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青空旅行記  作者: 秋月
四章 見捨てられた国ウルツ
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百十五話 金欠と旅人たち

 喧噪が聞こえる。誰かが笑い、誰かが喜び、誰かが注文にこたえる声だ。繁盛しているのだろう。混ざり、絡まって、ほとんど聞こえないそれらを聞くともなしに聞いていた彼だったが、しかし決心したように首を振り、口を開いた。


「なあマーガレット、俺たちがどういう問題を抱えてるか、復唱してくれ」


 対面に向かった女へ鋭い視線を向ける。それは怒りというより、どちらかと言えば呆れの視線だ。


 女は病的なほど白い肌をしていて、全身をローブで覆っている。頭のとんがり帽子は、彼女が栄えある魔法学院の卒業者であることを示していた。無論、マーガレットである。


 となれば対面している男は、旅人のディロックだ。


 ただ、マーガレットはと言えば、普段のひょうひょうとした様子はない。むしろその顔にはいたずらを咎められた子供のような焦りが見て取れる。目はきょろきょろと泳ぎ回って男の方を見ようとはせず、手はせわしなく動いており、逃げれるのであれば逃げたい、そんな姿であった。


 酒場の椅子を取っておきながら、料理も酒も、一つとして頼まない。騒がしい店内で、その二人の間には、何とも言えない、微妙な雰囲気が漂っていた。


「それは……そのだな。仕方ないだろう?」

「復唱してくれ。頼むから」


 ごまかすように呟いて、とんがり帽子を目深にかぶって目をそらそうとした彼女へ、ディロックはため息とともに再び問いかけた。そんなことでは誇りある帽子がなくぞ、と心の中で呟きながら。


 二人が対面している机の中央には、二つの革袋がある。片方はディロックが長らく財布として愛用してきたもので、まだ多少のふくらみがある。だが、もう片方のマーガレットの財布はと言えば空っぽで、当然袋はぺちゃんこである。くったりと垂れた革袋の口が、ずいぶんな哀愁を漂わせているように見えた。


「……私達の問題は……目下、資金不足だ」


 ためらいがちに告げられた答えに、そうだ、と彼はうなずく。


 二人の稼ぎはどうかといえば、悪くない。むしろ、一般的に見ればかなり稼ぎが良い部類に入る。何せ、強力な戦士と魔法使い、大概の事は何とでもなるし、困難な仕事になればなるほど、報酬は高くなっていく。普段であれば、そうそう資金には困らない、はずだった。


 だが、二人に。というより、ディロックにとって最も予想外だったのは、マーガレットのひどい浪費癖であった。


 もとより学者肌であり、研究者気質の強い彼女は、なにかと好奇心のままに走りがちだ。普段は理性、そしてディロックに抑えられてこそいるが、興味がそれを上回れば最後、もはや歯止めは効かない。


 それを加速させたのは環境だ。彼らが訪れた国――"見捨てられた国"ウルツは、魔法の品の宝庫なのである。


 国土の八割近くが砂漠に覆われたこの国は、かつて栄え、滅びた古代帝国の上に成り立っており、その為遺跡が非常に多く発見されている。そして、この遺跡群からは豊富な魔法の品を拾うことが出来るのだ。土地柄によって、農耕も牧畜も漁業もできないこの国は、これを輸出し、得た財によって成り立っている。


 出土する魔法の品々は多岐に渡るが、その全てには古代帝国の文化が見て取れる。彼女はこれに心奪われたのだ。


 端的に表すのであれば、酷く散財したのである。街にはあちらこちらで露店が立ち並び、遺跡からの出土品がごまんと並んでいる。その道を行く学者にとっては垂涎ものだ。


 また、売り物は出土品をはじめ、珍しい物では"遺跡を探索する権利"なども売っている。古代文化が専門の彼女にとってはまさに宝の山だ。幸か不幸か、ディロックが持っていた分の資金はいくらか残って居たが、しかし路銀とするには心もとない金額でしかなかった。


 目下、というよりほとんど常に資金難を抱えている二人にとっては痛い出費である。彼女自身もまた、少しは後悔していた――もっと報酬を分捕っておけばよかった、と。


「……さてどうするか」

「まあ、どうもこうもないだろう? 減った分は増やすほかあるまいよ」


 反省の色も無く、マーガレットはうそぶいた。弱く睨むディロックであったが、しかし、その言葉は真理を捉えている。減った物、消えた物に関していつまでも文句を垂れていても仕方がない。


 幸い、ここでは冒険者の雇口に事欠かない。採掘作業を初め、遺跡の探索や調査、あるいはその護衛。ウルツが出来てから毎年、遺跡が発見されていない年はなかったというのだから、その仕事量は言わずもがなだ。となれば、腕利きの冒険者にはもっと多くの金が入る。


 それなりに勤勉に働いておけば、減った分もすぐ取り返せるだろう。とはいえ、多少の長居を許容することになるが。


「それに君の鎧を買うにしても、心もとない金額だったしな。ちょうど良い機会だと思って、一気に稼ごうではないか」


 溜息一つと一緒に、ディロックは小さく頷いた。

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