笑い声のおばけ ニコリ
まよい森のいちばん奥のほうでは、いつもどこかで小さな笑い声がしていました。
その声は風のように軽やかで、雨上がりのしずくのように透き通っていました。
その声の主は、ニコリ。
ニコリは丸くて、ふわふわとした体を持つおばけです。
笑うたびに体が光の粒のように揺れ、あたりをやわらかく照らしました。
けれど、その笑い声はただの声ではありません。
森で泣いている子や、元気をなくした木々に届くと、心がふわりと軽くなる。そんな不思議な力を持っていたのです。
ある夜のこと。
星集めの得意なホシオが、丘の上で光る星をひとつずつ並べていました。
冷たい夜風が頬をなで、草の上に並ぶ星たちは、まるで小さな焚き火のように瞬いています。
そのとき、
「くすくす……くすくす……」
遠くから、小さな笑い声が聞こえてきました。
ホシオは顔をあげ、星の光の向こうを見つめました。
声のほうへ歩いていくと、木の根元でくるくると回りながら笑っている小さな影が見えます。
「こんばんは、ニコリ」
声をかけると、ニコリはくるりと回って笑いました。
「こんばんは、ホシオ! 星をこんなにたくさん集めたのね!」
ホシオが照れくさそうに頭をかくと、ニコリはまた「くすくす」と笑いました。
その笑いにつられて、星の光までいっそう明るくなるようでした。
やがて、森の影からほかの仲間たちも集まってきます。
ミルが霧の中からそっと現れ、パリィが葉っぱを揺らしてやってきました。
ヒューが風の道を作り、ポタリがきらりと涙をこぼしながら笑います。
ユラリはやさしい歌を口ずさみ、カゲルは木の影で静かにみんなを見守っていました。
森のあちこちから、ひとり、またひとりとおばけたちが集まってきました。
「みんな、こんばんは!」
ニコリは手を広げて笑いました。
「今日はね、この星を使って、森を笑顔でいっぱいにしてみよう!」
仲間たちは顔を見合わせ、わくわくと頷きました。
ホシオが星を手のひらにすくい、ニコリがふわりと笑い声を響かせます。
「ふふっ……ふわ、ははっ!」
その声に合わせて、星たちは小さく震えました。
やがて、ぱらぱら、と音を立てながら、星が光の雨になって降り注ぎはじめたのです。
光は木々の枝を伝い、葉の上を転がり、池の水面にやさしく跳ねました。
小道の石ころも、落ち葉も、みんな小さな光を抱えて輝きます。
「わあ……森が笑ってるみたい!」
ポタリが目を丸くし、ホシオがそっとつぶやきました。
「笑い声って、ただ楽しいだけじゃないんだね」
ニコリはくるりと回りながら言いました。
「うん。笑いはね、森の中をつなぐ光なんだよ。誰かの笑いが、ほかの誰かの心を照らしていくの」
その言葉を聞いて、ユラリはそっと歌を口ずさみました。
ミルが霧の中に虹のような輪を作り、パリィが葉っぱでリズムを刻みます。
風が笑い、木々がささやき、まよい森はひとつの大きな歌になりました。
夜が深まっても、光は消えませんでした。
星の雨は少しずつ森に溶け込み、木の根にも、川の底にも、小さなきらめきを残しました。
その光は、迷ったおばけの足元を照らし、泣いていたポタリの涙をやさしく包みました。
ヒューの風が通るたび、光はまるで笑い声のようにきらきらと舞い上がります。
「笑い声は、みんなの心の灯り」
ニコリは空を見上げながら、小さくつぶやきました。
「だからね、どんな夜でも、忘れちゃだめだよ」
その声は、森の奥まで静かに届いていきました。
木々がざわめき、星屑がまたひとつ輝きを増します。
ホシオは丘の上から、その光景を見守りながら思いました。
「笑いと光で、森はもっともっとやさしくなるんだ……僕たちみんなで」
夜の終わりが近づき、東の空がうっすらと明るくなります。
ニコリの体は光に溶けるように淡くなり、最後にもう一度、ふわりと笑いました。
「またね、森のみんな。明日も、笑顔をひとつずつ増やしていこう」
そう言って、ニコリは朝霧の中へと静かに消えていきました。
そのあとも、木々の間を歩けば、どこからともなく「くすくす……」という小さな笑い声が聞こえます。
それは、森のあちこちに残ったニコリの笑い声。
星の光といっしょに、今もまよい森をやさしく照らし続けているのです。




