百二十四話 商人
結果から言えば、大収穫であった。
極端に高値な品は無かったが、需要の高い道具類をいくらか見つけた他、美術品、骨董品の類もかなり拾うことが出来た。金貨が二十枚ほどと、銀貨が六十枚ぴったり。後はちらほらと銅貨が混じっている。
これだけあれば、数カ月は遊んで暮らせるほどの収入だ。大収穫、といっても差し支えない。
だが無理をした反動で、体がだるい。打ち上げを終え、一晩過ぎた後に襲ってきたのは、猛烈な気だるさであった。
いかに熟練の冒険者といえど、連続で冒険を行うのは勧められない。どれだけ能力が伸びたとしても人間の集中力、警戒力というものには限界があり、それは消費する度に疲労として溜まっていく。しかもそれは、見えない疲労だ。すぐには感じない疲労である。
自然、限界が訪れたディロックには、酷く重い疲れがのしかかっているようだった。手足を動かすのが億劫で、いっそ一日中寝てやろうかとも思ったが、とりあえず顔は合わせておかねばならない。
体を寝台に引きずりこもうとする思考を半ば無理やりに起きさせて、ディロックは宿の一階、つまり酒場まで降りて行った。
夜はガヤガヤと賑やかなそこも、さすがに朝っぱらは静かだ。節度ある酔っ払いは既に家で寝ているし、節度の無い酔っ払いは床ではいつくばっている。どこからか吐しゃ物の匂いが漂って来ていた。大惨事だ。酒場付きの安宿なので、いつもの光景ではあった。
ぐるりと見渡せば、ディロックと同じく気怠そうな顔をした二人がぼんやり座っていた。ディロックも、両手両足を引きずるようにしてそちらへ向かう。そして、椅子にどっかりと座り込むなり言い放った。
「休もう」
「だな」
「はい」
即決であった。とりあえずは三日様子を見て、まだ調子が戻らないようならさらに二日休もうという話になった。
とはいえ、鎧もそろそろ手に入れたいと考えていたところで、ちょうど良いと言えば丁度いい休息だろう。思えばこの国に来てから最初の休息である。
ひとまずもうひと眠りした彼が起きると、すでに日は頂点より傾き始めていた。昼過ぎほどだ。腹も減ったので適当に選んだ屋台で飯を済ませた。
この"見捨てられた国"では作物を育てられないし、牧草もないので牧畜も不可能だ。しかし虫はいる。あのでかい虫もその一種だし、指先ほどの虫はオアシスを起点に多く生息している。となれば自然、飯として出されるのも虫である。基本的には虫肉の類だが、中には丸ごと焼いて出しているような店もある。さすがにそれは避けた。
虫が食べられない渡航者向けに、外国から牧畜による品も輸入していたが、やはり現地のものを味わいたくはある。
とはいえ、彼は旅人である。珍妙なものなどいくらも食べてきたし、竜の肉――かけらだが――も食べた事がある。形が残っていない虫程度で怯みはしない。
実際食べてみると、これが案外美味かった。少々薄味だが、豊富に輸入したスパイスによる辛めの味付けがしっかりと効いていて、また独特の食感は中々楽しいものがある。噛み応えがあるので、腹もずいぶんたまった。
ひとまず満足して、席を立ち、また露店を冷やかしに向かった。多くはゴミだが、なかにはおっとなるものもある。
一つは砂塵を防ぐための布だ。これにも弱い魔法がかかっているが、おそらく出土品ではあるまい。かつての魔法帝国は砂漠に覆われてはいなかった。ということは、この品は後付けで魔法をかけた物ということである。いわゆる『付呪』だ。
多くの魔法の品――それも、かつての発展したそれを多く見かけることができるこの街では、おそらくそうした魔法の品を作る事にたけてもいるのだ。注意して回りを見てみれば、それらしい品を見つけられた。
試しに一つ、金貨一枚する砂塵除け布を買い、ついでに話を聞く。金払いにためらいの無い客には、店主も口がずいぶん軽かった。
ディロックは店主の並べた品の一つを指さす。それは杖だ。おそらくだが、『火矢』の魔法が込めてある。拵えは新しいものの、砂で汚れていて、またやたらに傷がつけてある。
「この品、古ぼかしてあるが、何故だ? これは骨董品より実用品として売った方が高いだろう」
すると商人の小男はちらりと左右を伺い、ほかに客が近づいてきていないのを確認すると、他言無用だと断ってから言った。
「旦那、それがそうでもねぇんですよ。なにせ、ここで売られてるモンの多くは出土品だ。だから新しく作ったもんでも古めかせば、外から来た目利きの効かねぇ商人が、出土品だと勘違いして高ぁく買ってくんです」
なるほどな、と小さくうなずく。ディロックもゴミ同然の魔法の品でも、骨董品としての価値があると聞いている。それを狙って稼ごうとする素人の旅商人を、こうした露店商人は手玉に取るのだ。
かたや安く稼ごうとし、かたや騙して高く売る。なんとも強かな話で、商人とはかくも鍔迫り合いのようなやり取りを毎日こなしているのか。これもまた一つの冒険だな、とディロックは笑った。




