夢の綴り手 ユメノ
まよい森の夜は、ツキミとルナリの光でゆっくりと目を覚まします。
月の光が葉の隙間をくぐり、地面の苔に銀の模様を描き、その合間を、小さな光の粒がふわりと舞っていました。
その光の中に、ひとりのおばけがいます。
ユメノ。森の夢の綴り手。
ユメノの体は、透けるような青色で、月の光を受けるたびに、まるで水の上を流れる風のように輝きました。
歩くたび、あるいは息をするたびに、細やかな光の粒が生まれ、それが夜の空気にとけて、森の中へと広がっていきます。
その光に包まれたものは、いつのまにか穏やかな夢を見始めます。
怖がる者にはやさしい夢を、さみしさを抱えた者には、ぬくもりのある夢を。
ユメノはそうして、まよい森の“夜の心”を守っていました。
その晩、森はひときわ静かでした。
虫の声も遠く、風の足音さえ聞こえません。
そのとき。
ユメノの耳に、かすかなささやきが届きました。
「……ひとりぼっちだ……」
その声は小さく、震えていました。
ユメノはそっと光を弱め、声の方へ漂っていきます。
森の奥深く、木々の根が絡まる小さな空き地。
そこに、ひとりの葉っぱのおばけがうずくまっていました。
夜露に濡れた体を小さく丸め、眠りたいのに、眠れずに、ただぽつりぽつりとため息をついていました。
ユメノはその子の前にふわりと浮かび、やわらかな声で話しかけます。
「眠れないの?」
葉っぱのおばけは顔を上げました。
小さな瞳に、星の光がちらりと映ります。
「うん……夜が長くて、こわいんだ」
ユメノはそっと手を差し伸べ、青い光の粒をその周りに散らしました。
光は空気に溶けるように広がり、やがて葉っぱのおばけの体を包みます。
「大丈夫。夢の中では、こわいものはみんなやさしくなるよ」
その声とともに、葉っぱのおばけのまぶたがゆっくりと閉じられました。
そして、夢がはじまります。
森の小道を、仲間たちと笑いながら駆け回る夢。
ミルが霧のリボンをくるくると回し、ヒューが風で木の実を転がす。
パリィが葉っぱの音で歌い、ポタリが雨のしずくで拍を打つ。
森中に笑い声が響き、光が踊り、
その真ん中で葉っぱのおばけは、嬉しそうに笑っていました。
「……わあ……!」
小さく漏れた寝言に、ユメノはやさしく微笑みました。
夢の中の笑顔は、本物の希望の光よりもまぶしい。
ユメノはその夢の輪郭をなぞるように、そっと指先で空気を撫でました。
すると、夢の欠片が青い光の羽根のように舞い、森の奥の木々へ、風の中へ、静かに広がっていきました。
森の仲間たちは、その夜いつもより穏やかに眠りにつきました。
ツキミの光が小道を照らし、ルナリが高い空から見守り、ユメノの光が夢を運ぶ。
まよい森の夜は、確かに「誰かが見てくれている」安心に包まれていました。
森の端では、フワリが羽のような風を運び、ミズキが水面に星を映し、ソノが小さな音を拾って、ユメノの光に合わせていました。
「まよい森は、みんなで守っているんだね」
そんな声がどこからか聞こえました。
ユメノは頷くように光をふわりと揺らし、小さな葉っぱのおばけの夢の上で静かに見守ります。
森の夜は、まだ続きます。
でも、ユメノの青い光が漂う夜は、どこかあたたかい。
誰もが少し安心して、眠ることの幸せを思い出せる夜でした。
そして、その夜。
森の奥の水辺で、ひとつの新しい光が生まれます。
小さな、小さな白いおばけ。
まだ名前も、声も持たない存在。
ユメノはその光に気づき、そっと青い粒をいくつか落として包みました。
「おやすみ。あなたの夢が、やさしいものでありますように」
青と白の光が重なり、夜の水面にゆらゆらと揺れます。
その光こそ、やがて森で「シロ」と呼ばれることになる新しい命でした。
森の涙、夢、そして記憶。
それらが静かに溶け合い、やさしい鼓動となって、まよい森の夜をさらに深く照らしていきました。




