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青空旅行記  作者: 秋月
三章 騎士の国ロザリア
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百七話 激突

 抜け道を出る前に、敵を探知するためディロックは壁に耳を寄せた。石でできた門は遮音性が高いが、こと近距離の探知では問題にならない。少なくとも、足音は聞こえてこなかった。


 マーガレットも杖を取り出し、呪文を唱えてしばらく、二人はほぼ同時に口を開いた。


「……音はしない」

「探知魔法系も感知なし、だ」


 その言葉にうなずいて、カルロは石の扉に触れ、押した。扉は驚くほど軽く、そして無音で開く。


 中は、絢爛な王宮内――ということはなく、どこかの倉庫のような、埃っぽく薄暗い場所であった。見渡しても敵影はなく、ほっと一息を吐く。


「ここは……王宮地下の倉庫、だと思いますが」


 言われてみれば、置かれているのは――骨董品的な意味ではなく――古臭い品ばかりだ。調度品にせよ、武器にせよ、どれも錆びるか傷だらけで、およそごみのようなものが大半に見える。あまり人も来ず、使用人も掃除しに来ることが少ないのか、床には驚くほどの埃が積もっていた。


「道はわかるか?」

「ここがちゃんと倉庫につながっているということは、間取りもそう大きく変わってはいないはず」


 それを聞いて頷くと、ディロックは次の壁にとりついて耳を澄ました。少々時間はかかるが、見つかる事が許されない以上、これ以上の方法はない。


 しかし、足音はしない。それどころか、話声さえ聞こえてこない。先ほどとは違い、今は木の扉だ。気密性は高くなく、遮音性も同じく。彼の耳をもってすればどこかのだれかの声程度、聞こえてきてもおかしくはないはずだ。


 地下ということを除いても、あまりにも人がいない。通路に出ても、やはり人間の存在は確認できなかった。


「……痕跡一つないのか? 地下とはいえ、これは……」


 マーガレットが呟く。背後から、公爵が顔をしかめた気配がぼんやりと伝わってきた。


「以前から家臣や使用人、近衛兵の多くを追放、あるいは処刑している事は聞いていましたが……」


 人の気配が皆無など、王城の中であり得るのか?


 それほどに人を排したと考えれば、現王の狂いぶりはうかがえた――自らの家を腐り放題にする者が、まともな精神であるはずもない。


 進もう、とディロックは言った。何にせよ進むほかない。たとえ王が狂っていようとそうで無かろうと、もはや後戻りはできない。公爵は頷いて、地上への道筋を示した。


「地下を出て右に曲がれば中庭が見えるはず。そこから王宮へは一直線です」


 そうして、三人は歩き出す。こつ、こつ、とやけにうるさく足音が響く。床が石である事に加えて、音の逃げ場がない地下だからだろうか。


 自分の心臓の鼓動が聞こえる。段々早くなっている。正騎士との対面に心が揺らいでいるのだ。いくら決意しても、一度負けた相手との戦いは恐ろしい。敗北や失敗というものは重い枷を人に課すものである。不安という名の枷を。


 次も同じような結果かもしれないし、次も生き残れる確証はどこにもない。


 鞘に納めたままの剣をぐっと握りしめて、心臓の早鐘を押さえつけるように、静かに深く呼吸をする。勝つにせよ、負けるにせよ、やれる限りやる他ないのだと、自分に言い聞かせながら。


 階段を上り、地下を出る。依然として人は見当たらない。遠くに衛兵の気配はあるが、それだけだ。床を見れば埃があちこちに見えて、およそ掃除もろくにできていない事が伺えた。豪華な調度品も、汚れたままにされている。


 使用人が足りないのだ。そうなるほどに人を排斥し続けたのだろう。ただただ、無人の王宮を進めば、カルロが言っていた通り中庭に出た。


 そこは、きっと立派な中庭だったのだろう。噴水の周りを無数の花々が囲う、見事な光景が見れたはずだ――庭師さえいれば。けれど、そこはすでに荒れ果てていて、美しい花を押しのけて雑草が伸びており、およそ野原と大差なかった。


 そしてそこには、一人の騎士が佇んでいる。


 この荒れた庭園にはそぐわない程、立派な鎧と剣を携えたそれは、ディロックの戦うべき相手。正騎士ローガン・テンダラスであった。驚きはない。やはり居たか、という納得だけだ。正騎士もまた、一言も発することなく剣を構える。ディロックも己の刀を抜き放った。


 互いに、まだ動かない。距離は十メートルあるか無いか、といったところか。ディロックは兜を着けると、今までずっと身につけてきた肩布を外すと、それを公爵に押し付けた。


「カルロ、これを持っていけ」

「え、あ、何を?」

「こいつ相手だと、邪魔にしかならん。……まあ、多少は役に立つだろうさ」


 それは半分事実で、半分嘘だ。無論、この剣聖相手に竜皮とはいえ盾替わりの布一枚など役には立たない。だがそれ以上に、今まで自分を守ってきた布が、二人を守ってくれるのではないかと思っていた。願掛けのようなものだ。


「横を通り抜けろ。巻き込まれるなよ」

「……承知しました。ご無事で」


 さて、と改めてローガンと相対する。互いの兜の隙間から、視線が交差する。


 一瞬、沈黙。


「……ロザリアが一の騎士、ローガン・テンダラス」

「ハトゥール氏族に名を連ねし、誇り高き戦士ラグルの息子、ディロック」


 ――開戦。

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