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それでも、愛していたのなら

その日の夜。


「シリ様、コク家からお手紙です」


エマが差し出した封筒を、シリは思わず見つめ返した。


「・・・コク家」


小さくつぶやく。


かつてグユウの妹が嫁いだ家――

セン家が滅びたあと、彼らは領地を失い、各地を渡り歩いていると聞いていた。


淡い水色の封蝋が押された羊皮紙をそっと開き、文面を目で追う。


やがて、シリの眉がわずかにひそめられた。


「・・・私に頼るなんて。困っているのね」


小さくそうつぶやいたその声には、驚きと戸惑い、そして拭いきれぬ責任の色が滲んでいた。


部屋の扉がもう一度叩かれた。


ーーこんな時間、誰かしら?


エマが扉を開けると、ユウが立っていた。


思い詰めた顔をしている。


「・・・入ってもいい?」


「ええ」


シリは椅子に腰かけた。


まだ平服のまま、髪もほどかず、書き物の途中だったようだ。


いつもは姉妹のいる離れで眠るはずの娘が、自分の部屋を訪れることなど珍しかった。


「フィルと、何かあったのね?」


問いかけると、ユウはぴくりと肩を震わせた。


「・・・見てたの?」


「見ていないわ。でも、あなた達が揉めるのは予想していたの」

シリが苦笑する。


ユウはうつむいたまま、何も言わなかった。


「どうしたの?」


「・・・はい。あの女、私とシュリのことを」


語尾が濁った。


「言われたくなかった」


シリはゆっくりと立ち上がり、ユウの肩に手を置いた。


「ユウ。妾という立場の女性たちは、誰よりも鋭く世の理を見ているわ。・・・だからこそ、あの子の言葉も、ただの悪意とは思わないで」


「でも・・・!」

ユウがきっと睨む。


「わかっているわ。あなたの気持ちも」


ユウはぐっと唇を噛み、声を潜めた。


「私は・・・母上みたいになれない」


その言葉に、シリは微かに目を細めた。


「それでいいのよ。あなたは、あなたの道を歩けばいい。ただひとつ――」


「妾たちを、憎まないで」


「・・・なぜ?」


「彼女たちは『選ばれた』わけではない。ただ、『そこにいる』よう命じられたの。あなたと同じように」


ユウは目を見開いた。


「・・・私と、同じ?」


「そう。あなたも、セン家の娘として、モザ家の者として、望まぬ役目を背負って生きている。でも、だからこそ、誰かを見下してはいけない。あなたがその苦しさを知っているから」


ユウの喉が小さく鳴った。


「・・・でも、私・・・あの人が、シュリのことを馬鹿にして」


「怒っていいわ。大切な人を守りたい気持ちは、誇りよ」


シリは微笑みながら、ユウの肩をそっと抱いた。


「でもその誇りを、傷つけるためではなく、守るために使って。あなたの誇りは、きっと人を救う力になる」


ユウの目から、涙が一粒こぼれ頬をつたう。


「・・・母上」


「どうしたの」


「私・・・まだよくわからない。でも、・・・考えてみる」


「それで良いのよ」


ろうそくの灯りがゆらめき、ユウの金色の髪を照らす。


シリは娘の髪を撫で、そっと抱き寄せた。


しばらくの沈黙のあと、ユウが小さく囁いた。


「・・・母上は、妾たちのこと、嫌いじゃないの?」


「今はまだ、距離がある。ユウだからこそ話すけれど・・・あの3人には全く嫉妬してないの」


シリは苦笑いをした。


その後、奥に配置してある木像を見てつぶやいた。


「でも、好いている人に妾がいたら・・・どうだったかしら」


ユウは目を見開いた。


「それは・・・ゴロク様のことを・・・」


ーー好いてないから。


ユウは言いたかったけれど、言えなかった。


けれど、シリは瞼を伏せた。


「それなら、父上に妾がいたら・・・」

ユウは勇気を振り絞って質問した。


シリは再び苦笑いをした。


ーー言いにくい質問をする娘だ。


「ダメだったでしょうね・・・グユウさんを独り占めしたいもの」    

その声には、どこか照れくさそうな、けれど確かな愛情がにじんでいた。


こんな風に、母と話すのは初めてだった。


ーーまるで大人になったよう。


「愛情がない方が妃としての任務は全うできるわ。皮肉なものね」


領の繁栄に、妾は必要不可欠だ。


「彼女たちの誰かと、少しずつでも、分かり合えたら。それはとても、嬉しいことだと思ってるの」


ユウはその言葉に、長く目を閉じた。


胸の奥に燃えていた怒りは、少しずつ形を変え、まだ名もなき“決意”へと変わっていく。


ーー今の自分は、母に守られているのだ。

私も母に見習ってみよう。


「このことは、ウイとレイには秘密よ」

シリが薄く微笑む。


「母上・・・」

ユウがシリを見つめた。


「どうしたの?」


「さっきより・・・少しだけ、やさしくなれた気がする」

 

ユウの言葉にシリは笑った。


その笑顔の裏で、シリは小さな不安を押し殺していた。


娘の決意が、この先どんな未来を呼ぶのか――。


次回――

彼女はいつも黒を選んでいた。

けれど、それだけが、あの人の色ではないはずだ。

不器用な贈り物を手に、ゴロクは扉を叩く。

その先で、彼女は思いがけない仕草を見せる――


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このお話は続編です。前編はこちら お陰様で十万六千PV突破

兄の命で嫁がされた姫・シリと、無愛想な夫・グユウの政略結婚から始まる切なくも温かな愛の物語です。


▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/

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