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青空旅行記  作者: 秋月
五章 白き山マーダヴァ
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百五十話 調査

 マーガレットの言葉で、すぐさま調査隊が組まれる事になった。戦える人間として、ディロック、マーガレット、オヴァト、それから村の若者二人。加えて調査の確認者として、山慣れした老人が二人が選ばれた。


「すぐさま調査すべきなのか?」

「ああ。狼に混沌の敗残兵がとりついたのか、はたまた穴からはみ出てきたのかは定かではないが……()()()とこちらをつなぐ穴が開いているのであれば、すぐさま塞ぐべきだ」


 ――"混沌(ケイオス)"。そう呼ばれる怪物たちが現れて、もう何百年もたつ。生き物は世界の侵略者に対して団結し、人が、獣が、竜が、手と手を取り合って抗った。そして再び、混沌の世界へと叩き返したのだ。


 残ったいくらかの残滓も、旅人たちの頂点、誉尊き"冒険王"ジャンがその旅路の中でほとんどを滅ぼした。今では、二度と解けぬほどに封印された怪物たちと、封印されるまでもなかった木っ端連中が残っているばかりだ。


 しかし、"穴"が開いたというのであれば、それは由々しき事態である。


 なにせ、あれらは人間を未だ恨んでいる。多くを失い、失ったまま混沌の世界へ逃げ帰る他なかった混沌の手先は、手を変え品を変え、再びこの世に混沌を招かんとして暗躍している。その入り口を残しておくというのは、どう考えても悪手であった。


「はてさて、どう探すべきかな。混沌の穴が魔法探知に引っかかるといいんだがね」

「……山は広い。高低差もある。あまり期待はするな」

「ありがとう、ご隠居。となると、目撃証言なんかをたどった方がいいのだろうが……まあ、いないだろうな」


 マーガレットはぶつぶつと考えを垂れ流しながら、それを自分で否定した。


 まぁ、それも仕方あるまい、とディロックは思う。なにせ、目の前は一面の銀世界だ。次の一歩が、雪に隠れた穴を踏み抜くことさえある、美しく見えて危険な世界なのだ。


「……いや。目撃情報は集められるかもしれない」

「なんだと?」

「雪山深くに人はいないと思うぞ、ディロック」

「人じゃなくても頭が使えるやつはいるだろう。雪山猿はどのあたりだ?」


 ぎょっとしたような目線で見る村の者たちとは反対に、オヴァトは顎で方角を示し、先導しだす。彼はそれに従ってのしのし歩きだした


「……君、何をやる気だね?」

「交渉だ」




 雪山の岩肌が近づいてきた。ひんやりとした鼠色の岩肌には、ごつごつとしたでっぱりがあり、無機質な拒絶を調査隊の目に移す。


 そして、デコボコとした岩の壁には、大きな穴が一つ開いており、ところどころ擦り減ったり削れたりした形跡が見える。よく見ると、その近辺にある石のとっかかりにだけ苔などの付着物がない。間違いなく、雪山猿の住処であろう。


 ディロックは臆さずのしのし進んでいくが、村の者たちはおっかなびっくりだ。雪山猿の習性を説明してから、わざわざその危険域にまで足を運ぼうとしているのだから、当然といえば当然だった。


「ここいらだな。待っていてくれ」

「ああ、まぁ、それはいいがね。君も気を付けたまえよ?」


 少し不安そうなマーガレットの声を背に、彼はまた二歩、三歩と近づいた。わざと音を鳴らすように大きく足を動かせば、ザザザッと雪をかき分けてくる気配があった。


 崖を見上げる。雪の積もった崖の上から、茶色の目が彼を睥睨(へいげい)していた。


 全身に白い毛が生えた猿だ。体長は人ほどもなく、足の方は細いが、上半身はそれに反比例するように太い。岩を思わせるぶ厚い胸部に、そこから延びる丸太のような腕。指先は長く、ごつごつとしていて、その膂力の高さを想起させる。雪山猿だ。


 いつでもとびかかれるような、攻撃的なその雰囲気は、明らかに普通ではない。そもそも、縄張り意識が強いがゆえに、縄張りに入っていない相手に対しては、そもそも姿を現さないのだ。


 ギリギリ縄張りの範囲外にいるディロックに対して、ここまで過剰な警戒を示すということは。彼は自身の予想が当たったことに安堵し、そしてつぶやいた。


「『動物語(トーク・アニマル)』」


 次の瞬間、理はねじれて彼の頭にしみこむ。ディロックの耳に入ってきた猿たちの雄たけびは、確かな言葉となって伝わってきた。


『よそ者! よそ者! 去れ!』

『去れ! 去れ! 群れにいないやつ!』


 ガンガンと響く叫び声に重なって、彼にもわかる言葉で紡がれる意思は、確かな排斥だ。魔法は成功していた。


 『動物語』の魔法は、あまり一般的ではない"天性魔法(タレント)"と呼ばれる魔法の一種だ。普通はどんな呪文であっても、学べばある程度は使えるものだ。それは人類の英知であればこそ、向き不向きはあれど、時間と努力、それと学問の扉を叩くのにふさわしいだけの財かがあれば習得できる。


 しかし古代から伝わる魔法のうちには、生まれた時点で使えるか、使えないかが決まっている魔法があり、それがタレントなのだ。ディロックはその一つ、『動物語』を習得していた。


 多くの奇妙な魔法が存在し、主に言語に関する魔法の多くは、これに含まれる。『動物語』は自身を対象として発動し、動物との意思疎通を可能とする呪文だった。


「すまない、ここの地に住む猿よ。聞きたい事がある。あなたたちの問題を解決できるかもしれない」


 ディロックは確かに、猿に対してそう告げた。少し離れた所から見ている調査隊は困惑したような顔だったが、マーガレットだけは何が楽しいのか、くつくつ笑っていた。

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