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青空旅行記  作者: 秋月
三章 騎士の国ロザリア
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百九話 旅人対正騎士

 火花が散る。金属の打ち合う音がする。戦いに巻き込まれて、荒れ放題の庭園から花が減っていく。


 ディロックは舌打ちを一つ、正騎士の鎧を蹴りとばして距離を取る。ローガンは追いかけてこない。詰めるには広すぎる距離だったからだ。


 鎧を脱ぎ捨て、邪魔になる肩布もカルロに押し付けた彼の動きは、以前の戦いよりも数割、否、数倍早い。


 本来、彼の戦い方は、速度と手数による圧殺だ。突風と見まがうばかりの瞬発力と柔軟性でもって、敵を翻弄することで先手を取り、そして後手に回った敵の初動を抑えてそのまま叩き潰す戦い方。


 一番にはなれずとも、二番や三番になれる高い総合的身体能力あってこその完封戦法であり、悪く言えば力押しだ。一度対策されてしまえばそれまでで、まして格上に勝つのは難しい。ゆえに、速度以外の身体能力で平然と上回ったローガンに押し切られ、破れたのだから。


 地を蹴り、壁を蹴り、全方位から獣のごとく襲い掛かるディロックだが、しかしローガンも伊達にこの国一番の剣士を名乗っているわけではない。


 いなし、撃ち落とし、弾き、かわし、隙さえあれば一撃を入れようと狙う。彼ほどの手練れが重量と加速でもって両手剣をふるうとなれば、その一撃は必殺だ。まともに食らえば、鎧を一切着込んでいないディロックは、胴体を真っ二つに両断されてもおかしくない。


 速度で挑んで正解だった。中途半端に飛び回るのでは、一瞬で捉えられて終わっていたに違いない。


「ちょこまかと……っ!」


 着地と同時、豪快に土を蹴り上げる。草の根を引きちぎって巻き上げられたそれがローガンの兜に直撃した。


 無論、何の痛痒にもなりはしない。だが兜とて土埃の類を完全に防げるわけではなく、一瞬の隙が生まれる。その僅か一瞬を見逃すことなく、ディロックもとびかかった。


 体を独楽(こま)のように回転させて加速しながら、体をひねって、剣を鎧の隙間に突き込む。鎖帷子の感触にまた舌打ちを一つ吐き出しながら、二撃目は蹴り。たたらを踏んだローガンへの三撃目だが、それはさすがに通用しなかった。


 盾のごとく掲げられた両手剣と、ディロックの曲刀が打ち合って、また火花。


 鍔迫り合い、一瞬の均衡、静止。


 筋力の差で弾かれたのはディロックだ。跳ね飛ばされながらも、手で地面をついて跳び、空中で身をひねって着地。ダメージも衝撃も体には残っていない。その猫のごとく柔軟な着地に、ローガンが舌を巻いた。


「鎧が拘束具同然だったとは……以前とは段違いですな」

「そりゃ、どうも」


 ゆらりと剣を構えなおした正騎士に対し、ディロックは空いた左手で地面を掴み、三足の獣がごとき構えを取った。金の瞳がローガンを貫く。


 再び駆け出す。手でも地面を蹴り飛ばして加速した彼は、咄嗟に振り下ろされた剣をいなすと、肩から思い切り鎧にぶつかった。


 金属の鎧に体当たりなどすれば、無論無傷ですむわけもなく、ディロックは自分の骨が思い切り軋む音を確かに聞いた。しかし、筋肉の塊たる彼に体当たりされたローガンもただでは済まず、低く構えていたはずの体がわずかに浮き、たたらを踏まざるを得なくなる。


 生まれた一瞬の隙を見逃さず、渾身の蹴りを叩き込んだ。


 ――だが、浅い。


 上等な金属の鎧というだけではない。攻撃を()()()()()のだ。


 すぐさま立て直した正騎士からまた跳び離れ、柱を蹴って再度飛び掛かる。攻撃の暇を与えてはならない。一度回り出せば、技量で劣るディロックに勝ち目はない。


 剣戟が交わる。一度、二度、三度。高らかな金属音とともに火花が散り、互いにわずかな傷をつけながら剣が交差していく。


 戦況は、ディロック不利と言える。打ち合った十数合のうち、数発をよけ損ねてかすかに皮膚が傷ついた。致命傷と言うほどではないが、血は流れている。流血は命と集中力をゆっくりと、確実に奪うものだ。対して、ローガンには大した怪我を与えられてはいないだろう。


 だろう、というのは、ローガンが全身鎧を着こんでいるからだ。生身がほとんど見えない。何発か鎧の隙間に叩き込みはしたが、ほとんど鎖帷子に遮られてしまっている。ついていても掠り傷程度だろうと推測できた。


 分かり切っていた事だが、この男は強い。彼は改めて理解し、見据える。立ち姿には隙が無く、鎧が竜の鱗のごとく身を守る。優れた膂力と技量でもって放たれる両手剣は一撃をもって必殺とするだろう。


 しかし、勝機はある。


 短い戦いの中で、彼はそれを確信していた。なるほど確かに、剣聖の一人たる正騎士の技量に、ディロックは未だ届かない。だが、俊敏性だけはその上を行き、その圧倒的な攻撃を放たせないという第一目的を果たす事も出来ている。


 あとは、決定打だが、それも"あて"があった。亡霊を吹き飛ばした、あの風だ。


 どうしてかは分からない。しかし、不思議と"撃てる"と確信があった。たった一撃、全身全霊を込めた"愚剣"からのみ放てると。


 あの暴風の刃を、より完全な形で放つことが出来れば、鉄の鎧も切り裂けるはずだ。しかし、その隙を見出す事は困難である。後は戦いの中で、その勝機(すき)を見出し、つかみ取るだけだ。

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