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青空旅行記  作者: 秋月
四章 見捨てられた国ウルツ
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百二十二話 ロイエル

 ひとまずの打ち上げも終わり、契約の更新も終わって――二人はまだ、酒場に居た。


 といっても、何をするわけでもない。水をちびちびと飲みつつ、酒のつまみに頼んだ塩辛い干し肉を齧りながら、刻一刻と過ぎる夜を感じている。始めに切り出したのは、ディロックの方だった。


「それで、どう思った?」

「どう、か。そうだな……」


 その言葉は、曖昧なようでいて単純だ。無論、聞かれているのはロイエル――彼に信用が置けるか、否かである。


 見た目は優し気な青年だ。だが、見た目と性格の不一致などざらであるし、冒険者であれば猶更だ。言動や雰囲気とて、偽る事ならいくらでも出来る。だから今回、探索を共にする中で、ディロックとマーガレットの二人は、常にロイエルの姿を視界にとらえていたし、ずっとそれと気づかれぬよう品定めしていた。


「純朴だが冷静だ。まだ甘さは感じるが度胸もある。それに腕も良い。見たかね、あの投擲の腕を。少々特殊だが、戦い慣れている者のやり方だ」

「そうだな。おそらく、基本は遊撃係だ。補助が基本なんだろうが、ソロでもそれなりにやれるように見える」


 そう語った後に、二人は一呼吸おいて、目を合わせる。考えも、同じように重なっていた。


「そんな奴が、危ない手をうってでも、か」

「早急に解決せねばならん事、であろうな。遠征でも足らない、切羽詰まっている……そんな所か」


 薬剤の組み合わせなどの知識や、至近の相手に咄嗟に薬を試せる度胸。そして身軽さも十分ある。堅実だが優秀で、どんな一党に入っても腐らない、潰しが効く人材だろう。遠征は審査員を通して選ばれると聞くが、問題なく通過して遠征に参加できたはずだ。


 それがこうして、遠征にも行かず、違法ギリギリの行為。ただ事ではない。さて、とディロックは水を口に含む。飲み下せば、安い酒の後味が喉の奥へ流れていった。


 どうするか? と考えても、良い案など浮かばず、がやがやと喧噪が耳を通り抜けていく。そも、干渉する理由もないのだ。ロイエルとは所詮、この場限りの一党なのだから。


「ま、しばらくは良いだろう。ぼちぼち聞き出していけばいいさ。先は長いんだ、ゆっくり行こうではないか、ディロック」


 干し肉をつまみながら、マーガレットが言う。そうだな、と適当に返す。彼が噛んだ干し肉は苦かった。塩が効きすぎだ。


 先は長い。その言葉は、ずっとディロックを苦しめてきた言葉だった。彼にとっての先とは贖罪であり、終わりなき旅路の終わりの事だった。償えない罪を、償おうとして、怯えながら遠くまで歩いてきたのだ。


 今はどうだろうか。先は見えた。最果ての地――はるか海の向こう側に浮かぶ、全てが許される場所。そこに自分の贖罪があるかどうか、確かめに行く。マーガレットも巻き添えだが、彼女は進んで付いてきた。彼は、干し肉にぶつくさ文句を言いながら、小さく笑った。少なくとも、目指す場所があるだけでこんなにも楽なのか。


 あるいは、隣を歩く人がいるだけで、こんなにも楽しいのだろうか。


 どうかしたかね、と問いかける彼女に、彼は笑って、別に、と返す。喧噪がなんとなく心地よかった。




 翌朝、安宿から出る。マーガレットはまだ寝ていたので、特に言伝もなく外をぶらつくことにした。


 思えばここの所、仕事に追われたり、問題に直面したりで、ろくに観光らしい観光が出来ていなかった。ここいらで店を巡ったりするのも良いと思ったのだ。


 門から続く大通りに出ると、道沿いは店ばかりだ。きちんとした店から露店まで多種多用だが、町の外縁部に行くほど露店が増えていっている。そうした店の中には、冒険者が店番をしているところもあった。今は冒険者ギルドで売りさばくことも出来ない以上、商店と契約を交わしていない冒険者は、こうして自ら売りに出す他ないのだろう。


 そうした店を冷かしながら歩く。ほとんどはゴミのようなもので、溜め息よりも弱い風を出す道具だとか、一瞬だけ雷を出す品など、まったく何の奴に立つか分からないものばかりだ。


 だが、意外にもそうした品は売れているようで、何故か聞くと、単純に骨董趣味の者が買っていくのだと露店を開く冒険者は言う。


「出土品はどれも古いもんだからな。一番新しいのでも百年以上前だ。古いのになるとそれ以上だ」


 そう語る彼の手には、ピンポロンと曲を奏でる、しかし明らかに音の抜けた演奏機がある。箱状のそれは魔法を使っていないらしく、これはこれで珍しいのだと男は語るが、壊れているのでは意味はないだろう。


 ただ、話を聞いておいて何も買わないというのも憚られる。情報料代わりにそれを買うことにした。幸い、男もゴミ同然のそれの価値を分かっていて、求められたのは銀貨が数枚程度だったので、すぐに払う。


 これの名前はオルゴールと言うらしい。見た目は質素な箱だが、側面についた羽のようなものを回し、それから蓋を開くと音楽が奏でられる。魔法が使われていないのが驚きなぐらい、精巧な細工なのだろう。彼は懐にある細工を思い出して納得した。


「あれ、ディロックさん?」


 ふとかけられたそんな声に振り向く。そこには、冒険用の装備の一切を持っていないロイエルが立っていた。

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