月影の守り手 ルナリ
まよい森の夜空には、いつも穏やかな月の光が差し込んでいました。
その光は風のように静かで、冷たい闇をやわらかく包みこみます。
森の奥深く。
そこに、銀の光をまとったおばけがひとり、静かに漂っていました。
名前はルナリ。
透き通る銀色の体に、淡い月の影が宿っていて、動くたびに光がふわりと広がり、木々の間をすり抜けていきます。
その姿はまるで、夜空からこぼれ落ちた月のかけらのようでした。
ルナリの仕事は、森のすべての小さな命を見守ること。
眠れない子どもおばけ、迷子になった小動物、
夜露に震える花や、羽を休める虫たちまで、ルナリは月の光を集め、ひとつひとつをそっと包み込んでいくのです。
その夜、森には強い風が吹いていました。
木々がざわざわと揺れ、枝と枝がぶつかり、闇の中にざくざくとした音が響きます。
まるで森そのものが、夢の中でうなされているようでした。
「うう……こわい……」
小さな声が、木の根元から聞こえました。
ルナリがそっと降りていくと、そこには羽を震わせた小鳥の子がいました。
まだ飛び始めたばかりで、風にあおられて巣から落ちてしまったのでしょう。
小鳥の羽は冷たい夜露で濡れ、体もすっかりこわばっていました。
ルナリは静かにその子の上に手をかざします。
「大丈夫だよ。ぼくがついているからね」
指先からこぼれた光が、羽のすき間に入り込みます。
銀のあたたかさが、小鳥の小さな心臓に届くと、その鼓動は少しずつ穏やかになっていきました。
ルナリは光の翼を広げ、小鳥をそっと抱き上げます。
風の音がまだ強く吹いていましたが、ルナリの体からこぼれる月の光が、それを包み込むようにやわらげていきます。
「こわい風もね、森の歌のひとつなんだよ」
ルナリがそうささやくと、小鳥の子は小さく首をかしげて、
「……ほんとうに?」
とつぶやきました。
「うん。風が吹くと、木々は歌う。葉っぱは踊る。その音を怖がらずに聴けたら、きっと夜はやさしくなるよ」
そう言いながら、ルナリは小鳥を抱え、森の奥の丘へと歩いていきます。
足元の苔がやわらかく光り、揺れる葉の影が、まるで灯火のように小道を導いていました。
やがて、ルナリは木の上の巣へとたどり着きました。
そっと小鳥を巣の中に戻すと、ほかの兄弟たちが温かく寄り添います。
小鳥の子は目を細め、安心したように羽をすぼめました。
その瞬間、ルナリの体がいっそう淡く輝き、森全体にやさしい光が広がっていきました。
川面が銀色に光り、泡を立てていたコロリの流れがきらきらと揺れます。
ミズキの葉の上には雫が踊り、ツキミが照らす小道の先では、ユメノの夢の光が揺れていました。
まよい森のすべてが、ひとつの光の輪の中にありました。
月がいっそう高く昇るころ、ルナリは丘の上に立ちました。
冷たい風が吹き抜け、森のすべてが静まり返ります。
その静けさの中で、ルナリは目を閉じました。
ーー夜の光は、怖がる心をやわらげる。
ーーそして、ひとりの闇をやさしく包む。
ルナリの胸の奥で、その言葉がゆっくりと灯りました。
下を見れば、ツキミの光が森の小道を照らしています。
さらに奥には、ミルが霧の声を運び、カゲルが影を見守り、ユメノが夢を紡いでいます。
ルナリは静かに笑いました。
「みんな、がんばってるね。森はひとりぼっちじゃない」
空の上からは、まるい月が顔をのぞかせています。
それはまるでルナリに「ありがとう」と語りかけるように、光をひとすじ落としてくれました。
その光を浴びながら、ルナリは静かにうなずきました。
「夜はこわくなんかない。だって、この光の下で、みんなちゃんと眠ってるから」
夜がゆっくりと明けていきます。
東の空が淡く染まり、森の木々が目を覚ましはじめました。
ルナリの体は朝の光の中に溶けていきます。
でも、その光は消えるのではなく、森のあちこちに宿っていきました。
露のひとしずく、羽のきらめき、小川の流れ、そして花びらの淡い輝き。
それらすべての中に、ルナリの銀の記憶が息づいています。
まよい森の夜が再び訪れるとき、その光はまた静かに目を覚まし、眠れぬものたちの上に、やさしく降り注ぐのです。
こうして今夜も、まよい森の夜空は静かに光ります。
ツキミの灯が道を描き、ルナリの光が森を包み、ユメノの夢がそのすべてを繋いでいく。
森のすべてが、ひとつの月の物語に包まれていました。
まよい森の夜は、怖くない。
だってそこには、いつもルナリの光があるから。




