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もう一人の息子

ノルド城 大広間


背筋を伸ばし、静かに俯いていた青年が、ゆっくりと顔を上げた。


その瞬間、シリは小さく息を呑んだ。


ーー似ている。あまりにも。


長身で、整った顔立ち。

なにより、その眼差しが・・・グユウに似ていた。


けれど、さらに強く心を揺さぶられたのは、その顔の輪郭と表情だった。

キヨに串刺しにされ、無惨に命を落とした義理の息子、シン。


ーーもし彼が生きていたら。

この青年のようになっていたかもしれない。


シリは、そっと隣に立つ重臣マナトに視線を送った。

かつて、シンと共に日々を過ごした男。


その瞳もまた、揺れていた。


シリの視線に気づいたマナトは、ゆっくりと、無言で頷いた。


そんな二人の様子を横目に見ながら、ゴロクが低い声で促す。


「名を名乗れ」


青年は深く頭を下げ、はっきりと名乗った。


「リオウ・コクです。この度は、お目通りの機会を賜り、誠にありがとうございます」


そして、顔を上げ、まっすぐにシリを見つめる。


「シリ様。初めてお目にかかります。私はコク家の長男にあたります」


リオウもまた、シリを見て、はっと目を見開いた。


つい先ほど、厩で出会った少女に瓜二つの女性ーーまさか、この人が。


この方が――叔父グユウの妻。

リオウは、まじまじと目の前の女性を見つめた。


叔父グユウが“並外れた美貌の姫を娶った”という噂は、やはり本当だったのか。


どこか夢のような気分だった。

厩で出会った少女に似ている・・・そう思ったのは、たしかだ。けれど。


実際に目の前に立つ彼女には、不思議な存在感があった。


その瞳の奥には、寂しさと強さが同時に宿っていた。


胸の奥がざわついた。


これは畏れか、憧れか――自分でもわからなかった。


――この人には、何があったのだろう。


そう思ったときには、もう目が離せなくなっていた。


「士官先を探しているのか?」


ゴロクが問うと、リオウは姿勢を正して答えた。


「はっ。セン家が滅んだ後、私たちは一時ワスト領に残っておりました。

キヨ様に仕えるつもりでしたが・・・」


そこでリオウの声が一段と低くなる。


「祖母が、残酷な方法で殺されました。キヨ様によって」


「・・・知っています」


シリの声もまた、沈んでいた。

義母マコは、毎日一本ずつ指を切り落とされるという、非道なやり方で命を奪われたのだった。


「その上・・・姉も・・・」

リオウは唇を震わせる。


「嫁いだ家を滅ぼされ、最終的に・・・キヨ様の妾にされました」


「・・・キヨが、そんな・・・」


シリの胸に、怒りがせり上がった。

目の前の青年、シンによく似たこの甥は、祖母を虐殺され、姉を奪われた。


キヨに仕えることを拒む理由が、胸の奥にまで響く。


「その後は、各地を転々としました。

母と慕ってくれる家臣と、流浪の日々を・・・」


ゴロクはじっとリオウを見つめた。


ーーコク家は、かつて名門と称された家だ。

この青年には品格がある。立派な体格、落ち着いた物腰。剣技も優れているだろう。


「・・・良いだろう。仕えるがいい」


ゴロクは静かに言った。


「家も提供する。共にいる家臣と母君の面倒も見よう」


「ゴロク・・・」


シリは驚きと感謝を込めて、そっと彼を見つめた。


「姫たちにも会うと良い。従兄弟にあたるはずだ」


ゴロクの言葉に、リオウは深く頭を下げた。

その姿に、かつての“もう一人の息子”の影が、淡く重なった。



シリは、まだ彼の後ろ姿を見送るように、扉の方を見つめていた。


「グユウ殿に似ておられた・・・」


ふと漏れたゴロクの言葉に、隣で控えていたシリは頷いた。


「甥っ子ですから・・・似ているもの不思議ではないです。けれど・・・」

シリはゴロクの顔を見つめた。


「亡くなった義理の息子 シンに似ています。

シンがあの年頃になったら・・・きっと」

シリは無意識に服の上から、胸の中央を触る。


そこには、亡き夫と息子の髪の毛が入った袋がある。


「そうですか・・・」

ゴロクは、そう呟いた。


隣にいるシリの表情には、何かを求めるような、哀しみと祈りが混ざっていた。

それを見てしまうと、言葉など持ち出せるはずがなかった。


ーーシリ様の心は、まだグユウ殿ことで占められている。


そこに自分の居場所はない。


しばしの沈黙が落ちる。


「それにしても・・・」

シリはそっと眉をひそめた。


「姉を妾にされ、祖母を・・・。あの子の言葉には、怒りよりも哀しみが滲んでいた」


「・・・苦しみは、表には出さぬ性質なのだろう。芯が強い」


ゴロクの声は静かだったが、そこには確かな評価があった。


「彼を、迎えて良かったのですか?」


シリの問いかけに、ゴロクは答えなかった。


代わりに、ゆっくりと歩を進め、窓の外を見やる。


「コク家の血を繋ぐことは、我らの責任でもある。そして――」


「そして?」


「・・・姫様たちにとって、必要になるかもしれん」


その言葉に、シリは一瞬、問い返そうとした。

けれど、言葉は喉元で止まった。


娘たち。ウイ、レイ、そしてユウ。


誰かが、あの青年に心を寄せるのか。

あるいは、誰も寄せぬのか。


それはまだ、誰にもわからなかった。


だが、この出会いが、確かに何かを動かし始めていた。


「ーーさぁ、行きましょう。あの子達の部屋へ」




ーー次回 本日20時20分 

――その青年が扉を開いた瞬間、

三姉妹の運命に、小さなひびが入った。


交差する視線の先にあるのは、まだ誰も知らない未来の気配。

美しき従兄弟の登場が、ノルド城に新たな風を吹き込む。


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この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/


おかげさまで累計10万6千PV突破!

兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

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