夜のかがやき ルミネ
まよい森の奥。
誰も足を踏み入れたことのない小さな空き地がありました。
そこは、昼も夜も不思議な静けさに包まれています。
風の音さえ遠く、木の葉のざわめきも、どこか夢の中のよう。
森の生き物たちでさえ、ここだけはそっと通り過ぎるのです。
けれど夜になると、その静寂の中に、かすかな光がひとつ、ふわりと浮かび上がります。
そのおばけの名はルミネ。
ルミネの体は、星のかけらのように小さく透明で、触れるとほんのり温かい光を放ちます。
その光が草の上に落ちると、苔や葉が淡く光り、まるで小さな夢がそこに宿ったように揺れました。
けれど、ルミネはいつもひとりでした。
「どうして、誰も僕の光に気づかないんだろう……」
ルミネは空き地の中央で、くるくると回りながらつぶやきます。
彼の光は確かに温かくやさしいのに、森の闇に包まれると、あっという間にかき消されてしまうのです。
夜ごと、彼は光を散らして空を見上げます。
木々の隙間からのぞく星たち。それはまるで、空の上で輝く仲間のように見えました。
けれど、星は決して返事をくれません。
そんなある晩のこと。
森に淡い霧が降りてきました。
白くけぶる空気の中、ふわりと漂う影がひとつ。
「ルミネ、ここにいたの?」
霧のおばけミルです。
ミルの声は、霧のようにやわらかく、静かに広がりました。
ルミネの光がふわりと揺れ、まるで嬉しそうに応えるようにきらめきました。
「うん……森が少し、さみしそうだったから……」
ルミネは小さく笑い、水滴のように震える声で言いました。
その光は強くなり、石や草に反射して、やさしい模様を地面いっぱいに描き出します。
ミルはしばらく黙ってその光景を見つめていました。
霧が光を包み込み、空気そのものが光りはじめます。
「さみしい森……?」
ミルが首をかしげると、ルミネはそっと説明しました。
「森の木々や草たちは、夜になると少し疲れて眠るんだ。だから僕の光で道を作ってあげると、安心して眠れるみたいなんだよ」
ミルはふっと笑いました。
「光は、ただそこにあるだけで、守る力になるんだね」
ルミネは少し恥ずかしそうにうなずきました。
けれど、その瞳には、どこか切なげな影もありました。
「でも……僕ひとりだと、やっぱり少し寂しいんだ」
ミルが何か言おうとしたその時、
「そっか、ひとりじゃさみしいんだね! だったら僕も遊んであげるよ!」
風のいたずらおばけ、ヒューが突然現れました。
彼がひと吹き風を起こすと、森の枝がざわざわと揺れ、ルミネの光が葉の上を転がっていきます。
「ほら、見てごらん!」
ヒューがもう一度風を巻き起こすと、光の粒が風に乗って舞い上がり、森全体が息を吹き返したように輝きました。
木の葉の一枚一枚が星のように瞬き、暗かった森が、まるで空そのものになったかのようです。
ルミネは目を丸くして笑いました。
「きれい……! 僕の光が、森じゅうに広がってる!」
「それはね、ひとりじゃない光だからだよ」
ミルが静かに言いました。
「風が運び、霧が包み、森が受け取る。ルミネの光は、もう“ひとりのもの”じゃないんだよ」
ルミネはしばらく何も言えませんでした。
胸の奥が、ぽうっと温かくなるようでした。
ヒューが楽しそうに森を駆け回り、ミルの霧がその光をふんわりと包み込みます。
ルミネの光はその中で息づき、森全体をやさしく照らしました。
その晩、森の小さな動物たちは迷うことなく巣に帰り、葉の間で眠る鳥たちは、安心したように羽を震わせました。
光は苔に反射し、闇に溶け、ルミネの存在を知らない者たちにも静かな眠りを届けます。
「ありがとう、ミル。ありがとう、ヒュー」
ルミネは微笑みました。
その光は、今まででいちばん温かく、大きく輝いていました。
「これからも、森のみんなのために光を灯そう」
そう言ってルミネはゆっくりと森を見渡しました。
ミルの霧が白く広がり、ヒューの風がやさしく枝を揺らします。
夜空の星々が、まるで仲間たちの笑顔のように瞬きました。
夜の闇は深くても、心の中にはいつも小さな光がある。
その光がある限り、森はきっと迷わない。
ルミネはそう信じながら、静かに、静かに光を広げていきました。
それはまるで森の息づかいそのもののように、やさしく、あたたかく。




