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よろしいですか――無骨な夫がくれた第二の初夜


「・・・ゴロク、伝えておきたいことがあります」


再び、部屋の空気が静まり返った頃、

シリは少し言いにくそうに、ゆっくりと口を開いた。


その様子に、ゴロクは身じろぎもせず耳を傾ける。


シリは棚の引き出しを開け、一通の手紙を取り出す。

水色の封蝋が押された羊皮紙だった。


「・・・コク家の長男が、あなたのもとで仕えたいと手紙を寄こしました」


「コク家・・・?」


ゴロクの眉がわずかに動く。


「ええ。亡き夫――グユウの妹が嫁いだ家です。

私はまだ会ったことがありませんが・・・その子は、私の甥にあたります」


どこか探るように、慎重に言葉を重ねるシリ。

それでも、その声には責任を伴う重さがあった。


モザ家の者なら、ゴロクも迷わず受け入れたかもしれない。

けれど――この名は、セン家の血を引く者。

つまり、別の流れをくむ存在だった。


一瞬の沈黙ののち、ゴロクは無言で手紙を受けとる。

視線が丁寧に文面を追っていく。


その様子を見つめながら、シリは胸の内で静かに祈っていた。


――この子の願いが、届きますように。

そして、この人に拒まれませんように。


「・・・姫たちにとっては、従弟か」

手紙を読み終えたゴロクが、ぽつりと呟いた。


「ならば、迎えよう。

だが、情けで受け入れるつもりはない。才があるならばの話だ」


静かな声だったが、揺るぎない意志がそこにはあった。

そうして、彼は手紙を机の上にそっと置いた。


「・・・ありがとうございます」

シリは立ち上がり、深く頭を下げた。


――良かった。


胸の奥で、そっと小さく安堵の灯がともる。


「近いうちに、面会に来るよう文を送ると良い」


「はい」

頷いたシリは、改めてゴロクの顔を見つめた。


その目に、確かに感謝の色が浮かんでいた。

ただの礼ではない。

この家を守り、広げようとする意思を、彼が受け入れてくれたことへの――深い感謝だった。


「それで・・・マサシは元気だったのですか?」


シリは、何気ない口調を装いながらも、生家――シュドリー城の近況を知りたがっていた。


「・・・ああ。お元気そうだった」


ゴロクの答えに、ほんの少し肩の力が抜けたような気がした。


けれど、シリの問いは止まらない。


「重臣会議では・・・?」


次から次へと続くシリの問いに、ゴロクは思わず苦笑いをこぼした。


「明日、ゆっくり話そう」


「・・・明日?」


シリは首をかしげる。

今夜でもいいのに――そう言いかけた時、ゴロクがふいに彼女の手を取った。


ごつごつした指が、優しく絡む。


そのまま、じっと見つめてくる瞳に、シリはようやく気づいた。


「・・・え」


小さく息を呑む。


ゴロクは静かに立ち上がり、改めて尋ねた。


「よろしいですか」


その目は、いつになく真剣だった。

彼の無骨な想いが、その一言にすべて込められていた。


シリは、わずかに驚いたように目を見開いたあと、ふっと小さく笑んだ。


 ――この人は、変わらない。


無骨で、言葉も多くはない。

けれど、正面から向き合おうとしてくれる。


かつて、政の場で幾度となく対立した相手。


主君のためなら、己を削ってでも忠義を尽くす男。


そんな彼が今、私のために布を選び、娘たちの行く末を案じ、手紙を受け取ってくれる。


好いているわけではない。


けれど――この人なら進めるかもしれない。


そう思えるだけの信頼は、いつの間にか育っていた。


シリはふと、自分の胸の奥に湧いたその思いに気づいて、微かに目を伏せた。


決して軽くはない日々を経て、ようやく芽吹き始めた感情。


それは、恋とは違う。

 

けれど確かに、彼女の心を動かす小さな灯だった。


ーーあの頃の私は、誰にも心を開こうとしなかった。


そして、ほんの少しだけ柔らかい表情で、ゆっくりと頷いた。


以前の彼女なら、きっと俯き、無言でうなずくだけだっただろう。


けれど今は、確かに微笑んだ。


その小さな変化に、ゴロクの胸がふわりと温かくなる。

――彼女は、少しずつ、自分を許そうとしている。


そう思えたことが、何よりも嬉しかった。



第四章、最後までお読みいただきありがとうございました。


少しずつ心を許し始めたシリ。

無骨なゴロクの手を、彼女は初めて“正面から”受け止めました。


第四章では、家族との時間や妾たちとの対話、

それぞれの想いが静かに交差していきました。


そして――


次章・第五章では、ほのかな恋心が揺れ始める一方、

争いの足音が忍び寄ります。

先に待つのは、恋か、戦か――


どうぞ、引き続きお付き合いいただけましたら嬉しいです。

ブックマークや評価も本当に励みになっております。いつもありがとうございます!


明日の20時20分更新予定です

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このお話は続編です。前編はこちら お陰様で十万五千PV突破

兄の命で嫁がされた姫・シリと、無愛想な夫・グユウの政略結婚から始まる切なくも温かな愛の物語です。


▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/

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