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青空旅行記  作者: 秋月
四章 見捨てられた国ウルツ
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百四十二話 邪竜の瘴気

 快音と、咆哮。


 放たれた嵐の刃は、狙いあやまたず竜の首へと飛んでいったが、わずかに逸れた。竜が咄嗟に首をひねったからだ。


 だが、精霊の力を帯びたそれは、確かに竜の鱗を切り裂き、傷を与えて見せた。


『貴様ァ……!』


 死んだはずの男を睨む黒い竜。ディロックはその視線を真っ向から、黄金の瞳で受け止める。


 ――失敗したな、と彼は思った。


 一撃で首を刎ね飛ばすつもりだったのだ。それが出来なくても、致命傷を与えるつもりだった。しかし、竜の鱗は想像以上に斬撃の威力を殺し、血こそ流させても、深手とまでは行っていない。


 おまけに品切れだ。嵐の刃は、彼自身なぜ撃てているかも分からない技で、おまけに全力の攻撃たる"愚剣"でしか放てないために、ひどい疲労感を伴う。


「すまんな、仕留め損ねた」

「いえ……というか、本当に……」


 生きてたんですね、という言葉はどうにか飲み込んだ。あれほどの速度で吹き飛ばされて、その後建物に激突。そんな状態でとても生きているとは思えなかったというのに、自分の足で戻って来て、あまつさえ見たこともない技で竜の鱗を切り裂いて見せたのだ。


 およそ怪物と言ってもいいような、いっそ奇妙とさえ言える生命力であった。


 敬意か畏怖か、どちらともとれる声に、ディロックは何のけなしといった風に答えた。


「殴られるとき、足で思いっきりアイツの前足を蹴ったんだ。その分距離は吹き飛ばされたし、壁も痛かったが、死にはしなかった」


 なるほど通りで――とはならないが、ともあれ事情と現状が分かっていればそれでいい。前衛は満身創痍の疲労困憊と言えど戻って来た。竜はひとまずの所、動きを封じられている。ここから逆転しなければ。


 そう考えていた矢先だ。


『脆弱な人間風情が……もうよいわ!』


 竜が吼える。


 それは決して、強がりなどではない。それは、神代の竜にふさわしいだけの威をもって表せた。


 かの竜の体中を覆っていた泡にひびが入り出す。ロイエルの顔が、分かりやすくひきつった。城を固めるための薬液を、あれほどふんだんに使ったそれがあっけなく崩れていく様は、およそ彼の常識という常識を粉々に打ち砕くかのようだった。


 そして、砕け始めた硬い泡のひびから、僅かにうす紫の煙が噴き出す。


『憎し仇の溶けるさまを見てやろうと思ったが……もういい。再び滅ぼせば結果は変わらん!』

「っ、これは!?」

「……瘴気、だな。総員、鼻と口を塞いで下がれ!」


 蹲っていたマーガレットが起き上がり叫ぶ。いまだに展開されていた包囲網は、とうとう限界を迎えたかのように一斉に崩れて、砂塵の壁の方へと走り出す。武器も何もかも捨てて。


 だがそれは、打ち合わせ済みのことだった。


 ――そも、竜を竜たらしめるのは何か?


 金属をたやすく穿つ爪と牙。巨体を浮かす大いなる翼。喉より放たれる熱き炎。高い知性。重い貪欲さ。しかし、竜のもつそれぞれの要素だけを切り抜けば、そうした力持っている怪物もごまんといる。また、火を吐かない、空を飛べない、そんな竜もいる。


 なら、竜はなぜ竜なのか。それを決定づけるのは、竜の持つ異能。


 魔法にも似ているそれは、しかし決定的に魔法とは違う、完全なる理外の力である。


 (ことわり)を歪める魔法は、あくまでも理論とエネルギーによってなされる。ゆえに、理を歪める理なのだ。


 だが竜種の持つ異能はそれらの力とは異なり、原理などまるで無視した、異形の力だ。なんの代償もなく己を二つに分ける竜がいれば、邪なる瞳で持って人間を操る竜もいる。


 なら、この邪竜は。そう考えたとき、瘴気の発生はすぐに候補として考えられた。


 国一つを砂に沈めてしまうには、ただ己が砂をまき散らすだけでは足りまい。まして百年単位の砂漠を生み出すには、他の仕掛けが必要になる。


 ならば、物質そのものを砂へと変えてしまう、拡散性の高いものの生成。つまり、瘴気のたぐいがこの龍の異能としてもっとも考えられる可能性だった。


「あれを吸うとどうなると思う」

「……ろくな事には、ならんだろうな。肺がやられるのは明白だ」

「それで済むと良いですが……」


 三人はそれぞれに、思いを胸に抱いて口を開く。もはや残っているのは彼ら三人の戦士のみ。


 彼らはみな、戦う力などほとんど残っていなない。対する竜は傷こそあれど意気軒昂、己を封じる泡を千々に砕きながら、今こそ瘴気の渦へと邪魔者たちを叩き込もうと睨みつけていた。


『弱き種、貴様らの力を讃えよう。だが、我が恨みと力は絶えぬ。どうせ我が瘴気を放つだけで皆滅ぶ。貴様らも同じようにな!』

「どうかな……試してみろ」


 ディロックは肩に付けていた布を外し、鼻と口に巻き付けた。砂塵よけの布だ。瘴気は悪しき空気のたぐいであるから、口をふさぐだけでも多少の役には立つだろう。


 それから、剣を構えた。もはや指先に力が入らず、剣先はかすかに震えている。だが、鈍色に光るその刃が、未だ尽きぬ戦意を示していた。


「マーガレット、ロイエル、策をくれ。……勝つぞ」

「ああ、もちろん」

「はいっ!」


 そうして、三人の戦士は龍を睨みつけた。この戦いを終わらせるために。

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