夜明けの訪れ アサハ
まよい森の夜が、ゆっくりと終わりを告げようとしていました。
空の端がうすく金色に染まり、霧が枝の間をやわらかく流れていきます。
その光と霧がまじりあう場所に、一つの影が目を覚ましました。
それは、アサハという名のおばけ。
まだ小さく、透けるような体に淡い橙色の光を宿しています。
夜の終わりに生まれ、朝のはじまりを運ぶ存在。
アサハの体からは、まるで朝露のような粒がこぼれ落ちていました。
「ここ……どこだろう?」
初めて見る世界に、アサハはゆっくりとまばたきをしました。
足元では、ルナリの銀の光がまだほのかに残り、木の葉にはユメノの青い夢のかけらがきらめいています。
空には、ツキミの小さな光がまだ名残を残して漂っていました。
それらすべてが、アサハに“生まれた理由”を静かに教えているようでした。
「おや、君は新しい光だね」
声のする方を見ると、ルナリが霧の向こうに立っていました。
体は少し薄くなり、もうすぐ昼の光に溶けていこうとしているところでした。
「あなたは……?」
「ぼくはルナリ。夜の光を守る者だよ。そして君は、朝の光を運ぶ子、アサハ」
アサハは少し考えてから、小さく首をかしげました。
「朝の光……? どうして私が、それを運ぶの?」
ルナリは優しく微笑みました。
「夜の終わりには、誰かが“やさしさ”を引き継がなきゃいけないんだ。ぼくの光は、夜を照らす。でも朝が来るとき、その光は少しずつ色を変えて、君のもとに渡る。だから君は、森の“はじまり”を守るおばけなんだよ」
アサハは自分の体を見下ろしました。
薄橙の光が、木々の影をほんのりと照らしています。
それは夜の光とは違う、やわらかくあたたかな色でした。
そのとき、遠くの池のほとりから声がしました。
「ルナリ……風の子たちがまだ眠ってるの……」
霧をまとったミルが近づいてきました。
その後ろには、夢の残り香をまとったユメノの光も漂っています。
ルナリはうなずき、アサハを見ました。
「行ってごらん、アサハ。君の光なら、きっと彼らを起こせる」
アサハは少し不安そうに羽のような腕を広げました。
「できるかな……」
「だいじょうぶ。君の光は“目覚め”の魔法だ」
ルナリの言葉に励まされて、アサハは池のほとりへと向かいました。
水面はまだ冷たく、夜の夢をたたえて静かに波打っています。
アサハは池の上に手をかざし、光を一筋落としました。
それは小さな波紋となって広がり、水の底に眠っていた風の子たち、ヒューやポコの残した声を少しずつ呼び覚ましました。
「……あさ?」
「もう夜、終わり?」
水面の下から、柔らかな声が重なって聞こえてきます。
「うん、朝だよ」
アサハは微笑みました。
「でも夜があったから、朝が生まれるんだって。だから、ありがとう」
その言葉に応えるように、池の上に風が吹き抜けました。
霧がほどけ、森の木々が光に包まれます。
ヒューの風が木の葉を揺らし、パリィの声がかすかに響きました。
「おはよう、アサハ」
森全体が目を覚ましたように、光と音が一斉に動き出します。
ルナリはその様子を静かに見つめていました。
そして小さくつぶやきます。
「もう、大丈夫だね」
アサハが振り返ると、ルナリの姿はもう薄くなっていました。
「ルナリ……!」
「ぼくはもう行くよ。夜がまた来たら、また会える。そのときまで、森をよろしくね」
ルナリの光が風に溶けるように散り、やがて朝日と混ざり合いました。
その光がアサハの胸の奥にふわりと宿り、あたたかさが広がります。
夜と朝は、つながっている。
光は消えない。姿を変えて、次の誰かに渡っていく。
そのことを、アサハは初めて理解しました。
朝が完全に訪れ、森は新しい一日の音で満ちていきます。
木々の葉が陽の光を受けてきらめき、小川のせせらぎはまるで笑っているように明るく流れます。
アサハはその中を歩きながら、静かに思いました。
「夜を怖がる子がいなくなるように、朝を届けたい。暗い時間を照らしてくれたルナリみたいに」
そしてアサハは小さな羽を広げ、森の中へと光を運び始めます。
その光は、夜の名残をやわらげ、まだ夢の世界に残るおばけたちをやさしく起こしていきました。
森は再び息づきます。
夜を守ったルナリと、朝を迎えたアサハ。
ふたりの光が重なった場所に、まよい森の一日ははじまります。
風がそっとささやきます。
「ルナリの光は、アサハに託されたよ」
そして遠く、まだ眠っているシロの小さな白い影が、その光に包まれて、ほんのすこしだけ微笑みました。
まよい森の物語は、また新しい朝を迎えようとしています。




