ。いまだこちらを認識で来ていないゴーレムに対し駆け寄ると、その腕が動くよりも早く、斜め下から刀を振りぬく。
完璧に刃をたて、滑らかな動きで振られた曲刀が走り、キンと僅かな金属音。ゴーレムはその場で動きを停止した――胴体ごと動力源である核が真っ二つにされたからだ。
ただの障害物と化したそれを蹴り飛ばしながら、ディロックは残った二体が攻撃してくる気配を感じて、即座に両腕を防護とすべく掲げた。
質の良い篭手は、持ち主の信頼に答え、がっしりとゴーレムの腕を受け止めた。
たとえ並の戦士二人分に相当する力であろうと、膂力自体はむしろ勝っている上、力の使い方で言えばディロックの方が断然長けている。負ける道理は無い。
そして完全に攻撃を受け止めた彼にニ撃目が飛ぶより先に、マーガレットが強い語調で言い放つ。
「伏せたまえ」
彼はそれに逆らわず、受けていたゴーレム二体の腕を受け流すと、そのまま転がるようにしてすり抜けた。
ゴウン、と、強風が突き抜けるような音と感覚。すぐさま立ち上がって反転すると、丁度核を完全に打ち抜かれたゴーレム二体が、たったまま動かなくなって居るのが見えた。
穴の様子を見るに、恐らくは『炎矢』だろう。しかも、術そのもの精度が高く、二発同時に行使しているにもかかわらず、核以外の部分をほぼ傷付けていないのだから、見事といえる。
「ふむ。少し強すぎたか?」
最後の一撃を放った本人のそんな言葉を最後に、遺跡内最初の戦闘はそれで終わった。




