表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/30

ささやきのおばけ コソラ

 まよい森の夜は、昼とはまったく違う顔を見せます。

 昼間のざわめきは眠りにつき、木々の影は長く伸び、風さえもどこか遠慮がちに通り抜けていきます。

 月明かりは葉に遮られ、地面には淡い影が揺れ、森全体が夢の中にいるようでした。

 その静けさの中で、ひとつの息づかいが、霧のように生まれます。

 コソラ。

 声を運ぶおばけ。

 その体は透きとおった霧のようで、指先は風のように軽やかでした。

 彼は森の“こえ”を結ぶ存在でした。

 虫の羽音、葉のささやき、水のきらめき。

 それらが孤独にならないように、誰かの想いがどこかでちゃんと届くように、コソラは夜ごと、森の中をゆっくり漂います。


 その夜は、いつもより冷たく静かな夜でした。

 星の瞬きも少なく、森が少しだけ寂しげに見えます。

 コソラはふと、足を止めました。

「……誰か、泣いている?」

 耳を澄ますと、ほんのかすかな声が届きます。

 それは、ミズキの水面に映る月のしずくの音。

 ポタリの落とす雨の涙。

 そして、森の奥で小さく震える風の声。

 いくつもの小さな音が重なり合って、まるで「さみしい」と言っているようでした。

 コソラは霧のように体をゆらし、音のする方へと進みます。

 木の根元を抜け、草の間をすり抜け、光と影の境目を渡っていきました。

 途中で、地面の隙間に落ちて、かすかに光る星を見つけます。

 それは、夜空からこぼれ落ちたホシオの星のかけらでした。

「……夜空に戻りたいって、星が言ってる」

 コソラはそっと手を伸ばし、その光を抱き上げます。

 手の中の星は、まるで安堵したように小さく震え、次の瞬間、ほんのりと明るさを取り戻しました。

 コソラはゆっくりと森の広場へ向かいます。

 そこでは、ツキミが月の灯を集め、ユラリが風を整え、パリィが葉の声を紡いでいました。

「見て、星が帰ってきた!」

 ホシオの光が森の仲間たちを包むと、夜の冷たさが少しやわらぎ、空気がやさしいぬくもりに変わっていきます。

「誰がこんなに静かに、でも正確に運んでくれたんだろう?」

 仲間たちが不思議そうに見回します。

 けれど、そこにコソラの姿は見えません。

 彼は声だけを残して、霧の中に溶けていました。

「……みんなの声を、迷子にしないように……」

 その言葉は風に乗り、森の奥の小川を渡り、葉の上をすべり、やがて夜空の星々にまで届きました。

 コソラは再び、静かな小道を進みます。

 彼の前に、小さな光を失った葉っぱが一枚、地面に落ちていました。

「……帰りたいの?」

 葉っぱは、風に揺れながらかすかにうなずいたように見えました。

 コソラはその葉をやさしく包み、木の枝の隙間にそっと戻してあげます。

 すると、不思議なことに、森の奥で小さな笑い声が響きました。

 枝を渡る風がくすぐったそうに揺れ、

 木々の間に、ほのかなぬくもりが流れます。

「この森は、きっと、みんなで守っているんだ……」

 コソラは、霧の体をゆらしながら思いました。

 自分は小さいけれど、仲間たちの声や涙をつなぐことで、森を少しずつやさしくできる。

 それが、自分の役目なのだと。


 やがて夜明けが近づき、森の空がうっすらと白みはじめます。

 遠くでフワリの羽音が響き、朝の準備が、静かに始まりました。

 コソラは木の上にふわりと飛び上がり、まだ眠る森を見下ろします。

「……まだ、誰もこの森を見つけてくれないけど」

 小さな声で、コソラはつぶやきました。

 けれど、次の瞬間、微笑むように言葉を続けます。

「きっと、いつか誰かが、私たちに会いに来てくれる……」

 霧の中で、その声はやがて消え、

 森の奥深くへと溶けていきました。

 木々は静かに揺れ、星の光が最後のきらめきを残します。

 そしてその輝きは、まるで“新しい物語のはじまり”を告げるように、まよい森全体をやさしく照らしました。


 夜が明ける。

 コソラは、その光の中で、ひとつ深く息をして、また次の“声”を探しに、静かに霧の中へ消えていきました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ