つぼみのおばけ ポコ
まよい森の奥に、まだ花になれない小さなつぼみの精が住んでいました。
その名は、ポコ。
ポコの体は、やわらかい緑の光をまとったふわふわのつぼみ。
葉っぱのような手足をもぞもぞと動かしながら、まだ世界に慣れていない様子で、毎日、森の中の音や光をじっと見つめていました。
風の音。
木々のささやき。
おばけたちの笑い声。
森の仲間たちは、みんな生き生きと動いています。
コロリは小川の泡を転がし、ミルは霧の中で踊り、チビリンはあちこちを飛び跳ねて遊びます。
それを見ながら、ポコは胸の奥に小さなもやを抱えていました。
「ぼく……まだ咲けないのかな……」
つぶやいた声は、木の葉の影で吸い込まれていきます。
風が通るたびに、葉がかすかに揺れ、木漏れ日がポコの頭に降り注ぎました。
けれどその光は、ポコの体を包んでも、花を咲かせることはありません。
ポコは少しだけ悲しそうに目を伏せました。
その日の午後、ぱたぱたと軽い足音が聞こえました。
「ポコー! ねえ、ポコ! 今日は森の小道で遊ぼうよ!」
声の主はチビリン。
葉っぱのかけらを頭にのせ、跳ねるようにポコのそばまで駆け寄ってきました。
けれど、ポコは首を小さく横に振りました。
「ぼく、まだ咲けないから……みんなみたいに動けないんだ」
チビリンはポコの顔をのぞき込み、にっこり笑いました。
「大丈夫だよ、ポコ。咲くことだけが大事じゃない。森にいるだけで、君はもう特別なんだ」
その言葉は、森の風よりもやわらかく、ポコの胸の奥に届きました。
少しだけ、心が温かくなっていくのを感じます。
ポコは、うつむきながらも小さくつぶやきました。
「ぼく……特別、なのかな……?」
チビリンは元気にうなずき、ポコの肩をぽんと叩きました。
「もちろん! 森の誰もがね、みんな違って、それぞれの光を持ってるんだよ!」
その夜、森には静かな雨が降りました。
霧の精ミルがゆらめく中で、ポタリの涙のような雨粒がぽつり、ぽつりと落ちてきます。
ポコはその雨の中でじっとしていました。
つぼみの先に、ひとしずくの水が落ち、すうっと吸いこまれていきます。
すると、ポコの体がほんのり光り始めたのです。
「わ……光った……!」
ポコは驚いて自分の体を見下ろしました。
淡い緑の光が、まるで心臓の鼓動のようにゆっくりと明滅しています。
「ぼく、少しだけ……生きてるって感じる……」
その声を、森の仲間たちは静かに聞いていました。
チビリン、ミル、ユラリ、そして木の影からカゲルも。
カゲルが低い声で言いました。
「つぼみでもいいんだよ。この森の中では、咲くことだけが全てじゃない。毎日の小さな光や涙が、君を育てていくんだ」
その言葉は、夜の雨よりも静かで、けれど確かにあたたかい響きを持っていました。
その日から、ポコは少しずつ変わっていきました。
風が吹くと、葉っぱの迷路を渡ることを覚えました。
雨が降ると、小さな泉の中で光を感じることを楽しむようになりました。
夜になると、ユラリの歌に耳を傾け、星の光に包まれて眠りました。
少しずつ、少しずつ。
ポコの中で、何かが育っていくのがわかります。
「まだ咲けないけど、ぼくも森の一部なんだ」
そうつぶやいたポコの声は、風に乗って森の隅々まで届きました。
チビリンが葉っぱの上で笑い、ミルが霧の輪を描き、ユラリがその音に合わせて歌いました。
森全体が、まるでポコを祝福するようにきらめいていました。
その夜、ルナリの光が森に降り注ぎました。
月のようにやさしい銀の光が、ポコの体を包みます。
ポコは目を閉じて、胸の奥の鼓動を感じました。
――咲けない日も、意味がある。
――小さな光が、明日を育てる。
ポコの心の中に、ゆっくりとあたたかい花の形が浮かび上がります。
まだ目に見えないけれど、確かにそこに在る。
森の夜は静かで、やさしくて、すべての命が、ひとつの光でつながっているようでした。
「おやすみ、ポコ」
チビリンの声が風に混じって響きました。
ポコは微笑みながら、ふわりと眠りにつきます。
つぼみの精として、森の奥で静かに息づく日々。
そのひとつひとつが、やがて森全体を彩る大きな花になるのです。




