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夜風に舞う カゼハナ

 まよい森の奥。

 そのさらに奥に、一本だけそびえる古い桜の木がありました。

 春になると枝いっぱいに花を咲かせ、夜の風にのってほのかに香りを放ちます。

 その桜のてっぺん、月の光がそっと届くその場所に、ひとりの小さなおばけが住んでいました。

 名前は、カゼハナ。

 風と花をつかさどる、不思議なおばけです。

 その体は羽のように薄く、透きとおるほどに淡い光をまとっていました。

 夜風が吹くたび、カゼハナは枝の間をすり抜け、花びらをひらひらと舞わせながら森を駆け回ります。

「風が呼んでる。今夜も森を見に行きましょう」

 やさしく微笑んだカゼハナは、桜の花びらとともに夜空へ舞い上がりました。


 その夜、森の泉のほとりでは、リリュが光の波を作っていました。

 泉の水面には月が映り、ゆるやかな光が揺れています。

 ふと、どこからともなく甘い花の香りが流れてきました。

 それは桜の花と夜風が混ざったような、少し切なく、それでいて懐かしい香り。

「ん? この香りは……」

 リリュが顔を上げ、耳を澄ませると、風の中から小さな声が聞こえました。

「……こんにちは。わたしはカゼハナ。森の花と風を運ぶものです」

 リリュは驚いたように微笑み、水面の光を少し揺らしました。

「僕はリリュ。この泉の水を守っているんだ」

 カゼハナはふわりと宙に舞い上がると、桜の花びらを風に乗せ、リリュの光の波の上へと落としました。

 花びらが光と一緒に舞うと、森の闇の中で、まるで星屑が流れているように見えました。

 ひとひら、ふたひら……光の粒が風に揺れ、静かな森の空気を、やさしい色に染めていきます。

「一緒に森を歩きましょう」

 カゼハナの声に、リリュは水面をなでて光を広げました。

 光が道を描き、二人はゆっくりと森の小道を進みます。

 夜の森は、風の音と木々のざわめき、遠くで鳴く虫たちの声に包まれていました。

 リリュは光を揺らしながら、カゼハナが運ぶ花の香りを胸いっぱいに吸い込みました。

「風って、生きてるみたいだね。」

「ええ、風は森の息。私が動くたび、森が目を覚まして、花たちが微笑むの」

 カゼハナが言うと、近くの木々がそっと枝を揺らしました。

 それに応えるように、リリュの泉の光がきらりと瞬きます。

 そこへ、影の間からカゲルが現れました。

「こんなに風が強くなると、夜は少し怖いな……」

 カゼハナは笑って、そっと手を伸ばしました。

 指先から風が生まれ、カゲルの影をやさしく包みます。

 風は影をなでるように動き、森の闇をやわらかく揺らしました。

「怖くないよ。風は、みんなを守っているの」

 ヒューもやってきて、枝を揺らしながら言いました。

「ほんとだ。音がやさしくなった」

 その瞬間、森にリズムが生まれました。

 カゼハナの風、ヒューの枝の音、リリュの水の光。

 それらが重なり、森じゅうがひとつの音楽のように響きます。

「風と花は、森のみんなに幸せを届けるものなの」

 カゼハナが言うと、リリュはうなずき、水面に光を映して森に小さな光の道を作りました。

 その道を、花びらがゆっくりと流れていきます。

 まるで風と光が手を取り合い、森の奥へ物語を運んでいるようでした。


 夜の森は、少しずつやさしい光と香りに包まれ、そこにいるみんなの心が、ふっと温かくなっていきます。

 その夜、森の仲間たちはそれぞれの場所で、カゼハナとリリュが作り出した光と風の舞台を見上げていました。

 ヒューは枝の上で音を立て、ユラリは花を揺らし、ミズキは静かに水面を撫でながら、微笑んでいました。

 風が通るたび、花びらがそっと頬をかすめます。

 その一枚一枚に、カゼハナの優しい想いが乗っていました。

 ーー風がある限り、花は咲き続ける。

 ーー花が咲く限り、森は息づく。

 夜風に運ばれる花びらがひとひら、リリュの泉に落ちました。

 波紋がひろがり、月の光がきらりと揺れます。

 森の奥深くに、またひとつ新しい物語が生まれた瞬間でした。


 夜明けが近づくと、カゼハナは桜の木のてっぺんへ戻ります。

 風の音が次第にやみ、森が朝の光を迎えるころ、花びらの間にその姿はすっかり溶けていきました。

 けれど、森の仲間たちは知っています。

 夜風が花の香りを運ぶたびに、どこかでカゼハナが微笑んでいることを。


 その香りがある限り、まよい森の春は、永遠にやさしく息づいているのでした。

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